三十八、特技
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ルティアは忙しい日々を過ごしていた。
マチルダに連れられて、彼女のお友達を紹介してもらっていたのだ。
急に社交に目覚めた娘に家の者は首を傾げていたが、母のキャサリンだけは上機嫌だった。
もちろん、ガルヴィードを一人にする訳にはいかないので、城にもこまめに顔を出していたが、ガルヴィードと側近達も忙しくしていたので以前ほど長い時間滞在はしなくなった。
国王は公務に復帰したのだが、ガルヴィードは引き続き公務の一部を任されることになった。側近達もその補佐をしている。
例の件を国王に話すのは先送りになった。過労で倒れたばかりの国王に、「貴方の息子の中に「魔王」がいるかもしれません」などという新たな心労を背負わせるわけにはいかないからだ。
そんな訳で空いた時間で人脈作りに精を出したルティアは、自分がいかに狭い世界で生きていたのかを知った。
これまで王太子にばかりかまけていたルティアは、ご令嬢達との付き合いに新鮮な驚きを感じていた。
財力が豊かな伯爵令嬢は母親である婦人と共に品不足を引き起こさない程度に外国から医薬品や包帯を購入して、館の一部に保管していた。
食い道楽の子爵令嬢は料理人と一緒に保存食の研究をしていた。
キルトが得意な男爵令嬢は裁縫仲間達と共に怪我人に脱ぎ着させやすく治療しやすい服をデザインして縫い上げていた。
戦えなくとも何かの役には立つかも、と乗馬を習う令嬢もいた。
ルティアの知らないところで、女の子達は自分に出来ることを探して精力的に動いていたのだった。
本日、マチルダとジュリエットに連れられて訪れたマーベル子爵家のローズも、美しい庭園だった場所に作られた畑を見せて得意そうに笑った。
「こっちは野菜畑で、向こうは薬草畑ですわ!畑を作ることは許してもらったのですが、私が土をいじろうとすると叱られてしまうのです!でも、絶対に認めさせますわ!」
どうやら、マーベル子爵は苦労しているようだ。蝶よ花よと育ててきた娘が庭の畑を耕したいと言い出したら普通の貴族の親は止めるであろう。
今は庭師と使用人が畑を作っているらしいが、彼らにとっては農作業よりも手を出してこようとするお嬢様を追い返す方が大変らしかった。
「ふん、まあいいですわ。そのうち絶対に畑を耕してやりますから。弟にもやらせますわよ。こき使ってやりますわ」
庭の無事なーーー畑にされなかった薔薇園でお茶を飲みながら、ローズはふふん、と鼻を鳴らした。
「あら?アンソニー様は魔法協会に入ったのではなくて?」
マチルダが尋ねると、ローズは大袈裟に肩をすくませてみせた。
「それが、同じ見習いにちょっかいをかけて返り討ちにされたようで、自信喪失して戻ってきたのですわ。すっかり塞ぎ込んでしまって閉じこもっていますの」
「まあ……心配ね」
「お気になさらず。昔から甘ったれた子ですの。なんでも平民の子に絡んだらしいので自業自得ですわ」
ローズはなかなか手厳しい。
「魔力値が少しばかり高いのと身軽なことぐらいしか取り柄がありませんのに、どうして考えなしに喧嘩を売るのかしら。お母様は男の子だから仕方がないと言いますけれど、私に言わせてもらえば愚か者としか」
「おいっ!」
ローズの言葉を遮って怒気に満ちた声が上がった。薔薇園の入り口に、十五、六の少年が立ってこちらを睨んでいた。
「あら、アンソニー。いましたの?」
「何も知らない癖に馬鹿にしてんじゃねぇ!」
「おだまり。姉はお前に失望しています。立派な魔法使いになってアルフリード様のお役に立ってくれると思っていたのに。お前は、ここにいるルティア様に顔向け出来るというの?」
冷たい視線のローズに目を吊り上げていたアンソニーは、ルティアの存在に気づいてぎょっと目を見張った。
だが、次の瞬間にはぐっと顔を歪めて皮肉な笑みを口に浮かべる。
「英雄なんて……本当にあれに勝てるのかよ」
あれ、という呼び方に生々しい恐怖が込められている気がして、ルティアは顔を上げた。
アンソニーは、何かを思い出したようにガタガタと震え出した。
「無理だろ……皆知らないんだ、俺にはわかる。あれが魔王なんだ……だって、そうじゃなきゃおかしい。普通の人間が、あんなとんでもない魔力持ってる訳がないんだ……」
ぶつぶつ呟いて、アンソニーは両手で頭を抱えてしまった。
「アンソニー?」
弟の異変に、ローズが席を立った。
「あいつが、あいつがそうに決まってる……っ、俺達、皆殺されるんだっ」
「アンソニー、落ち着きなさい!誰ぞ来て!」
取り乱した弟を支えて、ローズが叫ぶ。すぐに家人が駆けつけてきて、アンソニーを屋敷の中に連れて行こうとする。
「待って!」
ルティアは思わず呼び止めていた。
「あいつって、誰!?」
アンソニーがまるで、魔王の正体を知っているかのような口振りで話すのが気になった。
ルティア達はガルヴィードの中にいる「何か」こそ魔王であると確信に近い疑いを抱いているが、アンソニーのいう「あいつ」がガルヴィードを指すようには思えない。
家人に支えられて歩きながら、アンソニーは光の消えた目でルティアを見た。
そうして、小さく口を動かした。
「ユーリ……シュトライザー……」
「シュトライザー……?」
聞き覚えのない名前に、ルティアは困惑した。
ヴィンドソーンの貴族の中に、そんな名前は無かった気がする。
もっと詳しく聞きたいと思ったが、アンソニーはすぐに屋敷の中に戻ってしまった。
「ローズ様、シュトライザーという名に聞き覚えは……?」
「ありませんわ。でも、もしかしたら、魔法協会で問題を起こしたのはその人に絡んでやり返されたのかもしれませんわ。それぐらいで怯えて相手を魔王呼ばわりとは……やはり農作業でもさせて根性を叩き直すしかありませんわ」
ローズは呆れたように溜め息を吐いて紅茶を口に含んだが、ルティアはユーリ・シュトライザーという名前を忘れないように胸に刻みつけた。
***
公務を終えて戻ってくると、部屋でルティアが待っていた。
最近、社交に勤しんでいるらしい未来の王太子妃は、どこかのご令嬢に会ってきた帰りに城に寄ったらしい。
もう遅いのに、伯爵夫妻と兄が心配するだろう。特に、最近国で一番のモテ男と化した兄には、「日が暮れてからも妹を家に返さない不届き者」として汚物を見るような目で見られるか手袋を叩きつけられてしまうだろう。
そう危惧するガルヴィードに、ルティアは「ちゃんと家に遅くなると使いは出した」と答えた後に、なんともいえない表情で眉を八の字にした。
最初は一度家に帰ってから城に来ようと思っていたのだ。だが、そう言うとマチルダとローズが「それでは夜中になってしまう」と反対した。
そして、ジュリエットがびしっと手を挙げた。
「でしたら、私が「遅くなる」と伝えて参ります!」
伝令役を志願した男爵令嬢を止めたのはルティアだけだった。マチルダは「それがいい」と勧めてくるし、ローズも興味津々の顔つきになった。
結局ルティアが折れて、ローズから借りた紙とペンで「城に寄るから遅くなる」という手紙を書いて持たせた。
「それがね……信じられないことに、ジュリエット様に手紙を渡したらおもむろにドレスを脱ぎだしてね」
「はあ?」
「なんと、ドレスの下にズボンとシャツを着ていたのよ。コルセットじゃなくて、動きやすそうなシャツ」
いきなり明るい庭園でばっさーっとドレスを脱がれた衝撃は忘れられない。「いいもの見せてもらったわ」とローズが呟いたのも忘れられない。
そして、ブーツの紐を締め直して彼女はーーー走り去った。
「マーベル子爵家まで行きは馬車で二十分だったの……てことは、往復四十分でしょ?人間の足なら五十分はかかると思ったの。それなのに……ジュリエット嬢は三十分ちょっとで戻ってきたのよ!」
ルティアはソファの隣に座るガルヴィードの膝の上にぱったりと倒れてきた。
「いったいどうやって……そりゃ、馬車では入れない細い道を通って近道出きるだろうし、馬車だって街中では全力疾走するわけないから馬もゆっくり歩いているけれど……でも、取り次いでもらって手紙を渡すのにだって数分から十分はかかるでしょう、最低でも。てことは、片道十分ぐらいしかかからなかったということよね?」
膝を枕にして、ルティアがぶつぶつと呟く。
戻ってきたジュリエットはビークベル邸に行った証として執事のサインを貰ってきていた。
息を荒くしてはいたが、体力が尽きているようには見えなかった。なるほど、伝令役を申し出るだけのことはある。
「彼女、おそらくこの国で一番足が速いわ……」
「そりゃ、面白い。今度、誰が一番足が速いか競争する大会でも開くか」
ガルヴィードが膝に載ったルティアの頭を撫でて言った。
「人がどんな特技を持っているか、見た目じゃわからないものなのね……私は特技なんか持ってないから……」
「何言ってる。あるだろ、特技」
ルティアはガルヴィードを見上げて目をぱちくりした。
ガルヴィードは不思議そうな顔で言った。
「初対面で俺が苦しんでるのを見抜いたり、俺の中に「何か」いるって気づいたり……一緒に戦ってくれたり」
ガルヴィードがふっと目を緩ませる。
「それ……特技って言わないでしょ」
「立派な特技だろ。だって、他の誰にも出来ないことなんだから」
ルティアは目を丸くしてガルヴィードをみつめた。それから、みるみる顔が熱くなっていくのを感じて膝に顔を埋めた。
ちなみに、さっきまで戸口に立っていた侍女が姿を消していた。気を遣ってくれたのか、付き合うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、前者だと思いたい。
しばし、照れてうーうー唸った後で、ルティアはこほん、と咳払いして身を起こした。
「それと、ちょっと気になることがあって……魔法協会に、ユーリ・シュトライザーって人がいるか調べられる?」
「ユーリ・シュトライザー?」
ガルヴィードは一瞬、記憶を探るように目線をさまよわせた。それから、何か思い当たったのか、ああ、と言った。
「この間フリック達が騒いでいたレクタル族の子どもだろ」
「え?」
公務の間にフリックが在留許可に目を通して調べたのだという。
レコス王国の行商の一人息子で八歳の少年は、父の仕事に付いてきた際に偶然にも魔力値が高いことがわかり魔法協会の勧誘を受けた。魔力を持たないはずの民に現れた魔力持ちということで、レコス王家の意向も確認した上で預かったという。
「国王や宰相達は了解していたようだ。物珍しいと騒ぎにならないように伏せられていたらしい」
その子どもがどうかしたか?と尋ねられて、ルティアはしどろもどろになりながらアンソニーの話をした。
「ふぅん。なら、アンソニー・マーベルを返り討ちしたという同期はユーリ・シュトライザーなのかもな。おおかた、レクタル族だからと絡んだんだろう」
ガルヴィードは得心が行ったように頷いた。
「しかし、どんな目に遭ったか知らないが、八歳の子どもを魔王呼ばわりとは」
ルティアも肩の力が抜けた。きちんと魔法協会で教えを受けている八歳の少年が、魔王なんかであるはずがない。魔法協会には大魔法使いシャークロー・ゴドウィンがいるのだ。もしもその子どもが悪い魔法使いだったら、すぐに見抜かれてしまうだろう。
「八歳の……三年後だから十一歳の魔王だなんてね」
魔王に年齢は関係ないかもしれないが、いくらなんでもそれはないだろうと、ルティアは思った。
「レクタル族といえば……」
ガルヴィードが思い出したように言った。
「魔王の正体はともかく、父上とも話したんだが、やはりアシュフォードはレコスへ行って貰うことになった」
三年後に他の国がどんな状況になるのかはわからないが、とりあえずヴィンドソーン以外の場所に王位を継げる者が居れば民も安心するのではないか、との意見が通った。
名目は婚約者候補として伯母であるエリシアラとレコス王国第二王子の間の娘への挨拶と交流、それからレコス王国との文化交流の一環だ。
もちろん、魔王の件が解決すれば、すぐにヴィンドソーンに戻す。それまでにアシュフォードが気に入ったなら本当に婚約を整えてもいいし、そうならなかったとしてもヴィンドソーンは出来る限りレコスに便宜を図る。どうあっても両国の関係は深まるだろう。アシュフォードにはただ避難するのではなく、レコスとの架け橋になるのだと説得するつもりだ。
アシュフォードがレコスへ行くのなら、おそらく護衛騎士も付き従うことになるだろう。
ルティアはジュリエットの顔を思い浮かべて、小さく溜め息を吐いた。




