炎尾鳥
「では、始めます」
僕が包丁を構えると、炎尾鳥の赤い尾羽が大きく揺れた。
ボウッ!
「ヴィオラさん、お願いします」
「ええ。眠りなさい」
《眠り姫》のヴィオラさんが杖を向ける。淡い光に包まれた炎尾鳥は、広げかけた翼から力を失い、解体台へ横たわった。
「グルル……」
やがて、静かな寝息が聞こえてくる。
「眠ったわ。しばらくは起きないと思う」
「ありがとうございます」
炎尾鳥へ近づくと、【フライドチキン】が肉を傷つけずに仕留められる場所を教えてくれた。
首の付け根にある、赤い羽の下だ。
「一撃で終わらせます」
僕は急所へ刃を突き立てた。炎尾鳥の体が一度だけ震え、そのまま動かなくなる。
「見事だ、テオ!」
「ここからが大変なんですよ」
すぐに血を抜き、赤い羽をむしっていく。炎尾鳥は、とどめを刺したあとも熱を残していた。
「熱っ!」
触れるたび、手のひらへ熱が伝わってくる。新しい解体場には大型の解体台も滑車もある。それでも、巨大な体を部位ごとに切り分けるころには日が傾き始めていた。
「さすがに、全部を今日揚げるのは無理ですね」
今日食べる分だけを取り分け、残りは部位ごとに分けておく。肉へ味をつけ、衣をまとわせ、熱した油へ入れた。
ジュワアアアアッ!
「すごい音ですね!」
リリカさんが鍋をのぞき込もうとする。
「油が跳ねますから、下がってください!」
炎尾鳥の肉からあふれた肉汁が、油を激しく弾いていた。衣がきつね色になったところで引き上げ、しっかり油を切る。
とどめ、血抜き、羽むしり、解体、味付け、衣付け、調理。そのすべてを僕が担当した。
「炎尾鳥の《極み》、完成です!」
「待っていたぞ!」
グレンさんが真っ先に手を伸ばす。
「最初は僕が食べます」
「またテオからか!?」
「どんな性質があるか分からないでしょう!」
僕は一番小さな一切れを持ち、慎重にかじった。
ザクッ!
「うっっっま……!」
香ばしい衣を噛み砕くと、熱い肉汁が口いっぱいにあふれた。
飲み込んだ瞬間、胸の奥で火が燃え上がる。
「あつい……」
口の中ではない。
胸の奥が熱い。
心臓が強く脈打つたび、熱が全身へ広がっていく。
「あつい……あつい……!」
「おい、テオ?」
グレンさんの声が聞こえた。
「はぁ、はぁ……!」
息が弾む。顔が熱い。じっと座っていられないほど、心の底から高揚感が湧き上がってくる。
「テオさん、顔が真っ赤ですよ!?」
リリカさんが心配そうに僕をのぞき込んだ。
苦しくはない。
むしろ、すごく気分がいい。
「大丈夫です……! 胸の奥から、力が湧いてくるんです!」
疲れも迷いも吹き飛び、何でもやり遂げられそうな自信が次々とあふれてくる。
「すごい……今なら、何だってできる気がします!」
「本当に大丈夫なのか?」
グレンさんが僕の肩をつかんだ。
「分かりません。こんなこと、今まで一度も……」
フライドチキンを食べて、味や食感に驚いたことはある。けれど、気持ちまで変わったことはなかった。
「セシルさん、テオさんを診てください!」
「分かりました。テオさん、じっとしていてください」
セシルさんが僕の手首を取り、脈を確かめる。続いて胸元へ手をかざすと、淡い光が僕の体を包んだ。
「脈がかなり速いです。ですが、毒や呪いの反応はありません。痛みや吐き気はありますか?」
「ありません。苦しくもないです。ものすごく気分がいいんです」
「体力や筋力が増えた様子もありませんね。変化しているのは、気持ちの方だけみたいです」
ヴィオラさんが皿の上の《極み》を見つめた。
「炎尾鳥の肉にもともとある性質かしら?」
「分かりません」
セシルさんが首を横に振る。
「魔物の肉で、ここまで精神が高揚するなんて聞いたことがありません」
「では、僕の【フライドチキン】が……?」
スキルが成長し、魔物の性質を料理へ引き出したのか。それとも、炎尾鳥そのものが持つ力なのか。
今の僕には判断できない。
「少なくとも、すぐに全員で食べるのは危険です」
「テオに毒はないんだろう?」
グレンさんは皿を見つめたまま尋ねた。
「今のところは、です」
「なら、俺も食べて確かめる!」
「話を聞いていましたか!?」
止める間もなく、グレンさんが《極み》へかじりついた。
ザクッ!
「うっま!」
数秒後、グレンさんの目が大きく見開かれる。
「あつい……胸が熱いぞ! はぁ、はぁ……なんだ、この気分は!」
「グレンさんまで!」
「じっとしていられん! 今なら、どんな依頼でもやり遂げられるぞ!」
グレンさんは笑いながら拳を握った。
「どうやら、僕だけではないみたいですね……」
「同じ変化が起きるか、確認する必要があるな」
レオンさんは冷静に言いながら、すでに一切れ持っていた。
「一人ずつです。私が状態を確認してから、次の人が食べてください」
セシルさんの指示で、《暁の牙》は一人ずつ《極み》を口にした。
ザクッ! ザクッ!
「今なら、どんな魔物でも射抜けそうだ」
「俺なら竜の突進も受け止められる」
「今夜は眠らなくても平気な気がするわ」
「皆さん、強くなったわけではありませんからね!」
全員を診察したセシルさんも、最後に小さな一切れを口へ運んだ。
「……あつい」
セシルさんが胸元を押さえる。
「傷ついた人を、今すぐ全員助けに行きたいです!」
「セシルさんにも効いています!」
しばらく全員の状態を確認したあと、セシルさんは困ったように息を吐いた。
「やはり毒ではありません。体力も筋力も変わっていません。ただ、脈が速くなり、気持ちが強く高揚しています」
「戦いへの恐怖が消えたような気分だ!」
グレンさんが荷物から一枚の依頼書を取り出し、テーブルへ広げた。
「帰りにギルドマスターから渡された依頼だ! 北部大峡谷で、災害級魔物の痕跡が見つかったらしい!」
「明日、詳しく検討する予定だった依頼ね」
「もう決めた! 明日の朝一番で、《暁の牙》が受けるぞ!」
「賛成だ」
「やりましょう!」
「俺が前に立つ」
「今なら負ける気がしないわ」
五人の意見が一瞬でそろった。
「絶対に《極み》の勢いで決めていますよね!」
「テオも来るよな!」
「もちろんです! 災害級だろうが何だろうが、今ならやれます!」
「テオさんは駄目です!」
リリカさんが僕の腕をつかんだ。
「どうしてですか!?」
「新本店を開けたばかりでしょう! 店はどうするんですか!」
「店も依頼も、両方やります!」
「できません!」
「今ならできます!」
「できません!!」
バンッ!
工房の扉が勢いよく開いた。
「テオ! マジでできたよ!」
桃色の髪を揺らし、キアラさんが満面の笑みで飛び込んでくる。
「生肉用の急速冷凍庫と低温倉庫、ついに完成! もうこれ、普通に世界変わるやつじゃん!」
「本当ですか!?」
「ほんとほんと! 冷え方も安定してるし、一か月置いた肉も全然いけた! マジでヤバいから、今すぐ見て!」
後ろから現れたオルドさんが、ひげをなでた。
「一か月の保存試験に成功したということじゃ。魔力を持たぬ者でも扱えるようにしてある」
「そう、それ! おじいちゃんの説明、地味すぎ! もっとテンション上げてよ! 完成だよ、完成!」
「おぬしが上げすぎなんじゃ」
「揚げたあとの《極み》も保存できますか?」
「そちらは、衣の食感を戻す方法がまだ完成しておらん。しかし、生肉なら問題ないぞ」
僕は部位ごとに分けた炎尾鳥の肉を振り返った。
冷凍庫が完成した。
大量の肉もある。
胸の奥は、まだ熱い。
「すぐに試しましょう! 炎尾鳥の肉を全部運びます!」
「いいじゃん! 初日から炎尾鳥とか、実用試験として最高すぎ!」
「テオさん、高難易度依頼はどうするんですか?」
リリカさんに聞かれ、僕は勢いよく振り返った。
「冷凍庫が先です! 依頼はそのあと行きます!」
「行きませんからね!」




