テオ・フライドチキン
朝のギルド通りに、油の匂いはまだ出ていなかった。
それなのに、店の前にはもう冒険者が並んでいた。
「看板出てるぞ!」
「読め! 誰か読め!」
「テオ・フライドチキン!」
「テオー!」
「テーオー!」
「テイオー!」
誰かが拳を上げた。
「帝王だ!」
僕は鍵を持ったまま笑ってしまった。
昨日まで空き飯屋だった店の入口に、新しい看板がかかっている。
【テオ・フライドチキン】
字を書いたのはリリカさんだ。僕が書こうとしたら、油の温度と揚げ時間のメモみたいになって、すぐ止められた。
「テオさん、開けますよ!」
リリカさんが店の前に立ち、並んだ冒険者たちへ声を張った。
「今日は開店日です! 定番、特製、極みで注文してください!」
「極み!」
「極みは数が少ないです!」
「特製二つ!」
「順番に受けます!」
店の奥から、マルタさんが顔を出した。
「朝から王様でも来たのかい」
「帝王だそうです!」
「あんたが言うんじゃないよ」
そこへ、コレットが肉箱を抱えて走ってきた。
「テオさん! お肉、持ってきました! 父ちゃんが開店祝いで多めに入れてくれました!」
「助かる! コレット、定番と特製を分けて!」
「任せてください! 極み用は別皿にします!」
コレットは調理場へ飛び込むと、作業台に肉箱を置いた。
元飯屋だから、店の中には席がある。奥には調理場と作業台もある。
広くはない。
でも、屋台じゃない。
「定番、同じ大きさで切ります!」
「頼む!」
「特製は少し厚めですね!?」
「それでいこう!」
コレットの包丁が、たん、たん、と鳴る。
僕は油鍋の前に立った。火を入れる。油が熱を持つ。衣をつけた肉を落とす。
じゅわあああっ!
外から歓声が上がった。
「きたあああ!」
「開店の音だ!」
「テオー!」
「テーオー!」
「テイオー!」
また誰かが叫んだ。
「帝王だ!」
一瞬だけ、店の前が止まった。
次の瞬間、冒険者たちが一斉に拳を上げる。
「帝王!」
「帝王!」
「フライドチキン帝王!」
リリカさんが扉を開けた。
「テオ・フライドチキン、開店です!」
「帝王、開店だあああ!!」
店の前が揺れた。
最初に入ってきたのはガイだった。
「テオ! 開店一発目、俺に食わせろ!」
「ガイさん、夜明け前から並んでましたよね!?」
「当たり前だろ! この日を逃すかよ!」
僕は揚がった定番を皿に乗せる。
「ガイさん、定番です!」
「待ってた!」
ガイがかぶりついた。
ばりっ!
「うっっっま!!」
店の中が一気に熱くなった。
「店で食うと、やべぇぞ!」
「揚げる音を聞いてから食うからだ!」
「匂いで腹が殴られる!」
リリカさんが笑いながら、ガイの席を指さした。
「喜ぶのは歓迎です! でも店を壊したら出禁です!」
「まだ壊してねぇ!」
「前科があります!」
コレットが作業台から声を上げる。
「テオさん、次の特製、切れてます!」
「助かる! そのまま衣に入れる!」
僕は油鍋の前から、次の皿を出した。
「定番、次もいけます!」
「出す!」
じゅわっ!
紙皿を抱えた冒険者が、店の外で叫んだ。
「帝王の定番、うめぇぞ!」
「テオです!」
僕が返すと、外からすぐ声が返った。
「テオー!」
「テーオー!」
「テイオー!」
「帝王!」
もう誰も止まらなかった。
「帝王!」
「帝王!」
「フライドチキン帝王!」
リリカさんは笑いすぎて、少し赤くなった顔で振り返った。
「テオさん、もう直りません!」
「開店初日で負けた気がします!」
「負けてません! 売れてます!」
皿はどんどん空になる。
店の外には、まだ列がある。
「特製、次いけます!」
「出します!」
僕は揚がった肉を引き上げる。
ばりっとした衣。立ち上がる匂い。外から聞こえる、腹を空かせた声。
「帝王!」
「帝王!」
「フライドチキン帝王!」
僕も笑って、次の肉を油へ入れた。
じゅわあああっ!
油の音に、客の声が重なる。
「帝王!」
「帝王!」
「フライドチキン帝王!」
テオ・フライドチキンは、開店初日に、なぜか帝王の店になった。




