一羽と三つの卵
数日後、金羽キジの飼育場が完成した。
「いいじゃん! ちゃんと飼育場っぽくなった!」
キアラさんが満足そうに腰へ手を当てる。その隣では、オルドさんが入口の金具を何度も確かめていた。
「完成ではない。ひとまず使える形になっただけじゃ」
「同じようなもんじゃない?」
「まるで違うわ。誰も金羽キジを育てたことがない以上、直すところは必ず出る」
エルナさんも中を歩き、餌入れや仕切りを実際に動かしている。最後に休ませるための暗がりを覗くと、小さく頷いた。
「今できる準備は、これで全部だと思います。あとは本物を見ながら変えていきます」
「遠慮なく言ってね。すぐ直すから!」
「おぬしは勝手に壊す前に、わしへ相談せい」
「改良だってば」
言い合う二人を見ていると、店の裏手へ人影が近づいてきた。
「テオ、連れてきたぞ」
ロイドさんだった。
担いでいる大きな籠の中で、金色の羽が揺れている。
「金羽キジ……!」
エルナさんが駆け寄りかけ、籠の中から鋭く睨まれて足を止めた。
「思ってたより、ずっと怖い顔してますね」
「野生の魔物だからな。傷はつけてないが、かなり警戒してる。開けたらすぐ離れてくれ」
「分かりました。みなさんも、できるだけ静かにお願いします」
さっきまで少し緊張していたエルナさんの声が変わった。もう飼育を任された人の顔になっている。
ドーガさんが飼育場の入口を開け、ロイドさんが籠を中へ運び込んだ。僕たちは外へ出て、二重の扉を閉じる。
「開けるぞ」
ロイドさんが籠の扉を上げ、すぐに離れた。
金羽キジが飛び出した。
地面を蹴り、金色の影が飼育場の端まで駆け抜ける。そのまま羽ばたいて上へ逃げようとしたが、天井に気づいて急旋回した。
「速っ!」
キアラさんが目を輝かせる。
「ちゃんと天井つけといて正解じゃん!」
「喜んどる場合か。暴れて怪我をせんか見ておけ」
金羽キジは何度か飼育場の中を走り回ったあと、僕たちから一番遠い隅で身体を低くした。
エルナさんは小さな帳面を取り出す。
「走るのがかなり速い……でも、今は逃げようとしてるだけかもしれない。羽ばたいたときに壁へぶつからなかったのはよかったです」
「もう書くんですか?」
「今見たことも、あとで必要になるかもしれませんから」
餌入れには、ロイドさんが森から持ち帰った木の実を入れた。すぐには近づかなかったけれど、エルナさんは焦らなかった。
「今は食べなくても仕方ないです。知らない場所へ連れてこられたばかりですから。しばらく人が離れて、落ち着くのを待ちましょう」
ついに始まった。
ずっと前に考えた、金羽キジを捕まえるだけではなく、育てて増やすという話。その一羽目が、本当に目の前にいる。
「ロイドさん、ありがとうございます」
「まだ礼を言うのは早い」
ロイドさんが、置いていた荷物の方へ戻った。
「今回は俺もちょっと気合いを入れて探したからな。もう一つある」
「もう一つ?」
取り出したのは、枯れ草と布を詰めた小さな籠だった。
その中に、三つの卵が並んでいる。
「金羽キジの卵だ」
「ええっ!?」
エルナさんだけではなかった。
「卵!? マジ!?」
キアラさんが勢いよく飛び出す。
「ちょ、見せて!」
「キアラさん、揺らさないでください!」
「まだ触ってないじゃん!」
エルナさんは籠の前にしゃがみ込み、三つの卵をじっと見つめた。
「ロイドさん、これを見つけたのはいつですか?」
「今朝だ。巣にはまだ残してある。冷やしたらまずいと思って、布で包んで運んできた」
「鳥を育てたことないんですよね?」
「ない」
「それで卵まで持ち帰ってくるなんて、気合い入りすぎですよ……」
呆れたように言いながら、エルナさんの目は卵から離れない。
「これ、孵る卵ならすぐ温めないと駄目です。鶏なら親鳥がずっと抱きます」
「じゃあ温めよ!」
キアラさんが即答した。
「どうやってですか?」
「そこは今から考える!」
「考えてから言わんか」
オルドさんが籠を覗き込み、顎髭を撫でる。
「温める箱を作るだけなら難しくはない。問題は、どの程度の温度を保てばよいかじゃ」
「鶏なら分かります。でも、金羽キジも同じかは分かりません」
「なら、温かさを変えられるようにしよ!」
キアラさんの目がさらに輝いた。
「最初は鶏と同じくらいにして、少しずつ調整できるやつ! 温度が下がったら勝手に温め直す仕組みもつけたい!」
「簡単に言いおって。だが、調整できるようにするのは必要じゃな」
「作れる?」
「誰にものを言うとる」
「最高!」
もう二人の頭の中では、孵化用の箱が形になり始めているらしい。
僕は三つの卵を見つめた。
成鳥を捕まえて世話をするだけではない。
もしこの卵が孵れば、生まれたときから人の手で育てられる。僕も、今までよりずっと早い段階から関われるかもしれない。
「エルナさん。この卵、孵してみたいです」
「もちろんです。私も孵してみたいです」
返事は早かった。
「ただ、急がないと。飼育場が完成したと思ったら、今度は卵を温める場所が必要になるなんて……」
「面白くなってきたじゃん!」
キアラさんはもう籠を抱えようとして、エルナさんに止められていた。
「待ってください! 運ぶのは私がやります!」
「アタシが作るんだから近くで見たいじゃん!」
「走らないって約束できます?」
「できる!」
「今の返事、信用できません!」
オルドさんが深いため息をつく。
「工房へ戻るぞ。孵るかどうかも分からんが、まず温めねば始まらん」
「よし、今日中に作ろ!」
「今日中に完成するとは言っておらん!」
「でも急ぐんでしょ?」
「急ぐことと雑に作ることは違うわ!」
三つの卵を抱えたエルナさんを真ん中にして、僕たちは再びオルドさんの工房へ向かった。




