犬
「そう、いい子ね」
そういうとシノメは、悪霊の足にひっついているひもをひっぱる。悪霊は、仕方なくシノメのほうにひきよせられる。焦燥に満ちた顔で、シノメを見る。
「聞こえなかったわね」
「もういいだろう、シノメ、どちらかが上か下かなんでどうだって……」
シノメはそれを聞いた瞬間血相を変え、頭に血がのぼったような真っ赤な顔になり、悪霊の首に件の糸をひゅるひゅると瞬間的にまきつけて、自分のこぶしにもくるくるまきつけ、ひっぱり、悪霊の首を自分の直ぐ傍にひきよせた。
「グ、ググ……ウウ、やめて、くれ」
悪霊はよくみると体中つぎはぎだった。悪霊の耳元で、静かにささやく。
「私はあなたに目的を与えた、あなたを生まれ変わらせた、いろんな悪霊をあなたの栄養源にして霊糸で《縫合》した、あなたが男すべてを恨むように、男すべてを支配できるように、生まれ変わらせたのよ、私はあなたの“母親”なの、その態度はなあに?」
「悪霊……のに」
「はあ?なあに?聞こえない」
「私はもともと、強い悪霊だったのに、こんな小娘に」
「!!」
その瞬間、シノメは殺気と何かが空気を割く音をきいて、とっさに悪霊の糸を手放し、距離をとる。
《ブンッ!!!》
シノメの思った通り、悪霊は右手を変化させ、のばし勢いよく振ったのだった。
「おいおいおい、ワンちゃん、飼い主にかみつくつもりかい?それにあんた、いくら強かったといっても、呪いの規則をやぶって自滅したのはあんただよ、あなたはこの箱をとじれば、力をつかえない、この箱がなきゃ、自我を保つこともできない」
「こんな待遇は、許せない、私をもっと、同等に扱え、人間!!」
「私の方が霊力は上なのよ、私のいう事を聞きな!!負け犬め!!」
そういいながら、シノメは右手の中で、糸状のものをうみだすと、しゅるしゅるると左手を使い、ふれてもいないのにそれをあみこみ、やがてそれはサーベルのような形になった。そしてその柄の下からのびる糸を悪霊から延びる糸にからめつけたのだった。
昼頃、セイヤが今日もクレンの席と自分の席をくっつけて、食事をしようといってきた。
「……」
だが奇妙だった。クレンはまだ“退魔の面”の事を気にしているのはわかるが、セイヤのほうもなぜか、ぼーっとして、元気がなかった。クレンはしばらくだまっていたがさすがにおかしいと思って自分から話かけた。
「セイヤ、お前どうした?」
「ん?……いや、なんか今朝、すさまじい経験をしたような気がするんだけど、思い出せなくて」




