神鳥《天穿つガルーダ》
営業を終えたあと、僕は《暁の牙》の第二拠点へ呼ばれた。
会議室にいるのは、グレンさん、ヴィオラさん、レオンさん、ドーガさん、セシルさん、そして僕だけだ。
グレンさんが扉を閉め、机の上へ古い地図を広げた。
「テオ。お前も正式な六人目になった。今日は、俺たちが追い続けている目標を話す」
「黒の塔より先の目標ですか?」
「ああ」
グレンさんの指が、大陸北部の山脈で止まった。
地図には、いくつもの山を覆う巨大な翼が描かれている。
「神鳥《天穿つガルーダ》。こいつを討伐する」
「神鳥……」
初めて聞く名前だった。
けれど、五人の表情は冗談を口にしているものではない。
「鳥型魔獣の頂点よ」
ヴィオラさんが静かに言った。
「普段は雲より高い空を飛び、地上へ姿を現すのは数十年に一度だけ」
「翼を広げれば城塞を覆い、一度羽ばたけば軍勢を吹き飛ばす」
レオンさんが、地図の横へ古い記録を置いた。
「全身を覆う金色の羽は、剣を弾き、魔法を散らす。過去二百年、討伐に成功した者はいない」
「前回の出現時には、二つのSランクパーティーと王国軍が迎え撃ちました」
セシルさんの声が沈む。
「それでも倒すことはできず、多くの冒険者と兵士が亡くなりました」
「どうにか進路を変えたが、間に合わなかった町もある」
ドーガさんが太い腕を組んだ。
「三つの町が消えた」
「神鳥が町を襲ったんですか?」
「いや」
グレンさんが首を振った。
「奴に人間を襲う意思があったかは分からん。ただ飛び、降り立ち、羽ばたいただけだ」
「それだけで、町が……」
「存在そのものが災害なのよ」
神鳥が地上へ近づけば、暴風が起こる。
周囲の魔力が乱れ、魔物が凶暴化し、その巨体が降りた土地は跡形もなく押し潰されるという。
「次も追い払うだけなら、何十年か後にまた誰かが死ぬ」
グレンさんが、地図に描かれた翼へ拳を置いた。
「だから俺たちは倒す。神鳥が起こす災害を、俺たちの代で終わらせる」
「そのために、皆さんは黒の塔を攻略したんですか?」
「ああ」
グレンさんは迷わずうなずいた。
黒の塔。
強力な魔物がひしめき、上へ進むほど危険になる巨大迷宮だ。
一度奥へ入れば補給も撤退も難しく、長い間、最上階へ到達した者はいなかった。
そして、その頂上には攻略者だけが手にできる戦利品が眠っていると伝えられていた。
「俺たちが黒の塔へ挑んだのは、名を上げるためじゃない。頂上にある物が必要だったからだ」
「神鳥を倒すために?」
「そうだ」
グレンさんが立ち上がり、部屋の奥に置かれた黒い箱を開けた。
中に収められていたのは、腕輪ほどの大きさに縮んだ銀色の鎖だった。
「神器《天縛の鎖》」
「これが、黒の塔の戦利品……」
「魔力を注げば、どれほど巨大な相手でも短時間だけ動きを封じられる」
レオンさんが鎖を見つめる。
「空を飛び続ける神鳥には、剣も魔法も届かない。まず地上へ引きずり下ろさなければ、戦いにすらならない」
「そのために黒の塔を攻略し、この鎖を手に入れたの」
ヴィオラさんが続けた。
「黒の塔の攻略は、神鳥へ近づくための一歩だった」
「だが、これだけでは足りん」
グレンさんが箱を閉じる。
「神鳥を地上へ落とせたとしても、金色の羽を破る方法がない。過去の討伐隊も、そこで失敗した」
「普通に剣を振り、普通に魔法を撃つだけでは倒せない」
レオンさんの視線が僕へ向いた。
「だから、常識では測れない力が必要だった」
「それが、僕の【フライドチキン】ですか?」
「可能性の一つだ」
グレンさんが大きくうなずく。
「鳥型魔物の急所を見抜き、肉をほとんど傷つけずに仕留める。炎尾鳥を料理すれば、食った者の心にまで影響を与えた」
「まだ、どうしてあの効果が出たのかは分かっていません」
「分からんからこそ調べるんだ」
グレンさんは地図の上へ手をついた。
「俺たちにしか捕らえられない魔物を、お前にしか作れない料理へ変える。未知の魔物を料理し、【フライドチキン】の限界を探る」
「鳥型だけ、揚げ物だけだと、自分で決めつけるな」
レオンさんが以前と同じ言葉を口にした。
「その力の先に、神鳥を倒す方法があるかもしれない」
「それが、僕の役割……」
「ああ。荷物持ちとして六人目にしたわけじゃないぞ」
グレンさんが笑う。
「遠征中の飯を作る。捕らえた魔物を調べ、食える料理に変える。必要なら元治癒師としてセシルを手伝う」
「治療は私が担当します」
セシルさんが微笑んだ。
「ですが、負傷者が重なったときに治癒師が二人いるのは心強いです」
「料理も治療も、どちらも命を支える仕事だ」
ドーガさんがうなずく。
「普通の食事も作るんですよね?」
「当然だ!」
グレンさんが即答した。
「未知の魔物が捕まるまで、硬い干し肉をかじり続けろと言うのか?」
「そこが一番心配なんですね……」
「当たり前だ。腹が減っては神鳥も倒せん!」
誰も反論しなかった。
どうやら、全員同じ気持ちらしい。
「でも、皆さんが僕を誘ったのは、最初から神鳥のためだったんですか?」
僕が尋ねると、グレンさんは胸を張った。
「いや! あのときは、雷鳴ホロホロ鳥のフライドチキンがうますぎたからだ!」
「違うんですか!?」
「あとから考えたら、お前の規格外の力は神鳥にも通用するかもしれんと思ってな!」
グレンさんが豪快に笑う。
「後付けだ! はっはっはっ!」
「笑って言うことですか!?」
「だが、今は本気だ」
グレンさんの笑みが消えた。
「お前は俺たちの料理を作るためだけの同行者じゃない。《暁の牙》の六人目だ」
「だから、神鳥のことを僕にも?」
「ああ。いつか挑むときは、六人で戦う」
迷いのない言葉だった。
五人が追い続けてきた目標に、僕も加わる。
その重さに緊張しながらも、胸の奥が熱くなった。
「次の遠征も、神鳥に関係するんですか?」
「その可能性がある」
グレンさんが山脈の麓を指した。
「この地域で、巨大な金色の羽の欠片が見つかった。同じ頃から、周辺の鳥型魔物が一斉に山の奥へ集まり始めている」
「神鳥が現れる前触れかもしれないと?」
「まだ分からん。だから俺たちが調べる」
未知の鳥型魔物が集まる危険地帯。
さらに神鳥が関わっている可能性もあるため、依頼はSランクに指定されている。
「もしガルーダを発見しても、今回は戦わない」
レオンさんが僕へ念を押す。
「姿と進路を確認し、情報を持ち帰る」
「《天縛の鎖》があっても、準備なしで挑める相手ではないわ」
ヴィオラさんもうなずいた。
「分かりました」
「明後日の朝に出る」
グレンさんが地図を巻き始める。
「六人そろっての初遠征だ」
「はい!」
いよいよ僕も、《暁の牙》の一員として遠征へ出る。
そう思っていると、グレンさんの手が止まった。
「……しかし、雷鳴ホロホロ鳥か」
「どうして今、その名前が出てくるんですか?」
「あのときのことを思い出していたら、また食いたくなってきたな」
グレンさんの顔に、先ほどとは別の真剣さが浮かぶ。
「揚げたての衣。噛んだ瞬間にあふれる肉汁……」
「神鳥についての会議でしたよね?」
「はっはっはっ!」
グレンさんが遠征経路を指でなぞり、途中にある山を叩いた。
「少し道を外れれば、以前の生息地へ寄れる」
「まさか……」
「捕まえに行くぞ」
「冗談ですよね?」
「本気だ」
グレンさんは笑っていた。
けれど、その目だけは完全に本気だった。




