一口だけのはずだった
「うっま」
言ってから、僕は固まった。
畑の真ん中だった。依頼主が見ている。残りのツノコッコは逃げた。
その状況で、僕は焼けたツノコッコにかじりついていた。
「……冒険者さん、それ、うまいのかい」
「確認中です」
「今、うまいって言ったよな」
「確認結果が少し漏れました」
一口だけ。
そう決めていた。安全確認で、祝福スキルの効果確認で、食欲ではない。
でも、歯形のついた皮からはまだ湯気が立っている。脂が光っていて、肉の端がもう一口分だけ残っていた。
もう一口だけなら、誤差ではないか。
いや、誤差ではない。
危険なものを口に入れ続けるのは、治癒師としてよくない。
「……一口分、少なかったな」
僕はもう一口かじった。
ぱりっ。
焼けた皮が割れ、脂が舌に落ちて、肉がほどける。
「うっま」
二回目も漏れた。
「それ、やっぱりうまいんだな」
「確認中です」
「二回言ったぞ」
「確認精度が上がっています」
僕は背筋を伸ばした。
「依頼は、一羽討伐、二羽追い払いで達成です。この焼けたツノコッコですが、持ち帰っても?」
「好きにしてくれ。こっちじゃ、硬くて食えたもんじゃない」
硬くて食えたものではない。
そのはずの肉は、さっき歯を入れた瞬間にほどけた。肉汁が出て、味がこちらへ来た。
おかしいのに、うまい。
僕は焼けたツノコッコを布で包んだ。匂いが漏れると、依頼主の一人が少しだけ身を乗り出した。
「少しだけ」
「だめです」
「まだ何も」
「言う前から分かります」
僕は布の結び目をきつくした。
これは、まだ人に食べさせていいものか分からない。僕が食べたのは、自分の祝福スキルの確認だからだ。
◇
ギルドに戻るまでが大変だった。
布で包んでも、匂いが消えない。道を歩くと犬が振り返り、市場の子どもが振り返り、揚げ鶏屋の店主まで振り返った。
違う。
店主は振り返らないでほしい。
ギルドに入ると、リリカさんが顔を上げた。
「テオさん、お帰りなさい! 依頼はどうでしたか?」
「達成しました。一羽討伐、二羽追い払いです」
「完璧ですね!」
リリカさんは報告書を受け取り、そこで動きを止めた。
「……何か、いい匂いがしませんか」
「しません」
「しています」
「気のせいです」
「この匂いを気のせいにする鼻なら、受付には置けません!」
リリカさんの目が、僕の抱えた布に向いた。
「テオさん、その布は何ですか」
「確認対象です」
「いい匂いのする確認対象ですか」
「そういう分類はまだしていません」
「少しだけ見せてください」
「だめです」
「なぜですか」
「理性に危ないので」
言ってから、失敗したと思った。
リリカさんの目が輝く。
「理性に危ない匂いなんですね?」
「今のは取り消します」
「取り消せません! 受付に記録されました!」
「記録しないでください」
僕は報告書を急いで提出した。
「今日は帰ります」
「確認後に報告してくださいね!」
「必要があれば」
「必要、ありますからねー!」
聞こえなかったことにした。
◇
宿の部屋に戻ると、僕は扉に鍵をかけた。
悪いことをしているわけではない。依頼で倒したツノコッコを持ち帰っただけで、依頼主にも許可は取った。
だから隠す必要はないのに、僕は鍵をかけた。
机の上に布を置き、結び目をほどく。
匂いが部屋いっぱいに広がった。
「……これは、だめだな」
何がだめなのかは分からない。ただ、だめだと思った。
焼けたツノコッコは少し冷めていた。それでも皮の色はまだうまそうで、脂が固まりかけているところがまた悪い。
食べない。
まず記録する。
僕は紙を出し、ペンを持った。
【ツノコッコに炎魔法を当てたところ、通常とは異なる】
異なる、何だ。
匂いか。うまさか。危険性か。
机の上では、焼けた皮がこちらを向いている。
「……一口だけなら、記録の精度が上がるな」
誰もいない部屋で、言い訳だけが響いた。
僕は肉の端をつまんだ。
冷めているのに、匂いは残っている。
かじると、しんなりした皮から脂がじわっと戻った。肉はまだやわらかく、冷めたことで味が落ち着いている。
落ち着いているのに、うまい。
「……うま」
まずい。
冷めてもうまい。
僕は紙に書いた。
【冷めても、うまい】
報告書ではなかった。
止めるつもりはあった。
紙も出した。ペンも持った。記録する準備もできていた。
なのに、気づくと手が肉の方へ戻っている。
皮の端を少し。
肉の厚いところを少し。
骨の近くを少し。
少しのはずだったものが、皿の上でどんどん骨に変わっていった。
「……」
確認とは、こういうものだっただろうか。
少なくとも、骨だけを見てから冷静になるものではない。
僕は、きれいになった骨を見た。
血抜きもしていない。羽も現地で落ちただけ。下処理もしていない。炎魔法で倒しただけ。
それで、これだ。
なら、血抜きしたら?
羽を処理したら?
部位を分けたら?
塩をなじませたら?
別の鳥だったら?
もっと旨い鳥だったら?
普通の火だったら?
炭だったら?
考え始めたら、止まらなかった。
食べている場合ではない。
いや、もうだいぶ食べた。
僕は、きれいになった骨をもう一度見た。
「……全部、試すしかない」




