金貨がじゃらじゃら
キアラさんとのデートから、しばらく経った。
新本店も町の支店も営業は安定し、僕が厨房につきっきりでなくても《定番》なら問題なく回るようになっていた。
それどころか、二店舗とも連日のように売り切れている。
そんなある日、昼の営業が落ち着いたところで、リリカさんに呼ばれた。
「テオさん、ちょっとお時間いいですか?」
「はい。何かありました?」
「お金の話です」
「お金?」
案内されたのは、新本店の事務室だった。
中では、二店舗の帳簿を任せている経理担当が書類を広げて待っている。
「僕、お金のことはリリカさんたちに任せていますけど」
「だからこそです。一度くらい、今どれくらいあるのか見てください!」
リリカさんが帳簿を僕の前へ置いた。
売上、仕入れ、人件費、税金。
数字がずらりと並んでいる。
僕は一番下の数字を見て、首をかしげた。
「……これ、今までの売上ですか?」
「違います」
「では、何の数字です?」
「必要な支払いと、しばらく店を回すためのお金を確保したあとの余剰資金です」
「余剰……?」
もう一度見る。
やっぱり桁がおかしい。
「間違ってませんか?」
「間違ってません!」
リリカさんが嬉しそうに笑った。
「新本店を建てて、人も九人増やしましたよね? 急速冷凍室や低温保存庫だって作りましたし。もっと減っていると思っていました」
「新本店は《暁の牙》の第二拠点も兼ねていますから」
経理担当が別の書類を出した。
「冷凍庫も、遠征で持ち帰った魔物の保管に使っています。共用部分については、《暁の牙》の皆さんにもかなり負担していただいています」
「そういえば、グレンさんが……」
「『俺たちも使うんだから当然だ!』って言ってましたね」
リリカさんが笑う。
店だけで使う部分は僕たちが払ったけれど、第二拠点や大型魔物を扱う設備まで、全部こちらで負担したわけではない。
「それに、本店も町の支店も連日売り切れですから」
「売り切れているのは分かっていますけど……」
「仕込んだ分が、ほとんど毎日全部売れるんですよ。それが二店舗分です!」
リリカさんが帳簿を軽く叩く。
「もちろん仕入れや人件費はかかっています。でも、それを引いてもちゃんと利益が残っています。それを私と経理担当さんで貯めてました!」
「……こんなに?」
「実際に見ます?」
経理担当が奥の金庫を開け、小さな袋を持ってきた。
じゃらっ。
机の上へ金貨が広がる。
「…………」
思わず黙ってしまった。
「これは一部ですよ」
「一部!?」
僕は金貨と帳簿を交互に見る。
店を始めた頃は、毎日の仕入れ代を気にしていた。
新しい鍋を一つ買うだけでも、本当に必要か何度も考えていたのに。
「テオさん?」
「……お金、貯まったんですね」
「貯まりました!」
リリカさんが満面の笑みを浮かべた。
「ですから聞こうと思ってたんです。次は何に使います?」
「次……」
その言葉を聞いた瞬間、昔の記憶がよみがえった。
『店を持て。金を作れ。人を増やせ。育てるのは、そのあとだ』
金羽キジを育てて増やせないか。
そう考えた僕に、ギルドマスターが言った言葉だ。
あの頃の僕には、何もなかった。
店もない。
金もない。
人もいない。
育てる場所だってない。
だから、あのときは諦めた。
でも今は違う。
「……そのあとだ」
「テオさん?」
僕は顔を上げた。
「リリカさん。僕たち、店を持ちましたよね」
「はい」
「人も増えました」
「増えましたね」
「新本店なら、町の中より土地にも余裕があります」
「あります」
「それで……お金もある」
「あります!」
机の上には、金貨がじゃらじゃらと積まれている。
「鳥を、育てられるんじゃないですか?」
リリカさんが目を丸くした。
「鳥を……育てる?」
「はい」
捕まえた鳥を料理するだけじゃない。
自分たちで育てて、増やす。
ずっと先送りにしていたことを、ようやく始められる。
「まず、ギルドマスターに会いに行きましょう」




