四十三、 少女達のお仕事
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シュロアーフェン城には二つの離宮がある。一つは王太子宮であり、もう一つは後宮だ。両方とも、今は使われていない。
王太子宮はガルヴィードが結婚した後はそちらへ移り住むことになるのである程度は手を入れられて整えられているが、後宮の方は寂れてしまっている。側妃や愛妾が住まうはずの場所なのだが、今代の国王エドワードが王妃ジュリアラ一筋であるため使われていないのだ。
そして、間違いなく次代の国王にも使われることはないだろうと、皆思っている。
そういう訳で、壮麗な建物が無駄に建っているだけになっているのを、王妃ジュリアラが嘆いた。
「今は非常事態ですもの!」
と、ぷりぷりと怒って訴えてくる王妃のおねだりに逆らう術は国王にはなかった。
「という訳ですの!」
ニコニコ笑顔のマチルダに、ルティアは呆気に取られた。
久しく使われていなかった後宮の建物に、マチルダはじめとするルティアの見知った令嬢達が集められていた。
といっても、別に彼女達が王太子の側妃候補になったという訳ではない。
ここは本日より後宮ではなくなったのだ。
「名付けて!「王太子妃専属挺身部隊」ですわ!」
マチルダが大威張りで扇をパチン、と鳴らす。
名前が物々しい上に、ルティアはまだ王太子妃ではないのだが、マチルダの他の令嬢達も「きゃーっ」と明るく盛り上がっている。
「えっと……」
「これから私達はここに出勤してきてルティア様のお役に立つように働くの。まずは情報部を作ろうかしら。市井の噂なども仕入れてきますし、ルティア樣が知りたいことはすべて私達で調べますわ」
なんでも、最初は「どうせ使っていない建物なのだから、ルティアの心を慰めるためにお友達が集まれるようにしたい」と王妃が国王におねだりし、マチルダに声がかかったらしい。
そこで、マチルダは「それならそこを「対魔王の女子用の拠点にしたい」と進言し、結果的にこうなったらしい。
「広間と一番広い部屋は、怪我人を収容できる場所にするつもりよ。アクレイド伯爵家のフランチェスカ様が「武器庫」が欲しいとおっしゃっていたわね。あの方、軍人の家系だから」
マチルダが後宮の見取り図を確かめながら頭を悩ませる。
「いいの?こんな風に後宮を作り替えて……」
今の所、ルティアは王太子の婚約者とはいえただの伯爵令嬢なのに、城の一部を自由にしたり令嬢達をただ働きさせたりしては反感を買うのでは?と案じたのだが、マチルダはそれを笑い飛ばした。
「大丈夫よ。ここには魔王との戦いに備えて少しでも役に立ちたいという娘しか来ないし、家の許可も取っているわ」
「そうですわ、ルティア樣」
マチルダの横からローズが顔を出す。相変わらず男の服を着たジュリエットも使われていない部屋をてきぱきと掃除している。
「いざという時は、ここは私達の避難場所にもなるのよ。だから、家の者にとってもむしろ城で他のご令嬢達と一緒に居てくれた方が安心なの」
マチルダがそう言ってルティアの肩を叩いた。
「それに、ここでの私達の一番の仕事はルティア様の惚気や愚痴を聞くことですわ」
「殿方には聞かせられないあれこれとか……」
「王太子殿下とのあれこれと・か!」
ローズとフィオナとジョセフィンが「むふふー」と含み笑いを漏らす。ルティアは真っ赤になった。
なんだろう。とんでもねー部隊が組織されたような気がする。
「エロ本部屋つくろうかしら」と宣っているマチルダを無視して、ルティアは「女の子ってたくましい……」と呟いた。
「ハルベリー様とクロエ樣も居ればよかったのにね」
マチルダがほうっと息を吐いた。
魔法協会にいるハルベリーはともかく、クロエは遠い西の領地だ。もしかしたらそのまま他国に嫁に行ってしまうかもしれず、次にいつ会えるかわからない。
「でも、ホーランディア神聖国って閉鎖的って聞くけど、他国の貴族の娘を嫁に迎えたりする?」
「ああ。あそこは確かに閉鎖的で余所者を受け入れないが、慢性的な嫁不足なんだよ」
凛とした声に振り向くと、すらりとした長身の令嬢が立っていた。
「フランチェスカ様」
「やあ、マチルダ。ルティア樣とは初対面だね。英雄の母と会えて光栄だよ」
フランチェスカは少年のようにさばさばとした喋り方と雰囲気の持ち主だった。
「嫁不足って?」
「あそこは男尊女卑の国だ。そのせいか知らないが、女児の死亡率が高く、貴族であっても平民から嫁をもらうのが常だ。クロエに嫁入りの話があるとしたら、さすがに平民を娶ることのできない相当高位の貴族かもしれないぞ」
フランチェスカのアクレイド伯爵家はクロエのエイダル家とは領地が隣り合っている。南西の国境にまたがる広大な領地を守るため屈強な兵団を所持しており、武勇の誉れが高い。
大陸の東部には貧しい小国群しかなく、北部には急峻な山岳地帯に少数民族が住み着いているだけ。その向こうには永久凍土が広がっており人が住めない。そのため、守りは南西に集中している。
「それはそうよ。ヴィンドソーンの伯爵令嬢と縁を結ぶなら、王族か、侯爵家以上じゃなきゃ釣り合わないわ」
マチルダが眉根を寄せる。
「だよなぁ。まぁ、クロエのことだから、どこに行っても上手くやるだろう」
フランチェスカが愉快そうに言う。ルティアも賢いクロエならば他国でも活躍出来そうだと思った。
「私も、近いうちに一度領地に戻るんだ。その時にクロエの様子を見てこよう」
「頼むわね」
フランチェスカとマチルダのやりとりを見て、ルティアは見聞きしたことをよく覚えておこうと思った。こうやって、女の子達が元気に笑顔で働いていられる国のままでいられるように。
***
クロエの父、トラビス・エイダルは地味だ。これといって特徴のない顔に常に人の良さそうな笑みを浮かべている。
口数もさほど多くはないのに、何故かいつの間にか相手を信用させてしまうという業を持っている。
その父が、眉間に皺を刻んで届いた手紙を読んでいる。
「お父様、ミラブ卿からですの?」
クロエは父のただならぬ様子を感じ取って首を傾げながら近寄った。
ミラブ卿は隣国ホーランディア神聖国の貴族だ。
ホーランディア神聖国は他国とは最低限の交流しか持たない閉鎖的な国なのだが、トラビスは国境に面した土地の領主達とは数年前から細々としたやりとりを続けていた。そのきっかけになったのは数年前にホーランディア神聖国で起きた長雨による不作だ。その際に、トラビスは向こうから頼まれた訳でもないのに黙って食料を援助し、見返りも求めなかった。
それ以降、時候の挨拶などのやりとりぐらいは返ってくるようになったのだ。
そんな付き合いのある領主の一人、ミラブ卿からの手紙は実に唐突な申し入れだった。
「私とお前を、食事に招待したいそうだ」
「はあ……」
「今夜、と書かれている」
「えっ?」
クロエはさすがに面食らった。
「随分、急ですのね」
「まったくだ」
手紙を畳んで、トラビスは重い溜め息を吐いた。
気は進まないが断る訳にはいかないので気が重いのだろうとクロエは父の心情を理解した。
国境を無断で越えて逃亡する国民達から、ヴィンドソーンが魔王との戦いに備えていることは周囲の国々には既に伝わっているだろう。
問題は、それを信じる国がどれだけあるかということだ。
ヴィンドソーンの国民達は三日間に渡って生々しい夢をみせられたために魔王の襲来を信じざるを得なかった。
だが、夢をみていない人間が「魔王が襲ってくる」なんて荒唐無稽な話をそのまま信じられる訳がない。ヴィンドソーンが「魔王」などと言って何を企んでいるのか、各国は慎重に探っていることだろう。
「戦争を仕掛けようとしていると、誤解されないようにしなくちゃなぁ」
顎を掻きながらトラビスがぼやいた。
クロエは急いで支度を整えつつ、頭の中でミラブ卿の目的を推理する。
目的の一つがヴィンドソーンの国民の国外流出に関してであることは間違いない。これについては流出した民から聞いた話を否定もせず肯定もせずのらくらかわすしかない。
もう一つ可能性があるのは権力闘争だろうか。まだ内々に、とも呼べないほどあやふやにではあるが、クロエとホーランディアの公爵を娶せる動きがある。
戦争準備をしているのではないかと疑いを抱く国に人質として娘を差し出すのは外交の常套手段だ。「貴国に攻め込むつもりはないですよ」という意思表示である。
ーーーその件で何かしら貴族の勢力図が変わったりするのかしら。
ホーランディアの情報ーーー特に中央の貴族の情報はほとんど入ってこない。名前ぐらいならわかるのだが、彼らは他国の人間とほとんど関わろうとしないため人となりや派閥などについてはまったく情報がないのだ。
「お父様!向こうに伝えていい情報と駄目な情報を整理しましょう!」
「お前は本当に、死んだ母親そっくりで度胸があるなぁ。少しぐらい怖がったっていいんだぞ」
閉鎖的で他国人を受け入れないと言われる国に人質に出されるかもしれないというのに落ち込む様子もみせない娘に、トラビスは苦く笑う。
「あら、お父様。私達、あの三日間で充分に怖がったじゃありませんの。もう、ちょっとやそっとで怖がっていられませんわ」
クロエはぱちりと片目を閉じた。
そうして、クロエとトラビスは慌ただしく支度をすませ、ミラブ卿の屋敷へ向かった。
一歩ホーランディアへ入ると、空気が変わったような気がする。ホーランディアは国のほぼ中心地に聖地アムラト山が聳えており、山を囲むように人々が生活している。
アムラト山は常に煙を噴き上げる燃える山であり、強い風に乗ってその煙や灰が運ばれるせいか麓では植物が育ちにくく、中心部に行くほど枯れた土地が多いと聞く。
クロエは馬車の窓から注意深く外の景色を眺めた。
ミラブ卿の領地はヴィンドソーンに接していてホーランディアの中では豊かな土地であるはずだ。それでも、豊かな農地であるとは言い難い。
遠くに見えるアムラト山の黒々とした姿は、とても聖なるものには見えないとクロエは思った。
貴族の屋敷というより古びた教会のようなミラブ卿の屋敷に通され、婦人と十二になる跡取りに紹介される。上に娘がいるそうだが、既に嫁に出ているそうだ。
卿の一家も使用人達も顔色が悪く痩せ細っているので、クロエは驚いた。そして、皆驚くほど無口だ。
ヴィンドソーンの下級貴族でも食べないような貧しい食事の最中もほとんど会話は無く、熾烈な情報戦を予想して気を張っていたクロエは拍子抜けした。思い切ってクロエの方から話題を出してみても、ろくに会話は膨らまなかった。
ーーーマチルダ樣がいてくれたら良かったわ。
社交上手な友人を思い浮かべて、クロエはこっそり溜め息を吐いた。
「豊かなヴィンドソーンに生きるお二方には、口に合わない食事だったでしょう」
実に静かな食事を終えた後で、ミラブ卿が自嘲気味に笑いながら口を開いた。
「いえ、そんな……」
「これでもマシな方だと言えば、驚かれるでしょうな。我が国は……いや、我々は国などと名乗っていい連中ではないのです」
吐き捨てるような調子で言うミラブ卿に、クロエとトラビスは顔を見合わせた。
ホーランディアの民は信仰心に厚く誇り高いはずなのだが、ミラブ卿の言い方ではまるでホーランディア神聖国そのものを嘲っているようだ。
クロエとトラビスの目の前で、ミラブ卿は何かに耐えるように眉間に皺を刻んだ。
「犠牲なくして明日を迎えられないのなら、国などなんの意味があるのか……」
「犠牲?」
てっきりヴィンドソーンの内部で何が起きているか探られると思っていたのに、予想外の事態に狼狽えるクロエとトラビスに、ミラブ卿はひたと視線を合わせて言った。
「お願いがあるのです。お二方がお帰りになる馬車に、一人、乗せてもらいたい」
クロエとトラビスは息を飲んだ。
「それは……」
「罪人の逃亡を手伝えとおっしゃるのか?」
トラビスが声を硬くする。
他国の人間の馬車に隠してこっそりと国境を越えさせて欲しいなどと、まともな要求ではない。
険しい表情のトラビスの前で、ミラブ卿はすっと席を立って手で何かを合図した。ほどなく、食堂に粗末な身なりの二十歳前後の青年が入ってきた。一瞬下働きかと思ったが、それにしてはミラブ卿一家と比べても肉付きが良い気がする。
ミラブ卿が青年に向かって礼を取った。
「お初にお目にかかる、エイダル卿」
朗々とした声で、青年が言った。
「私はホーランディア神聖国第一王子カイン・ホーランディア」
驚く間もなく、次の言葉が続けられた。
「私を、ヴィンドソーン国王の元へ連れて行ってほしい」




