提案
夜。
店の扉を閉め、表の明かりを落とした。
片づけは終わっている。それでも、僕とリリカさんとコレットは店に残っていた。
「テオさん」
コレットが、うつむいたまま僕を呼んだ。
「本当に、《暁の牙》と行きたいんですか?」
「……うん。行きたい」
ここで嘘をつけば、コレットにも失礼だ。
「子どもの頃から、ずっと憧れていたんだ」
「……そう、ですか」
コレットは返事をしたまま、顔を上げなかった。
何かを言おうとして、何度も口を閉じる。
「コレット?」
「……嫌です」
「え?」
「行かないでください」
顔を上げたコレットは、もう泣いていた。
「《暁の牙》がすごい人たちなのは分かってます。テオさんが行きたいのも……分かってます」
「うん」
「でも……でも、嫌です!」
コレットは涙を拭いながら、僕へ訴えた。
「テオさんがいなくなるのは嫌です! 私、この店が好きなんです。テオさんがいて、リリカさんがいて……私がここでお肉を切るのが好きなんです」
「コレット……」
「だから、行かないでください」
「コレットなら、お父さんの店へ戻って――」
「戻れます!」
コレットは泣いたまま、僕の言葉を遮った。
「戻れますよ! 前みたいに働けます。でも……戻りたくないです」
「……」
「私はここがいいんです! テオさんとリリカさんと、三人でこの店にいたいんです!」
「コレット!」
リリカさんが、いつもより大きな声を出した。
「何を言ってるんですか! あの《暁の牙》ですよ!? 世界に五組しかいないSランクパーティですよ!」
「でも……」
「しかも、テオさんがずっと憧れていた人たちなんです! 行かない理由なんてないじゃないですか!」
リリカさんは僕へ向き直り、勢いよく両手を広げた。
「行ってきてください、テオさん!」
「リリカさん?」
「すごいことですよ! 《暁の牙》の六人目ですよ!? そんな顔で迷ってる場合じゃありません!」
「でも、僕が行ったら店はどうするんですか?」
「店のことは心配しなくて大丈夫です!」
リリカさんは、にこっと笑った。
「私、また受付嬢になりますから!」
あまりにも明るく言うので、すぐには返事ができなかった。
「ギルドマスターなら、きっと戻してくれます! 受付の仕事には慣れていますし、コレットにもお父さんのお店があります!」
「なんで、そんなこと言うんですか……」
「何がです?」
「元どおりみたいに言わないでください!」
コレットが泣きながら叫んだ。
「私たちが前の仕事に戻っても、この店はなくなるんですよ! 元どおりじゃないです!」
「でも、テオさんが《暁の牙》に入れるんですよ?」
「リリカさんだって、この店をやめたくないでしょう!」
「今は私の話じゃありません!」
「あります!」
「ありません!」
リリカさんは笑顔のまま、コレットの言葉を押し返した。
「テオさんがずっと夢見ていたことが、本当になろうとしてるんです! 私たちが暗い顔をしてどうするんですか!」
「じゃあ、どうして泣いてるんですか!」
「……え?」
リリカさんが、自分の頬へ触れた。
指先が涙で濡れていた。
「いやいや……違いますよ。これは、その……」
リリカさんは慌てて涙を拭った。
「とにかく、すごいことなんです! 《暁の牙》ですよ? テオさんのスキルだって、きっともっと――」
声が途中で途切れた。
それでもリリカさんは笑おうとした。
「大丈夫です。私なら、また受付嬢として――」
拭っても、涙は止まらなかった。
「リリカさん……」
「大丈夫ですから。テオさんは何も心配しないで……行って、ください……」
最後まで言い切る前に、リリカさんは顔を隠した。
コレットが泣きながら、その腕へ抱きついた。
二人が泣いている。
僕が《暁の牙》へ行けば、この店はなくなる。
リリカさんは受付嬢へ戻り、コレットはお父さんの肉屋へ戻る。
それで元どおりになるはずがない。
「リリカさん」
僕が呼ぶと、リリカさんは顔を隠したまま肩を震わせた。
「ありがとうございます」
「……え?」
「お店をやろうって言ってくれて、ありがとうございました」
リリカさんが、涙で濡れた顔を上げた。
「僕は、自分のスキルで店を開くなんて考えたこともありませんでした。リリカさんが誘ってくれたから、料理を作って、お客さんに食べてもらう楽しさを知りました」
僕はコレットを見る。
「コレットも、ありがとう」
「……私も?」
「毎日、僕と一緒に肉を切ってくれてありがとう。コレットがいなかったら、こんなにたくさんのお客さんへ料理を出せなかった」
コレットは泣きながら、何度もうなずいた。
「二人が、僕に新しい世界を見せてくれました。新しい夢をくれました」
《暁の牙》と冒険したい。
その気持ちは本物だ。
でも、この二人と作った店を終わらせてまで行きたいわけではない。
「僕は、この店をやめません」
リリカさんが涙を拭う手を止めた。
「《暁の牙》に入るために、この店を終わらせなきゃいけないなら、断ります」
「テオさん……」
「僕が一番大事にしたいのは、この店です」
コレットが、泣きながら僕の服をつかんだ。
「明日の朝、グレンさんに断ってきます」
「待ってください」
リリカさんが、僕を止めた。
涙を拭っても、まだ声は震えている。
「テオさん。提案があります」
「提案?」
リリカさんはコレットの手を握りながら、僕を見た。
「《暁の牙》に入ってください」




