必要な経験
「僕たちに必要です」
エルナさんが、きょとんと僕を見た。
「グレンさんたちは魔物と戦えます。ロイドさんは金羽キジを傷つけずに捕まえられる。でも、毎日鳥を見て、小さな変化に気づける人は僕たちの中にいません。エルナさんには、その経験があります」
「でも……私、実家で手伝ってただけですよ」
「それでも僕にはできません。だからお願いしたいんです」
エルナさんは黙り込み、使い込まれた鞄の端を指でいじった。
「……そんなこと言われたの、初めてです。冒険者になってから、鶏の世話なんて何の役にも立たなかったですから。家を出たときなんて、もう朝から鶏小屋の掃除しなくて済むって喜んでたくらいで」
「掃除は、たぶんお願いすることになりますけど」
「今それ言います?」
エルナさんが思わず笑った。
「でも、本当に役に立ちます。僕たちが知らないことを、エルナさんは知ってますから」
「……テオさん、そういうこと真顔で言うんですね」
「変でしたか?」
「変じゃないですけど。なんか……困ります」
何が困るんだろう。
僕が首を傾げていると、リリカさんがぱんっと手を叩いた。
「はいっ! じゃあ次は大事なお金の話です!」
「お金!」
エルナさんの反応がものすごく速かった。
「もちろんタダでお願いするわけじゃありませんよ! 毎日の飼育を任せるなら、ちゃんとお仕事として雇います。勤務時間やお休みはこれから決めますけど、お給料はきっちり出します!」
「毎月、決まったお金が入るんですか……?」
エルナさんの目が遠くなった。
「宿代を先に取っておけるし、剣もちゃんと直せるし……ご飯、一食減らさなくてもよくなる……」
「一食減らしてるんですか!?」
「たまにですよ、たまに! 依頼が少なかった月だけです!」
「じゃあ、そこはもう心配しなくていいようにしましょう! 勤務日なら賄いも出しますよ!」
「……賄い?」
エルナさんの顔が上がった。
「テオ・フライドチキンの賄いですか?」
「うちで働いてもらうんですから当然です!」
「フライドチキンも?」
「毎日フライドチキンとは限りませんけどね!」
「そこをなんとか!」
「飽きますよ!」
「飽きません!」
言い切った。
リリカさんまで楽しそうに笑っている。
「それに相手は魔物ですからね。普通の鶏より危険があるなら、その分も考えます。危険手当も必要ですね!」
「給料が安定して、賄いがあって、危険手当まで……」
エルナさんが胸を押さえた。
「私、ものすごく心が揺れてます」
「いいじゃないですか! お金は大事ですよ!」
「そんな元気よく肯定されると思わなかった……」
「仕事なんですから、報酬で決めてもいいと思いますよ」
僕もそう思う。
僕だって、お金がなかった頃は一枚の銅貨でも気にしていた。
「働いてもらうなら、ちゃんと払うのは当然です」
「……テオさんまで真面目に言うから、逆に恥ずかしくなるんですけど」
「どうしてです?」
「私が金に釣られてるからです!」
「今月の宿代、危ないんですよね?」
「危ないです!」
「じゃあ大事じゃないですか」
「そうなんです!」
なんだか開き直った。
ひとしきり笑ったあと、エルナさんが少し真面目な顔に戻る。
「でも、金羽キジですよね。鶏なら分かりますけど、魔物を育てたことなんてないですよ」
「そこは誰も同じです。まずは、人の手で金羽キジを育てられるのか。それを試したいんです」
「餌もまだ分からないんですよね?」
「ロイドさんが木の実を食べているところは見たそうです。でも、それ以外はこれからです」
「だったら、最初は食べるものを探すところからですね。食べた量も毎日見たいし、糞や羽の状態も記録したいです。鶏と同じ見方でいいかは分かりませんけど、何も見ないよりはいいでしょうし」
もう考え始めている。
僕には思いつかなかったことが、エルナさんから自然に出てくる。
「……やっぱりエルナさんにお願いしたいです」
「まだ何もしてないですよ」
「今の話だけでも、僕には分かりませんでしたから」
エルナさんが少し照れたように頬を掻いた。
そのとき、ふと一つの考えが浮かんだ。
「それと……もっと先の話なんですけど、確かめてみたいこともあるんです」
僕の【フライドチキン】は、僕が早い段階から関わった方が強く働く傾向がある。
仕留めるところだけより、下処理まで。
下処理までより、最初から最後まで。
「もし金羽キジを育てられるようになったら、育てるところから僕が関わった場合、どうなるのかなって」
エルナさんの目が丸くなる。
「それって、《極み》よりもっとすごいものになるかもしれないってことですか?」
「まだ分かりません。普段の世話をエルナさんに任せたら、それで僕が育てたことになるのかも分からないです。だから、まずは普通に育てる。それができたら、僕も餌やりをしたり、もっと早い段階から関わったりして、違いが出るか試したいんです」
「……そこも一からなんですね」
「はい。でも、ちょっと楽しみなんです」
言葉にすると胸が高鳴った。
今まで試したことのないところまで、僕のスキルを確かめられるかもしれない。
エルナさんも何か考えていたけれど、やがて急に僕を見た。
「テオさん。その金羽キジ、私も食べられます?」
「もちろんです」
目の色が変わった。
「私が育てた金羽キジを、テオさんが料理してくれるんですよね。それで、もしかしたら《極み》よりすごいものになるかもしれない」
「そこは本当に分かりませんよ。でも、可能性はあります」
エルナさんが勢いよく机に両手をついた。
「やります。その仕事」
「えっ、急ですね!?」
「だって毎月お給料が出て、賄いもあって、危険手当まであるんですよね? そのうえ自分で育てた金羽キジをテオさんが料理してくれて、私も食べられるかもしれないんですよ!? 今の私が断る理由あります!?」
「不安とかは……」
「ありますよ! 魔物ですから! でも《暁の牙》が全力で協力するんですよね?」
グレンさんが待ってましたとばかりに胸を叩く。
「任せろ!」
「じゃあやります!」
迷いが吹き飛んでいた。
エルナさんは少し照れくさそうに笑った。
「冒険者じゃ何の役にも立たないと思ってたことを、《暁の牙》に必要だって言われたんです。だったら、一回くらい本気でやってみたいです」
「よろしくお願いします、エルナさん」
「こちらこそ。お給料と賄い、よろしくお願いします!」
「よしっ! 一人確保です!」
リリカさんが嬉しそうに拳を握った。
「細かい条件は私と詰めましょう! その前に、飼育場ですね!」
「飼育場?」
エルナさんが首を傾げる。
「まさか、まだないんですか?」
「これから作ります!」
「餌もまだですよね?」
「これからです!」
「飼い方も決まってない?」
「もちろんこれからです!」
リリカさんが楽しそうに答えるほど、エルナさんの顔が引きつっていく。
「ちょっと待ってください。私、本当に何もないところに飛び込もうとしてません?」
「そうなりますね」
僕が答えると、エルナさんはしばらく天井を見上げた。
それから、大きく息を吐く。
「……分かりました。じゃあまず、金羽キジが暮らせる場所から作りましょう」




