三十九、レクタル族
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もっと早く生まれたかった、とアルフリードは言った。
その気持ちが良くわかる。と、アシュフォードは思う。
もっと早く生まれたかった。もっと早く生まれていれば、せめて成人年齢に達していれば、公務を手伝うことだって出来たのに。
父が倒れ、公務を代行する兄の姿を見てひしひしとそう感じた。
騎士の訓練に混ぜて貰って剣の腕を磨いてはいるが、魔法協会への入会はまだ認めて貰っていない。父は魔法使いになるより兄の補佐が出来るように勉強しろと言っていた。
確かに、平時ならば将来は兄を支えるための努力をするべきだったろうが、今は状況が違う。魔王を倒すための努力をする方が重要だろう。
いつまで経っても父から許可が出ないので、アシュフォードは苛立っていた。
とはいえ、過労で倒れたばかりの父に直談判するのも気が引ける。
かくなる上は、兄から父を説得して貰おうと思い立ち、アシュフォードはガルヴィードの部屋へ向かった。
兄ならば、アシュフォードの言い分をわかってくれるに違いない。
これから生まれてくる英雄を守れるように、得られる力を身に付けておきたいという気持ちを。
英雄の父であるガルヴィードならば、きっとわかってくれる。
国民が一丸となって英雄の誕生を祈っているのだから、王族であるアシュフォードだってその未来のために全力を尽くすべきだ。
そうとも。その姿を見せれば、間違ってもアシュフォードに向かって、アルフリードを偽の英雄だの、ガルヴィードを魔王だのとふざけたことを言う奴は居なくなるはずだ。
アシュフォードは廊下を歩きながらぎゅっと拳を握りしめた。
ーーー何が、目を開けろ、だ。
歪んだ信仰心で目が曇っているのはそっちだろう、と内心で毒づいた。
修道女の不快な発言はいまだにアシュフォードの胸をもやもやさせていた。父と兄がお咎めなしにしてしまったのも面白くない。牢に入れてやったって良かったのに。
ーーーまあ、いい。あんな頭のおかしい女のことは忘れよう。
アシュフォードは気を取り直して顔を上げた。手前のガルヴィードの部屋の扉が開いていて、明かりが漏れている。
「……魔王だなんてね」
少女の声が聞こえた。
兄の伴侶となる少女が来ているようだ。
それはいつものことなのだが、聞こえた内容にアシュフォードはどきりとした。
ーーー魔王?
何の話をしているのか気になって、アシュフォードは扉の影からこっそり中を覗いた。
ソファに座った兄と少女の姿が見える。
「魔王の正体はともかく、父上とも話したんだが、やはりアシュフォードはレコスへ行って貰うことになった」
ぎくっとして息を飲んだ。
ーーーレコス?
兄は自分をレコス王国へやるつもりなのか。なんのために?
冗談ではない。魔法協会に入りたいと言っているのに、なんでレコスになんか行かなければならないのだ。国民一丸となって魔王に立ち向かうべき時に、自分一人だけ他国へ逃げるなんて出来る訳がない。
それぐらい、兄ならわかってくれると思っていたのに。
それとも、自分が子どもで、頼りにならないから戦力に数えられていないのだろうか。
そう思ったら悔しくて、アシュフォードは唇を噛んだ。
なんで自分を遠ざけようとするんだ。アシュフォードだってこの国の王族なのに、なぜ他国へ追いやられなくちゃならない。
今は少しでも魔王との戦いに備えるべきなのに、どうしてーーー
『よくお考えになられて。この国の命運は、貴方様の手に掛かっておりますのよ』
不意に蘇った声に、アシュフォードは息を止めた。それから、それを振り払うように頭を振った。
部屋の中からはまだ兄と少女の声が聞こえてきたが、それ以上聞いていられなくてアシュフォードは扉から離れた。
ーーーレコスに行けと言われたら、ちゃんと断ろう。僕は、ここで魔王を迎え討つ。逃げたりしない。
ふつふつと沸き上がってくる怒りを飲み込んで、アシュフォードは決意を固めた。
***
くぁぁ、と欠伸を漏らして、フリックはしょぼつく目を擦った。
仕事が終わってから寝るまでの間に、タッセルから譲って貰った本を読んでいるが、思ったよりもたくさんあってなかなか読み終えられない。
おまけに、どの本も似たり寄ったりの内容だ。白と黒の魔法使いの伝説や神話について調べているのだから、似た内容になるのは仕方がないとはいえ、さすがに飽きてしまった。
「しかも、目新しいことも書いてないしな……」
タッセルがまとめて聞かせてくれれば、フリックはこんな苦労をしなくて済んだのであろうが、彼がわざわざ大量の本を寄越した意図をフリックは正しく受け取っていた。
フリックは王太子の側近であり、ヴィンドソーン王国の国政に関わる立場だ。
これまでは、タッセルは他国出身とはいえどヴィンドソーンの魔法協会に籍を置いていた。
だが、彼はじきに自国へ帰る。
もしも、タッセルから聞いた内容を信じて何かを判断した場合、ーーーそれが間違っていた場合、フリックは他国の人間の言うことを鵜呑みにして国に悪影響を与えたことになってしまう。
タッセルが魔法協会にいるならば、「魔法使いの助言を受けた」で済むが、帰国した後なら「他国の人間の言に惑わされた」になってしまうのだ。
おかしな話だが、そういう理不尽を受け入れなければ貴族などやっていられない。
フリックは読み終えた本を放り出して、寝台に転がって目を閉じた。
どの国でもどの書物でも共通しているのは、黒い魔法使いが悪に堕ちて白い魔法使いに倒されたこと。そして、白い魔法使いも命を落としたこと。
レクタルの書物では白い魔法使いの名前だけが出てきた。ユロクト・レクタル。
サフォアの古い神話では白い魔法使いがユロクト、黒い魔法使いがヒュゼルと名付けられていた。
レクタルいうことは、ユロクトという白い魔法使いはレコス王家の血筋ーーーということにレコス王国ではなっているのだろう。
しかし、そうするとおかしい。
何故、白い魔法使いの魂で出来ているとされる魔石が、レコスではなくサフォアにあるのか。
フリックはふーっと息を吐いて眉間を押さえた。どうにも、よくわからない。
寝台に寝転がったまま、フリックは床に重ねた本から一冊引き抜いてページを開いた。
「魔力と身体」。タッセルに読めと勧められた本だ。途中までは読んだが、やはり真新しいことは何も書かれていない。既に良く知られている知識が整理されてまとめられているだけだ。
フリックはまだ読んでいない章に目を走らせた。魔力の遺伝について書かれている。
『通常、両親のどちらかでも魔力持ちなら子どもも魔力持ちになる。魔力量は遺伝しない。親の魔力値が低くとも魔力値の高い子どもが生まれることはよくある、逆もしかりである。
故に、魔力値の高い相手と婚姻を結んだとしても、魔力値の高い子どもを得られるとは限らない。』
フリック自身も魔力値が高く生まれたが、父と母は平均以下の魔力値らしい。
『前段で両親のどちらかでも魔力を持っていれば子どもも魔力を持つと書いたが、例外がある。レクタル族は、魔力を持つ相手と結婚しても、魔力を持つ子どもは生まれない。』
そうなのだ。レコス王国は人口の大部分を占めるレクタル族の他、いくつかの少数民族で構成されているのだが、レクタル以外の民族は他の国の民と同様、魔力を持っている。
ただレクタル族だけが、魔力を持つ他民族と婚姻したとしても、魔力を持つ子どもを得られないのだ。
まるで、レクタルの血が、強烈に魔力を拒絶しているかのように。
『今のところ、レクタル族が何故魔力を持てないのかは解明されていない。かつてはゴドランディア教徒の中で、レクタルは神の怒りにより魔力を持てないのだとする論調があった。』
フリックは溜め息を吐いた。レクタルを魔力を持てない蛮族と軽んじる風潮は現代でも強い。
ヴィンドソーンではクレードル侯爵家のエリシアラがレコス王家の第二王子に嫁いでいるが、妹のジュリアラがヴィンドソーン王妃となるためにエリシアラを犠牲にして取引したなどと口さがなく陰口を叩く連中もいる。
曲がりなりにも王家に嫁がせるのだから侯爵以上の家の娘を、と打診した結果「レコスに行ってもいい」と答えたのがエリシアラだけだったとフリックは聞いている。当時のことを知る父のデイビッドは、「クレードル侯爵はかなり反対されたようだが、エリシアラ嬢は「第二王子の妃なら王妃になるわけじゃないし、大国の貴族の妻になるよりのんびり出来そう」と言っていた。変わり者だったから、きっと元気にやっているだろう」と肩をすくめていた。
ちなみに、ジュリアラが王妃になったのは王太子時代に国王が一目惚れして情熱的に口説き落としたからであって、エリシアラの件とは関係ない。国王が側妃も愛妾も迎えず王妃一筋なのが証拠だ。
人の噂とは適当なものだ。
ーーーガルヴィードは国王陛下に似たのか。
初めて会った時からずっと一人の少女にまっしぐらな自らの主君を思い浮かべて、フリックは苦笑いを浮かべた。
本を閉じて胸の上に置き、再び思考の波に身を任せる。
白い魔法使いがレクタル族なのだとしたら、何故レクタル族は魔力のない民族と呼ばれるのか。白い魔法使いだけが魔力を持てたのなら、それは何故か。
もしも、ガルヴィードの中にいる「魔王」が、本当に転生魔法で乗り移った黒い魔法使いの魂なのだとしたら、それを倒せるのは白い魔法使いだけじゃないのか。白い魔法使いは転生していないのか。
ーーー白い魔法使い……ユロクト・レクタル……レクタル族……魔力を持たない民……
レクタル族。
フリックは勢いよく身を起こした。本がばさばさと寝台の下に落ちた。
フリックの脳裏に過ぎったのは、先日、魔法協会で見かけたレクタル族の子どもだった。
魔力を持たないはずのレクタル族なのに、魔力値が高いという少年。
フリックとエルンストが見た時、あの子どもは頭を抱えてぶつぶつ何か喋っていた。
まるで、誰かと会話するように。
ガルヴィードは「俺の中に、俺じゃないもう一人の「何か」がいる」と言った。
ガルヴィードだけじゃなかったら。
あの子どもも、そうだとしたら。
白い魔法使いと黒い魔法使いが、時を越えて蘇ろうとしているのだとしたら。
「冗談だろ……」
あまりに荒唐無稽な想像に、フリックははは、と乾いた笑いを漏らした。
だが、その想像を頭の中から打ち払うことは出来なかった。
***
足首が腫れて熱を持っている。
痛みはひどくなるばかりだが、自力で仲間の元に帰るしかない。舌打ちを一つして、立ち上がろうとした時、頭の上から声がかかった。
「どうしたの?」
見上げると、先ほど滑り落ちた斜面の上から、同い年くらいの少年がこちらを見下ろしていた。
思わず眉をしかめたのは、その少年が敵の色彩を纏っていたからだ。
「怪我してるの?」
返事はしなかった。ただ、背中を冷たい汗が伝った。
あの少年に仲間を呼ばれたら、間違いなく殺される。この足では逃げきれない。
少年は「ちょっと待って」と言うと、ひょこっと首を引っ込めた。
かなり時間が経ってから、沢の下流の方から少年がぱたぱた駆けてくるのが見えた。
「やめろ、触るな!」
抵抗したが、少年は構わずに晴れ上がった足首に濡らした布を巻き付けた。
「立てる?肩を貸すから、頑張って沢を下ろう」
「は!?」
「だって、このままじっとしていたら日が暮れてしまうよ」
少年が空を指さして言う。まだ明るいものの、陽光の強さは徐々に勢いを失いつつある。
「お前は敵だ!信用できるか!」
「でも、ここにはお前の仲間がいないんだから、敵の僕でも生き残るために利用すればいいだろ」
少年はニッと笑って手を差し出した。
「僕はユロクト。お前は?」
灰色の瞳にじっと見据えられて、思わず口を開いていた。
「……ヒュゼル」
灰色の髪と目は敵の色彩だから気をつけろと、大人達から言い聞かせられている。
「ヒュゼル。ほら、立って。帰ろう」
それなのに、気づくとヒュゼルは差し出されたその手を取っていた。
それが、ユロクト・レクタルとヒュゼル・ヴィンドソーンの出会いだった。




