四十二、正しい光景
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粘り勝ちで国王から見学の許可をぶん取り、アシュフォードはようやく魔法協会を訪ねることが出来た。
「ようこそ、アシュフォード王子殿下。私は六部卿の一人、シャリーナ・アゼルジャンと申します」
四十歳くらいの女性が出迎えに現れ、アシュフォードは背筋を正した。
「ヴィンドソーン王国第二王子アシュフォード・ヴィンドソーンだ。高名な六部卿にお会いできて光栄に思う」
「こちらこそ、光栄に存じます」
広さだけなら王宮にもひけを取らない魔法協会の建物は、そのまま権力の証でもある。ここに一歩足を踏み入れた瞬間に、身分は物を言わず実力主義の世界となる。故に、ここに入るのは通常、貴族の次男以下と平民のみだ。爵位を継ぐ者は魔法などより先に身に付けなければならない学がある。
同様に、王族がここに入ることも普通ならば許されない。アシュフォードも散々反対されている。魔法などにかまけていては、第二王子としての責務を果たせないからだ。
だが、魔王に殺されたのでは、責務を果たすもくそもない。
「夢でみたので知っているだろうが、私は三年後、魔王に手も足も出ずに殺される。国王陛下をお守りすることも、英雄を生む兄とその伴侶を守ることも出来ずに情けない限りだ。だから、少しでも強くなりたい」
自分が魔法協会にやってきた理由を述べると、シャリーナはぴく、と目尻を動かした。
「国王陛下をお守りするため、我々魔法協会もけして力を惜しみません」
「そうか。有り難い」
アシュフォードはシャリーナの案内で訓練棟の一部を見て回った。
「ちょうど今、見習いの者達が火の魔法を訓練しております」
天井の高い広間では、十代半ばから二十くらいの少年少女達が杖を振って空中に火の玉を出していた。
「ザイン!」
涼やかな少女の声が響いて、人の背丈ほどの火柱が燃え上がった。
他の者より大きな火柱を出した少女に見覚えがある気がして、アシュフォードは目を凝らした。
「あれはモガレア侯爵のお嬢様です」
「侯爵の……確か、ハルベリー嬢か」
そういえば、侯爵家のご令嬢が魔法協会に入ったと騒ぎになっていたのを聞いた覚えがある。
「見習いの中では突出して優秀であらせられます。じきに、他の者より上の魔法を教えるつもりです」
シャリーナの説明を聞きながら広間を眺めていたアシュフォードは、隅の方で手のひらの大きさの火の玉を宙に浮かせたまま難しい顔をしている少年をみつけて目を瞬いた。
立派な火の玉が出来ているのに、何をあんなに不満そうな顔をしているのだろう。
身に付けているものと立ち居振る舞いを見る限りどこぞの貴族の子息であろうが、目の前の魔法よりも他に気になることでもあるような表情だ。
「アシュフォード王子殿下。次はゴドウィン様にお会いしていただきます」
「あ、ああ……」
大魔法使いシャークロー・ゴドウィンに会えると聞いて、アシュフォードは緊張を隠してシャリーナの後を追った。
訓練棟を出て隣の総務棟に入り、一番上の階の奥まった一室に通される。そこに、希代の大魔法使いシャークロー・ゴドウィンが威厳たっぷりに待ちかまえていた。
「ようこそ参られた。アシュフォード王子殿下」
部屋中にその気配が満ちている。アシュフォードはすっかり迫力に飲まれてごくりと息を飲んだ。
なんだか、自分がひどくちっぽけなもののように思えてしまう。アシュフォードは慎重に息を吐き出した。
「お噂や、父への謁見の際などにお姿をお見かけしてはいましたが、直接お会いするのは初めてです。お会いできて光栄です」
「私の方こそ、アシュフォード王子殿下が自らここへ足を運んでくださったこと、大陸神ゴドランディアの導きのようにも思える」
シャークローがゆったりと言った台詞に、アシュフォードはぴくりと眉を跳ね上げた。
別にシャークローが深い意味などなくゴドランディアの名を口にしたことはわかっている。ただ、コゼットのことがあったので、アシュフォードはもやもやとした気分になった。
「……大魔法使い樣は、自らの手で様々な奇跡を起こせますのに、ゴドランディアを信仰しているのですか?」
「魔法と信仰は別に相容れぬものではありませぬぞ。この魔法協会に属する者も、もちろん教会に通うことも祈りを捧げることもあります。魔法使いと言えど他の国民となんら変わりませぬよ」
シャークローは喉の奥で笑い声を立てた。アシュフォードは肩から僅かに力を抜いた。
年代物のソファに向かい合って座り、アシュフォードは早速本題を切り出した。
「三年後の魔王の復活に向けて、私は出来れば魔法を身に付けたいと思っています。私が今から魔法協会へ入ったとして、三年でどの程度の魔法を身に付けることが出来るでしょうか」
シャークローはゆっくりと指を組んでアシュフォードを見据えた。
「アシュフォード王子殿下は、まこと国の宝ですな。まだ成人も迎えぬ身でありながら、国王陛下の御身をお守りするための覚悟を持っておられる」
シャークローの声音は感心しているようにも聞こえたが、何か別の響きが混じっているような気もした。
アシュフォードは首を軽く振って否定した。
「国の宝は我が兄の方でしょう。英雄の父となるのですから」
「英雄、ですか……」
シャークローがふっと空気を吐き漏らした。
「そういえば、妙な噂が流れていると聞きましたな」
アシュフォードははっと顔を上げた。
「なんでも、王太子殿下が魔王だとかいう、くだらない噂が」
「それはっ、頭のおかしい者の戯言ですっ!!」
アシュフォードは思わず腰を浮かせた。そんなアシュフォードを、シャークローは苦笑いを浮かべて押し留める。
「もちろん、我々は王太子殿下を疑ってなどおりませぬ。ただ、そのような噂が広まるのを、王家の方々は何故止めないのかと……」
「と、止めたいとは思っている。人心を惑わす噂など、さっさと取り締まるべきだと……」
アシュフォードは膝の上で拳を握り締めた。
何度も言ったのだ。父にも兄にも。でも、二人とも噂は放っておけと言うだけだし、原因となった修道女にも大した罰を与えない。
気にするなと言われても、アシュフォードは我慢出来ない。何故、兄が魔王など根も葉もない中傷を受けなくてはならないのか。悔しくてならなかった。
「国民が一丸となって魔王に立ち向かわなければならないこの時に、くだらない噂などに惑わされる者がいては適いませぬな」
シャークローの言う通りだ。アシュフォードは歯噛みした。
「我々も、このような噂が広まって人心が惑うのは好ましくありませぬ。そこで、アシュフォード王子殿下にご協力願いたいのです」
シャークローは、ゆったりとしたローブの袂から、手のひらぐらいの大きさの瓶を取り出した。瓶の中には、赤い色の宝石のようなものが入っていた。
「これを、王太子殿下の目の前に出して、見せてもらえぬかな」
テーブルの上に置かれた瓶と中の赤い石を見て、アシュフォードは首を傾げた。
「何故でしょう?この石は、いったい……」
「これは、ある魔法使いに作らせた特別な石でしてな。この石には、悪しきものを祓う力があるのです」
シャークローがぐっと声を低くして言った。
「悪しきものは、この石を一目見ただけで正体を現して逃げていくでしょう」
「それで……これを何故、私の兄に?」
「ですから、王太子殿下が悪しき魔王などではないと、皆の前で証明するのですよ」
眉をひそめるアシュフォードに、シャークローは丁寧に説明した。
「二日後に、大聖堂で行われる祈りの儀式に、王太子殿下が参加されると聞いております」
アシュフォードは頷いた。あの夢のせいで求心力を失いかけていた教会からの要請だった。コゼットの件で無くなるかとも思ったが、この時期に教会を弱体化させるべきではないと父と兄が協力を決めた。アシュフォードも兄に同行することになっている。どうも、コゼットの件で教会に対して悪感情を抱いている次男を国王が案じているらしい。これを機に悪感情を払拭して貰いたいのだろう。
教会は王国を維持する三権の一つだ。王家の者が他の二権を敵視してはいけない。
それは理解している。だが、やはり教会に対しては兄を侮辱されたという苛立つ気持ちを消せないでいる。
「儀式には魔法協会からも何人か参加します。アシュフォード王子殿下が祈りの儀式の途中で、王太子殿下にこの石を見せるのです。もちろん、何も起こる訳がありません。そこで、うちの人間が声を上げ、王太子殿下が悪しきものなどではないと集まった民に説明します」
たくさんの人が集まる教会の中、第二王子が王太子の無実を証明すれば、くだらない噂など即かき消えるであろう、とシャークローは言う。
「第二王子殿下御自らが兄上の名誉を守るのです。修道女の言など太刀打ちできますまい」
アシュフォードはシャークローの言葉を聞いて黙考した。
確かに、こんな石を見せたところでガルヴィードが狼狽えたりする訳がないのだから、それだけで噂を消すことが出来るなら重畳だ。魔法教会の人間が石の効果を喧伝してくれるなら有り難い。
「……しかし、儀式の途中でそんなことをしては、教会の怒りを買うでしょう。証言してくれる人間さえいれば、別の場所でもいいのでは」
「いいえ。教会でなくてはいけません。信仰心の厚い者は自らの目で見なければ、修道女の方を信じるに違いありません」
アシュフォードは口を噤んだ。
「教会も、自分達が噂の原因である以上、逆恨みなどはしますまい。これで王家との確執が解消されるならむしろ喜ぶでしょう」
シャークローの申し出は理に適っていると思われた。アシュフォードはただ、兄に石を見せればいいだけなのだ。その石の力の保証は魔法協会の者が行ってくれる。
「ああ。事前に国王陛下や王太子殿下にお知らせするのは止めた方がよいですな。何しろ、お二人はひどく寛容であらせられる。自らの名誉よりも、教会の体面を気にされるかもしれませぬ」
確かに、父や兄が知ったら止めるかもしれない。噂など放っておけと言って、教会の立場を慮って現状を維持するだろう。
それは悔しい。何故、兄の方が気を遣ってやらなくちゃいけないのだ。
アシュフォードの脳裏には、教会で堂々と赤い石を手に人々から歓声を浴びる兄の姿が浮かび上がった。
そうだ。この光景が正しい。
心の赴くままに、アシュフォードは瓶に手を伸ばしていた。
それを目にして、シャークローは口の端を僅かに歪めた。




