一晩だけ
Sランク冒険者パーティは、世界に五組しか存在しない。
国を脅かす魔物を討ち、誰も帰れなかった迷宮を踏破し、不可能とされた依頼を成功させてきた者たち。名実ともに、すべての冒険者の憧れだ。
その五組の中でも、僕が子どもの頃から一番好きだったのが《暁の牙》だった。
世界最強と呼ばれる剣士、《剣王》グレン。
凶暴な魔物さえ眠りへ落とす魔法使い、《眠り姫》ヴィオラ。
わずかな痕跡から獲物を追い、放った矢を外さない世界最高のレンジャー、《天眼》レオン。
巨大な魔物の突進さえ正面から受け止める盾騎士、《不落》ドーガ。
瀕死の仲間を何度も救ってきた治癒術師、《白耀》セシル。
その五人が、誰一人欠けることなく黒の塔を攻略した。
僕は《暁の牙》の冒険譚を何度も読み返した。冒険者になるなら、いつかこの人たちのようになりたいと、本気で思っていた。
その憧れの五人が、今、僕を見ている。
グレンさんの手が、目の前へ差し出されていた。
「《暁の牙》の六人目になれ!」
「僕が……皆さんと?」
「ああ! 俺たちが捕らえた魔物を、お前が今まで誰も食べたことのない料理にする!」
「鳥型魔物に限りますけど……」
グレンさんが、にやりと笑った。
「【フライドチキン】が鳥型魔物にしか効かないと、誰が決めた?」
「え?」
「お前は確かめたのか? 鳥以外には使えないと」
「それは……確かめていません」
「なら、まだ分からんだろう!」
グレンさんの声が、ギルド裏へ響いた。
「スキルは使い手とともに育つ。レベルが上がれば、できることも増える。名前どおりの使い方しかできないと、誰が決めた?」
「でも、フライドチキンですから……」
「心当たりはないのか? お前が思っていた使い方から外れても、力が働いたことが」
――ある。
最初のツノコッコだ。
あの時、ツノコッコは炎魔法で丸焼きになっただけだった。油で揚げていない。血抜きも、羽の処理も、下処理さえしていなかった。
それでも、硬くて食べられないはずの肉が、驚くほどうまかった。
「……あります」
「なら、自分で限界を決めるな!」
グレンさんが一歩、僕へ近づいた。
「鳥だけだと決めるな。揚げなければ駄目だとも決めるな。お前の【フライドチキン】は、まだ始まったばかりだ!」
「私が眠らせれば、暴れる魔物も傷つけずに運べるわ」
《眠り姫》ヴィオラさんが、楽しそうに微笑んだ。
「今日みたいに、生きたままテオへ渡せるでしょう?」
「獲物を見つけるのは任せろ」
レオンさんも続く。
「どれだけ遠くへ逃げても、必ず追いつく」
「捕らえた後は俺が押さえる。雷鳴ホロホロ鳥より暴れる相手でも構わん」
「怪我をしたら、私が治します」
ドーガさんとセシルさんまで、本気で僕を迎えようとしていた。
グレンさんが、もう一度僕へ手を差し出す。
「俺たちなら、お前をその限界の向こうまで連れていける!」
子どもの頃から憧れていた英雄が、迷いなく言い切った。
「お前がまだ見たことのない世界を、俺たちが見せてやる!」
胸が大きく鳴った。
《暁の牙》と旅へ出れば、今まで出会えなかった魔物を捕らえられる。鳥以外にも、僕の力が通じるかもしれない。
自分でも知らない【フライドチキン】の先を、この五人となら確かめに行ける。
「……行きたいです」
背後で、リリカさんが小さく息をのんだ。
振り返れなかった。でも、その音だけで、今の言葉が届いたことは分かった。
「ずっと《暁の牙》に憧れていました。皆さんと一緒に旅ができるなら、行きたいです」
「そうだろう!」
グレンさんが大きく笑った。
差し出された手を、今すぐ握りたかった。
それでも、僕の手は動かなかった。
リリカさんは注文札を握ったまま、僕を見ている。コレットも、何も言わずに立っていた。
《暁の牙》と旅へ行きたい。
でも、この店も離れたくない。
どちらかが嘘なら、簡単だった。憧れを諦められるなら、すぐに断れた。店を置いていけるなら、すぐに手を握れた。
でも、どちらも本気だった。
「迷うのか?」
「……はい。即決はできません」
グレンさんは、ふっと笑った。
「迷え、テオ。納得のいく答えが出るまで、自分で考えろ。それこそが冒険者だ」
「……一晩。一晩だけ、考えさせてください」
「いいだろう! 明日の朝、答えを聞かせろ」




