万年Dランク
ロイドさんと別れたあと、僕は新本店へ戻り、そのままリリカさんに相談した。
「金羽キジを捕まえたあと、毎日世話をしてくれる人が必要なんです。僕もできるだけ関わるつもりですけど、店もありますし、《暁の牙》の活動もありますから」
「テオさんが飼育場につきっきりになるのは無理ですね」
リリカさんは帳簿を閉じ、少し考え込んだ。
「魔物を育てた経験がある人はいません。だったら、鳥を育てた経験がある人を探すしかないですよね」
「僕もそう思います」
「それなら、普通に人を募集するより冒険者ギルドに聞いてみません? 冒険者なら魔物にも慣れていますし、実家が農家だった人くらいいるかもしれません」
「なるほど……!」
確かに、その方が条件に合う人を見つけやすそうだ。
「雇うことになったら、お給料や勤務条件は私が詰めますね」
「お願いします」
その日の午後、僕たちはギルドへ向かった。
話を聞いたグレンさんも当然のようについてきている。
「実家で鶏を育ててた冒険者か」
ギルドマスターは腕を組み、しばらく考えていた。
「しかも毎日の世話を任せるなら、しばらく町を離れるような奴じゃ駄目なんだろ?」
「そうですね。相手が魔物なので、できれば魔物にも慣れている方がいいです」
リリカさんが答えると、ギルドマスターが「ああ」と声を漏らした。
「一人いるな。ただ、ちょっと変わった奴だぞ」
「どんな人ですか?」
「万年Dランク」
ずいぶんな紹介だった。
「仕事は真面目だし、依頼を投げ出したこともねえ。採取や配達なら手堅いんだが、とにかく戦闘が駄目でな。何度Cランクを狙っても、そこで引っかかる」
「今回は戦ってもらう仕事じゃありません」
「だから思い出したんだよ。実家が養鶏農家で、ガキの頃から鶏の世話をしてたはずだ」
それなら話を聞いてみたい。
ギルドマスターが職員に声をかけ、それからしばらくして。
「ギルドマスター! 仕事ですか!? できれば今日中に報酬が出るやつだと助かるんですけど!」
勢いよく扉を開けた女の子が、部屋の中を見て固まった。
使い込まれた革鎧に、何度も補修された鞄。腰の剣もずいぶん使い込まれている。
その目が、僕のところで止まった。
「……テオさん?」
「初めまして。テオです」
「いやいや、知ってますって! この町でテオさん知らない人なんていませんよ!」
一気に距離を詰められて、思わず背筋が伸びた。
「私、テオ・フライドチキン大好きなんです。お金入った日は絶対買ってます。昨日も行ったんですけど、売り切れてて……って、別に文句じゃないですよ!?」
「す、すみません」
「だからなんでテオさんが謝るんですか!」
その勢いのまま笑った女の子の視線が、僕の横へ動く。
グレンさんがいた。
「おう」
「…………」
さっきまでの勢いが嘘みたいに消えた。
「どうした?」
「いや……その……なんで《暁の牙》のグレンさんが普通に座ってるんですか……?」
「座るだろ」
「そういう意味じゃないです!」
声を上げた直後、女の子が青ざめた。
「す、すみません! 今の忘れてください!」
「はっはっは! 面白い奴だな!」
「無理です、心臓が持ちません……」
「エルナさん、落ち着いてください。怒られるような話じゃないですから」
「テオさんに言われても緊張しますよ。《暁の牙》の六人目じゃないですか」
「僕もですか?」
「なんで本人が一番分かってないんですか!?」
グレンさんが腹を抱えて笑い始めた。
エルナさんも最初は困っていたけれど、僕がグレンさんに文句を言っているのを見て、ようやく少し肩の力が抜けたらしい。
「……思ってたより普通なんですね、テオさん」
「最近、似たようなことをよく言われます……」
ギルドマスターが咳払いをした。
「そろそろ本題に入るぞ。エルナ、お前、実家で鶏を育ててたよな」
「はい。今も実家ではやってますよ。私も家にいた頃は、嫌ってほど手伝わされました」
僕は思わず身を乗り出した。
「どんなことをしてたんですか?」
「そんな大したことじゃないですよ。餌と水をやって、掃除して、卵を集めて。雛が生まれたら別にして様子を見たり。毎日やってたら、食欲がないとか、歩き方がおかしいとか、そのくらいは分かります」
「……すごいですね」
エルナさんが妙な顔をした。
「ただの鶏の世話ですよ?」
「僕には分かりません。毎日見て、昨日と違うことに気づくんですよね。僕が急にやっても無理だと思います」
「でもテオさん、《暁の牙》ですよね」
「《暁の牙》に入ったら鶏の気持ちが分かるようになるわけじゃありませんから」
「俺も分からんぞ!」
グレンさんが自信満々に言った。
「なんでそこを胸張るんですか」
エルナさんが反射的に突っ込んだ。
そして固まる。
「……今、私、グレンさんに何言った?」
「気にすんな!」
「うわあ……」
頭を抱えるエルナさんを見て、リリカさんが笑っていた。
「それで、お願いしたい仕事なんですが」
僕が切り出すと、エルナさんも表情を戻した。
「僕たち、金羽キジを育てようと思ってるんです」
数秒、反応がなかった。
「……すみません。今、聞き間違えたかと思いました。金羽キジって、あの魔物ですよね? それを捕まえるんじゃなくて、飼って育てるんですか?」
「そうです。まずは人の手で育てられるのか試したいと思っています」
「なんでまた、そんなことを……」
「食べたいからです」
エルナさんが黙った。
「いや、私も金羽キジのフライドチキンは好きですよ。でも、おいしいから育てようって普通はならないでしょう?」
「俺たちはなる!」
グレンさんが笑う。
「《暁の牙》まで本気なんですか……」
呆れているのか驚いているのか分からない顔で、エルナさんが僕たちを見た。
「それで、実際に飼育を始めたら、普段の世話をしてくれる人が必要になります。エルナさんにお願いできないかと思ってるんです」
「……私に?」
さっきまでとは違う声だった。
「人、間違えてませんか。私、Dランクですよ。それも、もう何年も」
「聞いています。でも今回、冒険者ランクは関係ありません」
「関係ないって言われても……私、またCランクの昇格試験に落ちたばっかりなんですよ」
エルナさんは笑った。
でも、さっきまでみたいな笑い方じゃなかった。
「同期だった子はとっくにCランクです。もうBを狙ってる子だっているのに、私は何回やっても戦闘で駄目。冒険者なのに、戦うの向いてないんです」
「でも、鶏は育てられますよね」
エルナさんの笑みが消えた。
「……それが何になるんです?」
第60話 必要な経験
「僕たちに必要です」
エルナさんが僕を見た。
「グレンさんたちは魔物と戦えます。ロイドさんは金羽キジを傷つけずに捕まえられる。でも僕たちの中に、毎日鳥を世話して、小さな変化に気づける人はいません。エルナさんには、その経験があります」
「でも……実家で手伝ってただけですよ」
「それでも、僕にはできません」
エルナさんは何も言わなくなった。
指先で使い込まれた鞄の端をいじっている。
「鶏の世話ができるから必要だなんて、初めて言われました」
「そうなんですか?」
「冒険者になってからは、一回も役に立ってませんから。家を出たときなんて、もう毎朝鶏の世話しなくていいって喜んでたくらいなのに」
「でも、今回は役に立ちます。だからお願いしています」
顔を上げたエルナさんが、なんとも言えない顔をした。
「……テオさん、そういうこと真顔で言うんですね」
「何か変でしたか?」
「いえ。ちょっと困っただけです」
何が困るのかはよく分からなかった。
そこでリリカさんが話を引き取った。
「もちろん、善意で手伝ってくださいという話ではありませんよ。飼育が始まれば毎日の仕事になりますから、正式に雇う形を考えています」
「雇う……ってことは、給料が出るんですか?」
「出ます。勤務時間や休日はまだ決めていませんけど、専任に近い形になれば毎月安定してお支払いすることになるでしょうね」
エルナさんの顔が明らかに変わった。
「毎月、ですか……」
ぽつりと呟き、指を折り始める。
「宿代払って、装備の修理代残しても、ご飯がちゃんと食べられる……。フライドチキンも月一じゃなくて……」
「そこまで計算するんですね」
「大事なんです!」
ものすごく真剣だった。
でもすぐに我に返り、気まずそうに頬を掻く。
「なんか私、完全にお金に釣られてません?」
「仕事を選ぶんですから、報酬は大事だと思いますよ」
「……そういうものですか?」
「僕もお金がなかった頃は、一枚の銅貨でも気にしてました。働いてもらうなら、きちんと払うのは当然です」
エルナさんは少し驚いたあと、肩の力を抜いた。
「じゃあ、正直に言います。めちゃくちゃ魅力的です。今月、本当に宿代が危ないので」
「正直でいいと思います」
「テオさんが真面目に受け止めるから、逆に恥ずかしくなるんですけど」
また少し笑った。
「ただ、金羽キジを本当に育てられるかは、まだ分かりません」
僕がそう言うと、エルナさんも真面目な顔に戻った。
「ですよね。鶏と同じってわけにはいかないでしょうし」
「だから、まずはそこからです。人の手でちゃんと育てられるのか。それをエルナさんと一緒に試したいんです」
僕は少し迷ってから、続けた。
「それと……その先に、僕自身も確かめたいことがあります」
「テオさんが?」
「僕の【フライドチキン】は、僕が早い段階から関わった方が強く働く傾向があるんです。仕留めるところだけより、その前後まで僕が全部やった方が、明らかにおいしくなる」
エルナさんがじっと聞いている。
「だから、いつか考えてみたいんです。料理するところからじゃなくて、育てるところから僕が関わったらどうなるのかって」
「……それって」
エルナさんの目が少し大きくなる。
「《極み》より、もっとすごいものになるかもしれないってことですか?」
「分かりません」
そこは断言できない。
「普段の飼育をエルナさんに任せたら、僕が育てたことになるのかも分かりません。だから、まずは普通に金羽キジを育てられるようにする。そのあとで、僕が餌やりに関わったり、もっと早い段階から世話をしたりして、違いを確かめてみたいんです」
「そこから検証するんだ……」
「はい。まだ可能性の話です」
エルナさんはしばらく黙っていたけれど、少しずつ顔が楽しそうになっていった。
「成功したら、エルナさんが育てた金羽キジを僕が料理しますよ」
「……それ、私も食べられます?」
「もちろんです」
エルナさんの目が変わった。
「給料をもらいながら?」
「仕事ですから」
「毎月安定して?」
「そうなるようにリリカさんと相談します」
「そのうえ、自分で育てた金羽キジをテオさんが料理してくれて、私も食べられる?」
「飼育に成功したら、ですけど」
エルナさんが勢いよく机に両手をついた。
「やります」
「え?」
「その仕事、やります」
さっきまで悩んでいた人とは思えない。
「急に決めましたね!?」
「だって給料が出るんですよ! 安定して! しかもテオさんの金羽キジまで食べられるかもしれないんですよ!? 今の私が断る理由あります!?」
「危険とか、不安とかは……」
「そこは《暁の牙》が全力で協力するんですよね?」
グレンさんが待ってましたとばかりに胸を叩く。
「任せろ!」
「じゃあやります!」
迷いが消えていた。
「私、金にも釣られてます。フライドチキンにも釣られてます。でも、やってみたいです」
エルナさんは少し照れくさそうに笑った。
「冒険者じゃ何の役にも立たないと思ってたことが、《暁の牙》に必要だって言われたんです。だったら、一回くらい本気でやってみたいです」
「よろしくお願いします、エルナさん」
「こちらこそ。ちゃんとお給料お願いしますね」
「そこは私と相談しましょう」
リリカさんがすかさず口を挟む。
「ただし、仕事を始める前に飼育場を作らないといけませんけど」
「……まだないんですか?」
「これからです」
エルナさんが僕を見た。
「もしかして、本当に何もないところから始めるんですか?」
「そうなります」
数秒黙ったあと、エルナさんが大きく息を吐いた。
「……じゃあまず、金羽キジが暮らせる場所からですね」




