世界一の魔道具職人
町を出て三日。
グレンとヴィオラは、王都の職人街から少し離れた場所にある古びた工房の前へ立っていた。
ここに住むオルドは、数年前に大工房を弟子たちへ譲り、第一線を退いた魔道具職人だ。
今では依頼を受けず、自分が面白いと思った物だけを作っている。
「ここだな!」
「声を抑えて。逃げられるわよ」
ヴィオラが示した扉を、グレンは勢いよく叩いた。
ドンドンドン!
「オルド! いるか!」
「帰れ」
扉の向こうから、すぐに返事があった。
「まだ何も言っていないぞ!」
「おぬしらが来る時点で、面倒事に決まっておるじゃろうが」
「話が早いな!」
「わしは隠居の身じゃ。仕事は受けん!」
「仕事ではない! まだ誰も作ったことのない物を作りに来た!」
「余計に面倒じゃ。帰れ!」
ドンドンドン!
「扉を壊すでない!」
ガチャッ!
白髪も髭も伸び放題の老人が、扉から顔を出した。
「なら中へ入れろ!」
「断る」
扉が閉まる前に、ヴィオラが分厚い氷の塊を差し出した。
「話の前に、これを食べて」
「氷などいらん」
「中身よ」
氷の中には、金羽キジの極みが入っている。
王都までの三日間、ヴィオラが毎晩凍らせ直して運んできたものだ。
オルドが氷の中をのぞき込んだ。
「……入れ」
工房の中には、作りかけの魔道具や術式板が隙間なく積まれていた。
どれも依頼品ではない。オルドが思いつくまま作り、興味を失って放り出した物ばかりだ。
ヴィオラが氷へ手をかざす。
パキッ、パキパキパキ……。
氷が崩れ、包みが現れた。
「腐ってはいないわ。でも、味は保証しない」
「理由は?」
「私の氷魔法は戦闘用だからよ。食べ物をおいしく保存するための魔法ではないわ」
オルドは金羽キジを加熱用の魔道具へ載せた。
ジュウウウ……。
温め直した一切れを口に入れ、しばらく噛む。
「……うまい」
「そうだろう!」
グレンが胸を張った。
「じゃが、言うほどではないのう」
「何だと!?」
ガタガタッ!
グレンの声で、棚の工具が揺れた。
「本物はこんなものではない! 衣はもっと軽く砕ける! 噛めば肉汁があふれる! 香りだけで人が集まる!」
「なら、本物を持ってくればよかったじゃろう」
「王都まで三日だぞ! 普通に運べば腐る!」
「それで、毎晩凍らせ直したのか」
オルドは衣を割り、肉の断面を指で押した。
「凍らせるたびに肉の中の水が膨らみ、解けるたびに肉汁が流れた。衣も水を吸って死んでおる」
「だから荒い魔法だと言ったでしょう」
ヴィオラが腕を組む。
「原因が分かるなら、もっとおいしく保存できるな?」
グレンが身を乗り出した。
「何を保存したい」
「生の鳥肉だ! 店一軒が一か月使う分を保存したい!」
「一か月分じゃと?」
「テオという料理人がいる。こいつを作った男だ。今回、《暁の牙》の六人目に迎えた!」
「料理人を入れたのか」
「ああ! テオが遠征へ出ている間も、店を開けたい!」
オルドが残った金羽キジを見る。
「肉は、どこまで処理する」
「テオが仕留め、血を抜き、解体した後だ」
「冷却箱を並べればよかろう」
「箱では足りん! 大型の鳥型魔物も扱う。必要なのは倉庫だ!」
オルドの眉が動いた。
「一か月分の生肉を入れる、冷凍倉庫か」
「肉を入れて扉を閉めれば、店の者だけでも使えるようにしろ!」
「魔法使いは置かんのか?」
「置かん!」
「魔石代は?」
「店が潰れない程度だ!」
「無茶ばかり言うでない!」
バサッ!
オルドは作業台に紙を広げた。
「倉庫全体でゆっくり凍らせれば、この肉と同じことになるぞ」
「肉汁が抜けるのね」
「そうじゃ。中心まで短時間で凍らせねばならん」
カリカリカリ……。
オルドの筆が紙の上を走る。
「じゃが、一か月分の肉を一度に凍らせれば、魔石がいくつあっても足りん。凍らせる場所と、保管する場所を分けるべきじゃな」
「二つ作るのか?」
「最初は小さな部屋でよい。強い冷気で肉を凍らせる。その後、大きな倉庫へ移し、弱い冷気で状態を保つ」
カリカリカリカリ……。
「いや、待て。肉の厚みは毎回違う。表面だけ凍っても意味がない。中心まで凍ったと、どうやって判断させる……冷気も肉の積み方で流れが変わるぞ……」
「オルド?」
返事はない。
さっきまで追い返そうとしていた老人が、もうグレンたちを見ていなかった。
グレンはヴィオラと目を合わせた。
食いついた。
「さすがだな、オルド!」
ピタッ。
オルドの筆が止まる。
「何がじゃ」
「俺には半分も分からん! だが、お前が世界一の魔道具職人だということは分かった!」
「誰が世界一と決めた」
「俺だ!」
「何の価値もないのう」
「グレンの言い方は大げさだけど、私もあなた以外には思い当たらないわ」
ヴィオラが、湿った衣と肉の断面を指した。
「私より強く凍らせるだけなら、ほかにもできる。でも、肉を壊さず、一か月分を保存して、誰でも使えるようにする。それは魔法ではなく、魔道具の仕事でしょう?」
「……その通りじゃ」
オルドは紙へ視線を戻した。
「これができれば、鳥肉だけでは終わらんぞ」
「牛も入れられるな!」
「大きさの話ではない!」
バンッ!
オルドが作業台を叩く。
「海で獲れた魚を、腐らせず遠くの町へ運べる。季節を越えて食材を残すこともできるかもしれん」
「すごいではないか!」
「まだ問題だらけじゃ。冷気を均一に回す術式も、肉の中心まで凍ったことを見分ける仕組みもない。全部、一から作らねばならん」
グレンはわざと肩を落とした。
「なんだ。世界一でも無理か」
「……何じゃと?」
「残念だ! お前なら作れると思ったのだがな!」
「難しいと言っただけじゃ!」
「では、作れるのか?」
「作る!」
バンッ!
オルドがもう一度、作業台を叩いた。
「肉汁一滴逃がさず、一か月でも保存できる冷凍倉庫を、わしが作ってみせるわ!」
「つまり、世界初の魔道具だな!」
「そういうことじゃ!」
バタン!
「えっ、待って! 今、世界初って言った!?」
工房の奥から、派手な桃色の髪を揺らし、若い女が飛び出してきた。
耳には大きな飾り。短く切った上着の腰には、工具が何本も下がっている。
「キアラ。おぬしは来るな」
「行く行く! 世界初とか、絶対ヤバいやつじゃん!」
「まだ何も説明しておらんぞ!」
「世界初って聞いた。それだけで十分!」
キアラは作業台の紙をのぞき込んだ。
「急速に凍らせて、別の部屋で保管かあ。でもこれ、肉を積みすぎたら冷気止まらない?」
「……今、それを考えておった」
「じゃあ、棚の中にも冷気流せばよくない? あと肉の中心を測るなら、魔力を跳ね返して――」
「勝手に書き込むでない!」
カリカリカリッ!
「ここ、こう!」
「わしの図面じゃぞ!」
「でも、こっちの方がよくない?」
「……少しだけじゃ」
「ほら、よくなった!」
キアラが満面の笑みでグレンへ向き直る。
「で、いつ出るの?」
「明日だ!」
「最高!」
「おぬしは来るなと言っておる!」
「なんで!?」
「試作品をすぐ限界まで動かすからじゃ!」
「限界まで動かさないと、限界分かんなくない?」
「壊す前提で話すでない!」
グレンが豪快に笑った。
「いい弟子ではないか!」
「孫じゃ! そして一番連れていきたくない弟子じゃ!」
「おじいちゃん、ひどくない!?」
ヴィオラがキアラの腰に下がった焦げた工具を見た。
「オルド。本当に連れていくの?」
「わしも別の弟子にしたい」
「本人の前で言わないでよ!」
「馬車を用意せい」
「一台でいいか?」
「二台じゃ」
「そんなに何を運ぶ?」
「工具と測定器、それに試作機じゃ。現場を見ずに作れるか」
「うちの爆発耐性試験機も持ってこ!」
「持っていかん!」
「絶対いるって!」
「何に使う気じゃ!」
ガチャガチャッ! ドサッ!
オルドが必要な工具を箱へ詰める横で、キアラも勝手に荷物を増やしていく。
「大工房の弟子たちには、必要な部品を作らせる。わしらは現地で設計と試作じゃ」
「了解! じゃあ、壊れた時用の予備も倍ね!」
「最初から壊す気でおるな!」
グレンは二人を見て、満足そうにうなずいた。
「世界一の冷凍倉庫を作るぞ!」
「おぬしは馬車の手配だけしておれ!」
「私は爆発担当ね!」
「そんな担当はおらんわ!」




