四十一、囚われの魔法使い
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二日間、姿を見ていない。自分には関係ないので気にしないようにしようと思ったが、いないとついつい目で探してしまうものだ。
三日目で観念して職員に尋ねたところ、大魔法使いの元で修行中ということだった。
元々、他とは才能が違いすぎて、大魔法使い直々に教えを受けていたのだから、その答えには納得できた。
しかし、部屋に戻ってきた様子もなければ食堂にも姿を現さないので、いったいどこで修行をしているのか、少し心配になる。なんと言っても、八歳の子どもなのだ。
「あの、シュトライザーは元気にやっていますか?」
訓練の後、教官に尋ねてみても、「知らない」「気にするな」「大魔法使いに任せておけ」と返されるだけだ。
カークは溜め息を吐いて肩をすくめた。確かに、言われる通りカークが気にしなければいけないことではない。身分も違えば才能も違うのだから。
ユーリがみっちり修行して強くなって魔王を倒してくれるなら、それに越したことはない。
そう思うのに、カークはどうにも胸騒ぎがしてならなかった。
頭に浮かぶのは、タッセルの言葉だ。ユーリは子どもで、支えが必要だが、この国の大人にはその余裕がない。
「……無茶なことさせられてなきゃいいけどな」
自身も訓練でへとへとになりながら、カークは一人ユーリの身を案じていた。
***
何か聞こえる気がする。
『……、……て』
誰かが、すごく焦っている。
『……きて……起きて』
起きて?
ああ、自分は今、眠っているのか。と、ユーリはぼんやり思った。
それにしても、誰の声だろう。前にも聞いたことがある気がする。
「だ……れ……?」
『僕の名前はアルフリード!ユーリ!起きて!』
耳元で呼ばれた気がして、ユーリはぽっかりと目を開けた。
「あ……?」
思わず漏れた声が掠れていた。けほっと咳込む。やけに喉が渇いていた。
鈍く痛む頭で、ユーリは状況を理解しようとした。
起きあがろうとした際に腕に巻かれた包帯が見えて、すっと嫌な光景が脳裏に蘇ってくる。
大魔法使いと六部卿に抑えつけられ、ビクトルに切りつけられた記憶だ。
あの後の記憶がない。ずっと眠っていたのだろうか。
混乱するユーリの頭の中に、少年の声が響いた。
『三日間、眠っていた……魔法で眠らされていたんだよ!』
「三日……っ」
ユーリは頭を抱えて呻いた。それから、ここが見習い寮の自分に与えられた部屋ではないことに気づいた。
ベッドがあるだけの狭い部屋だ。扉はあるが窓はない。おまけにその扉はなにやら物々しい鋼鉄で出来ている。
「なんなんだ……?」
『ユーリ!……ねが……あって……僕の……に』
また、アルフリードの声が遠くなった。ユーリは目を閉じて声に集中しようとしたが、ぶつぶつと途切れ途切れの声はすぐに聞こえなくなってしまった。
とりあえず部屋から出ようとふらつく足で扉に寄った。だが、薄々予想していたが、案の定扉は開かない。
「あー、くそ……」
ユーリは力なく悪態を吐いて扉にもたれ掛かった。
なんだって、自分がこんな目に遭わされなくちゃいけないのか。意味が分からない。
なんなんだ。魔法協会の連中って奴は。魔力があるからと強引にここに連れてきて、勝手にここに滞在することを決めて、魔王と戦うように強制して。
挙げ句の果てに拘束されて腕を切られて閉じこめられたんじゃあ、割に合わないどころの話じゃあない。
「アルフリード……聞こえるか?」
ユーリは扉にもたれ掛かったままずるずると座り込んで、呟いた。
「お前は、僕に何がして欲しいんだ?お前は未来の世界で生まれる英雄なんだろう?なんで、僕に話しかけるんだよ。どいつもこいつも……僕はまだ八歳だぞ。魔王とかなんとか聞かされたって、何も出来ないっつうの」
ユーリは切られた腕を掴んでぎゅっと唇を噛みしめた。
家に帰りたい。もうこんなところに居たくない。
鼻の奥がつんと痛んだ。魔王なんてユーリには何の関係もないのに、なんでこんな想いをしなくちゃならないんだろう。
ーーーそうだ。帰ろう。家に、帰るんだ。
ユーリは涙を拭って立ち上がった。
扉が開かないなら、いっそ魔法で壊してやる。
そう心に決めて、ユーリは杖を呼び出そうとした。だが、いつもなら望んだだけですぐに手の中に現れる白い杖が、どうやっても出てこない。
「……あれ?」
何度も試してみるが、杖は出てこない。杖がユーリの元に来ようとするのを、何かが妨害している感じだ。
「魔法が使えない……なんで?」
ユーリは愕然として手のひらをみつめた。
魔法が使えないと扉を壊せない。ここから出られない。
そこまでが限界だった。
「……っ、出してっ!!出してよっ!!」
ユーリは倒れ込むように扉に寄りかかって拳で必死に叩いた。
ユーリはこの国に来てからずっと、常に気を張っていた。生まれ育った国を離れ、父と母とも離され、まったく知らない魔法の世界にひとりぼっちで、周りは年上の子どもばかりで緊張しないはずがない。
ただ、魔法を使えるようになれば、皆の役に立てるんじゃないかと思っただけだ。大魔法使いを平伏させたいとか、魔王を倒したいなんて、考えたことは一度もない。
そんな大それた存在になりたいなんて望んでいない。
「出してよっ!!帰るっ!!レコスに帰る!!帰してよっ!!」
泣き叫んで拳を扉に叩きつける。扉の向こうに、人の気配は感じられない。
この声は誰にも届いていないかもしれない。そう考えるとぞっとした。
その恐怖と同時に、ふっと、以前にもこんな風に泣き叫んだことがあるような気がした。
こんな風に、出してくれ、と、懇願したことがある。
『出してくれっ、なんでこんなことを!?』
「っ……?」
自分の声がーーー自分ではない自分の声が頭の中に蘇った。次いで、頭の中に映像が過ぎる。
自分がーーー今より少し年上の、十三歳くらいの自分が、拳を握り締めて必死な形相で「出せ」と訴えている。
ユーリは頭を押さえて後ずさった。
十三歳のユーリは、見えない壁でもあるかのように、虚空を叩いている。
そしてその前に、男が一人立っている。
男は、悲しそうな光を湛えた漆黒の目を細めて、ユーリを見下ろした。
『思い出してくれ。ユロクト』
がくっ、と膝から力が抜けて、ユーリはその場に膝を突いた。
「……僕は、ユロクトじゃない……っ」
ユーリが呟くのと同時に、頭の中のユーリもまったく同じ台詞を叫んだ。




