帰還
昼の営業が終わり、最後のお客さんを見送ったあとのことだった。
コレットが客席を片づける横で、僕は明日出すフライドチキンの仕込みを進めていた。
麦羽鶏のとどめを刺し、血を抜き、羽をむしって解体する。《極み》に使う肉へ味をつけ終えたところで、店の外から車輪の音が聞こえた。
ガラガラガラッ!
二台の馬車が、店の前で止まる。
「テオ! 連れてきたぞ!」
扉を開けると、グレンさんが馬車から飛び降りた。その後ろからヴィオラさんと、白髪の老人が降りてくる。
二台目の馬車には、工具箱や測定器、見たことのない試作装置が山ほど積まれていた。その隙間から、桃色の髪に派手な耳飾りをつけた女性が顔を出す。
「着いたー! ここがフライドチキンの町!?」
「町の名前を変えないでください!」
僕が訂正すると、女性は工具箱を抱えて飛び降り、そのまま僕の顔をのぞき込んできた。
「え、待って! 君がテオ? グレンが帝王、帝王って言うから、もっとゴツい人だと思ってた! 帝王のわりに、めっちゃかわいい系なんだね」
「帝王でも、かわいい系でもありません!」
「両方駄目なんだ。厳しー!」
「キアラ。店主に絡む前に名乗らんか」
白髪の老人が杖で地面を叩いた。
コンッ!
「わしがオルドじゃ。冷凍倉庫を作るために来た」
「テオです。王都から来てくださって、ありがとうございます」
「礼は完成してからでよい。まず、揚げたてを食わせい」
「今からですか?」
「本物の味を知らずに、何を保存するつもりじゃ」
オルドさんが王都で食べたのは、ヴィオラさんが三日かけて運んだ金羽キジの《極み》だ。
毎晩凍らせ直して腐らないようにしたが、揚げたての味は残っていなかった。
「分かりました。ちょうど明日の《極み》を仕込んでいたところです」
「明日の分を使ってよいのか?」
「味を守る魔道具を作ってもらうためですから」
僕は味つけを済ませた麦羽鶏の一部へ衣をつけ、熱した油へ入れた。
ジュワアアアアッ!
「うわ、音からもうヤバい!」
キアラさんが鍋をのぞき込み、オルドさんに上着の襟をつかまれた。
「油へ顔を近づけるでない!」
「おじいちゃん、過保護すぎ!」
衣がきつね色になったところで、油から引き上げる。
パチパチ……。
「できました。麦羽鶏の《極み》です」
オルドさんが一つ取り、かじりついた。
ザクッ!
「……何じゃ、これは」
もう一口かじる。断面からあふれた肉汁を見たオルドさんが、台を叩いた。
バンッ!
「衣の軽さも、肉汁の残り方も、王都で食った物とは別物ではないか!」
「だから言っただろう! 本物はもっとすごいって!」
グレンさんが胸を張る。
「おぬしが作ったわけではないじゃろうが!」
キアラさんも《極み》を手に取った。
ザクッ!
「うっっま! 待って! 衣ザクザクなのに、中めっちゃ柔らかい! 肉汁もすごっ! これ、ホントに同じ料理!?」
「王都で食べた物は金羽キジよ。今の麦羽鶏より、素材そのものは上だったわ」
ヴィオラさんが教えると、キアラさんの目がさらに大きくなった。
「えっ!? じゃあ、もっとおいしかったはずの物が、運ぶ間にあそこまで落ちたってこと?」
「そうじゃ。あれは味を保存したのではない。ただ腐らせずに運んだだけじゃ」
オルドさんが、手に持った《極み》をにらんだ。
キアラさんは食べながら、壁の商品札を見上げる。
「ねえ。《定番》《特製》《極み》ってあるけど、今のが《極み》?」
「はい」
「何が違うの?」
「僕のスキルの効き方です」
「スキル?」
「僕の【フライドチキン】は、僕が早い段階から最後まで作業に関わるほど、おいしくなるんです」
「料理するところだけじゃないんだ?」
「はい。とどめを刺して、血を抜いて、羽をむしって、解体して、味をつけて、衣をつけて、揚げる。鳥を倒すところから関わるほど、スキルの効果が強くなります」
キアラさんが、食べかけの《極み》を見た。
「じゃあ、これは最初から最後まで全部テオ?」
「そうです。《極み》は、全部僕がやります」
僕は商品札を順番に指した。
「《特製》は、僕が下処理まで済ませて、そのあとの味つけと調理はコレットたちに任せます」
「下処理までテオ」
「《定番》は、僕がとどめだけ刺します。下処理も調理もコレットたちです」
「とどめだけテオか」
キアラさんが指を三本立てる。
「全部、下処理まで、とどめだけ。だから《極み》が一番おいしいけど、数は作れないんだ」
「はい。《特製》が店の主力で、《定番》は一番多く出せます」
「冷凍倉庫へ保存したいのは、《定番》と《特製》に使う肉です」
僕は仕込み台に並べた麦羽鶏を示した。
「《定番》用は、僕がとどめを刺したあと、コレットたちが下処理してから保存します。《特製》用は、僕が下処理まで終えた肉を保存します。それが一か月分あれば、僕が遠征中でも店を開けられます」
「なるほどね」
キアラさんは納得したあと、手に残った《極み》を見た。
「じゃあ、これも凍らせればよくない?」
「《極み》をですか?」
「そう! 全部テオが作るなら、テオがいない間は出せないんでしょ?」
「はい」
「だったら、遠征前に作った《極み》を、そのまま凍らせとけばいいじゃん!」
生肉を保存できれば、《定番》と《特製》は作れる。
完成した《極み》まで保存できるなら、僕が遠征している間も《極み》を売れる。
「オルドさん。《極み》も冷凍できませんか?」
「簡単に言うでない!」
オルドさんが《極み》の衣を指で叩いた。
「普通に凍らせて戻せば、衣は水を吸う。肉汁も抜ける。温め方を誤れば、肉は硬くなるぞ」
「じゃあ、ちゃんと戻す魔道具もいるね」
「勝手に仕事を増やすな!」
「でも、凍ったままじゃ食べられないでしょ?」
「それでは意味がないのう」
オルドさんは《極み》の断面を見ながら、考え始めた。
「まずは生肉用の急速凍結室と冷凍倉庫じゃ。《極み》は、その後に試す」
「解凍する魔道具も?」
「解凍するだけでは足りん。衣まで戻す方法を考えねばならん」
「世界初が増えたね!」
「喜ぶでない!」




