検証
翌朝、僕は肉屋の前に立っていた。
いつもなら、依頼板の前にいる時間だ。
今日は違う。
まずは鳥からだ。
「いらっしゃい。何にする?」
肉屋の主人が、まな板の向こうから声をかけてきた。
「一番いい鳥をください」
「祝い事かい?」
「試したいことがあります」
「一番いい鳥で試すのか。財布に厳しい試し方だな」
主人は笑いながら、奥の箱から白い肉を出した。
「白羽鶏だ。普通の鳥より脂がきれいで、肉もやわらかい。安くはないぞ」
「いくらですか」
「これくらい」
聞かなければよかった。
昨日のツノコッコは、硬くて買い取り不可の魔物だった。
血抜きもしていない。下処理もしていない。
炎魔法で倒しただけ。
それなのに、あの味だった。
では、最初から旨い鳥ならどうなるのか。
「これをお願いします」
「本当に買うのか」
「買います」
「いい目をしてるな。財布は泣いてそうだけど」
高かった。
かなり高かった。
主人が白羽鶏を包みながら、横の肉を指した。
「豚もいいのが入ってるぞ」
「豚……」
僕は少しだけ見た。
脂の入り方がいい。
厚みもある。
焼いたら絶対にうまい。
でも、今日は違う。
「いえ。まずは鳥から」
「真面目だな」
「そうでもないです」
昨日、骨だけになるまで食べた人間の返事としては、少し苦しかった。
◇
宿の主人に頼んで、昼前の厨房を少しだけ借りた。
「何を作るんだ」
「試作です」
「料理人にでもなるのか」
「まだ、そこまでは」
「匂いで客を集めるなら、先に言えよ」
宿の主人はそう言って、厨房の隅を貸してくれた。
僕は白羽鶏をまな板に置いた。
血抜きは済んでいる。
羽もない。
きれいに処理されていて、肉の色もいい。
昨日のツノコッコとは、最初から何もかも違った。
まずは普通に焼く。
火は厨房のかまど。
塩は少しだけ。
余計な香草は使わない。
皮目を下に置くと、じゅう、と音がした。
脂がゆっくり出る。
皮が色づく。
匂いが立つ。
これは、ちゃんとうまそうだった。
僕は焼けたところを小さく切り、一口食べた。
「……うまい」
うまい。
肉はやわらかい。
脂もきれいだ。
塩だけで十分食べられる。
白羽鶏は高い。
高いだけのことはある。
ただ、昨日のツノコッコとは違った。
昨日のあれは、口に入れた瞬間、考える順番が崩れた。
依頼主が見ていることも、記録するべきことも、危ないかもしれないことも、全部あとになった。
これはうまい。
でも、昨日みたいに、気づいたら骨だけになっている味ではない。
「……高いのに」
白羽鶏に失礼なことを言ってしまった。
僕は紙に書いた。
【白羽鶏、普通の火、うまい】
【でも、昨日ほどではない】
失敗ではない。
むしろ、大事な結果だ。
高い鳥なら何でも跳ねるわけではない。
素材の値段だけではない。
「……面白いな」
口に出してから、自分で少し驚いた。
昨日までは、分からないことが怖かった。
今日は少し違う。
分からないから、次を試せる。
僕は次の切り身を取った。
今度は、僕の炎魔法で火を入れる。
かまどではなく、短杖の先に炎を集める。
強すぎないように、皮の表面からゆっくり炙った。
脂が弾ける。
さっきより、匂いが少し濃くなった。
「変わった」
僕は焼けた端を切り、一口食べた。
普通の火より、うまい。
香ばしさが前に出る。
肉の味も少し強くなった気がする。
でも、まだ昨日ではない。
僕は紙に書いた。
【白羽鶏、炎魔法、普通の火より上】
【ツノコッコとの差、残る】
やっぱり、条件がある。
鳥魔物か。
討伐に関わったか。
炎魔法の入り方か。
考えることが増えるたびに、次を試したくなる。
「処理済みのツノコッコも、試したいな」
肉屋にあるだろうか。
いや、人気がない肉だから、むしろ余っているかもしれない。
他の冒険者が倒した鳥魔物ならどうか。
紙の端に、思いついた順で書いていく。
【普通の鳥】
【鳥魔物】
【自分で倒したもの】
【他人が倒したもの】
そこで、手が止まった。
まだ足りない。
火の入れ方だけではない。
肉そのものも、誰が倒したかも、たぶん関係している。
僕は白羽鶏をもう一切れ焼いた。
今度は、塩をほんの少しだけ増やす。
うまい。
でも、昨日ほどではない。
その差が、逆に楽しい。
まだ分かっていない。
でも、次に見る場所は分かった。
普通の鳥。
鳥魔物。
自分で倒したもの。
他人が倒したもの。
紙の上に並んだ文字を見る。
昨日まで、僕の祝福スキルは意味の分からない表示だった。
仲間の前で出てしまった、変な名前だった。
笑うしかないものだった。
でも今は違う。
分からないだけだ。
分からないものは、試せばいい。
僕は残った白羽鶏を見た。
これはこれでうまい。
高かった。
高いだけのことはあった。
でも、まだ上がある。
あのツノコッコの先に、もっと何かがある。
僕はペンを置いた。
「……楽しくなってきた」




