三十六、親近感
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「国王陛下が倒れた!?」
いつものように王宮を訪れると、ガルヴィードと側近達が暗い表情で佇んでいた。
なんでも、朝食の後に国王が公務に向かおうとして倒れたのだという。
「ただの過労だそうだ。まぁ、あの夢以降、ろくに休めていなかったからな。目覚めてすぐに仕事に戻ろうとするのを母上が腹に一発入れて沈めていた。とりあえず、今日は一日休ませる」
ジュリアラ王妃は優しげに見えて芯の強いお人である。しかし、いいのか。過労で倒れた国王への対応がそれで。
「今日の公務で、代われるものはガルヴィードが代行する。ルティア嬢、悪いが今日のところは国王陛下への説明は出来なさそうだ」
ルティアは頷いた。ガルヴィード達はすぐさま仕事に向かうのだろう。ルティアが城に居ては邪魔になる。
「悪いな。わざわざ来させちまって」
「ううん。帰って女の子のお仕事に励むわ」
ルティアは手を振って退室した。忙しいだろうから見送りも断る。
昨日はハルベリーとクロエに返事を書き、マチルダにも手紙を書いた。今日は他に手紙のやりとりを出来そうな令嬢を探そう。
やる気に満ち溢れたルティアは城からとんぼ返りでもまったく気にしていなかった。
「女の子の仕事って、なんだ……?」
ルティアの出て行った部屋で、ガルヴィードに眉をひそめて尋ねられ、側近達は揃って「さあ?」と首を横に振った。
***
「やっぱり、マチルダ様の知り合いを紹介してもらうのがいいわよね……」
自室でこれまでに参加したお茶会の招待状やらお礼状やらを引っ張り出して令嬢の名前を確認しながら、ルティアはそうひとりごちた。
なんと言っても彼女は顔が広い。社交上手なのだ。おまけに、彼女はなんというか、良いものを見抜く目を持っている。物でも人でも。
人から見向きもされない物でも、自分が良しとすれば躊躇いなく手を伸ばし、不思議とそれが後に流行ったりする。
自分でも「私、商人になったら成功すると思いますの」と宣っていたくらいだ。
そんな彼女が特に仲良くしているのがジュリエット・シャルティエ男爵令嬢だ。
ルティアも何度も顔を合わせたことがあるし、お茶会に誘ったこともある。ただ、ひどく無口なため、あまり会話した記憶はない。だいたいマチルダが代わりに喋っている印象が強い。
ルティアが人脈という名の情報網構築に頭を悩ませていると、折りよくマチルダからジュリエットを伴って訪問したいという先触れが届いた。
「手紙でお友達を作りたいって言ってたから、早速ジュリエットを連れて来ちゃった」
マチルダはそう言って朗らかに登場した。青灰色の地味なドレスを纏ったジュリエットは挨拶の後は相変わらずむっつりと黙り込んでいる。
「なるほど。殿方とは違う情報の仕入先を確保したいという訳ね」
ルティアから事情を聞かされたマチルダは腕まくりしそうな表情になった。
「そういうことなら任せてちょうだい。私も、このジュリエットもルティア様のお役に立てるわよ」
「ありがとう」
ルティアはほっと息を吐いた。マチルダには「魔王の復活を防ごうとしているガルヴィードの手伝いをしたいから」という理由だけ説明している。嘘を吐いているようで少し心苦しいが、ガルヴィードの中に「魔王」がいるかもしれないとは言えないので仕方がない。
「とりあえず、今市井に流れている噂と言えば、シスターコゼットが城に乗り込んで王太子殿下を魔王呼ばわりしたってやつね」
ルティアは紅茶を噴き出しそうになるのをすんでで堪えた。
「そ、そんな噂が……」
「ええ。シスターコゼットが城を訪ねたのは本当みたいだけれど。それから、魔法協会にすごい魔法使いが入ったんじゃないかって噂ね」
「すごい魔法使い?」
「ええ。しばらく前に、魔法協会の建物が突然真っ白な光に包まれたことがあったのよ」
その話は知っている。ルティアはその光景を目にしなかったが、使用人が話していたのを聞いた。
「あれって、新しく入った見習いの魔力が暴走したらしいわよ」
「へぇ……」
「ハルベリー様が魔法協会に入ったことは有名だったから、あれはハルベリー様の魔力じゃ?なんて言われてたわね」
マチルダはころころ笑った。ルティアは親友の顔を思い浮かべた。
「侯爵令嬢が魔法協会なんて前代未聞よ。よく許したものだわ、侯爵夫妻」
「そうよね……」
「ああ、ハルベリー様から魔法協会の様子を聞きたいと思ってるなら、期待しない方がいいかもしれないわ。噂以上のものは聞けないと思う。魔法協会の人間は入会する際に秘匿の誓いをたてるのよ。本来は他人に勝手に魔法を教えてはいけないっていう誓いだけど、魔法協会の中の様子を教えるのも御法度よ。手紙は出す前に検閲されるはずだし」
「そ、そうなんだ……」
ルティアはごくっと息を飲んだ。昨日出したハルベリーへの返事に何かまずいことは書かなかっただろうかと心配になる。
思わず思考がそちらへ飛んでしまい、ルティアはジュリエットから呼びかけられたのに一瞬気づかなかった。
「あの……」
「ふぇっ、はい!」
ジュリエットは思い詰めた表情でルティアをみつめていた。
「手紙をやりとりする時に、もしも急ぎで届けたい場合は、私を使ってもらえないでしょうか?」
「は?」
「お願いします!私……」
「はいはい、落ち着いて。ルティア様が驚いてしまうでしょ。ごめんなさいね、この子、とっても足が速いのよ。ドレスを脱げば男なんかより遙かに」
「はぁ……」
ルティアは目をぱちぱち瞬いた。
「だから、ルティア様が急ぎで届けたい手紙があったら、ジュリエットに頼むといいわよ」
「いや、そんなまさか」
いくらなんでも、男爵家の令嬢を使い走りに出来る訳がない。手紙を届ける場合、普通は屋敷の手の空いている使用人が運ぶものだ。王都外、遠方に届けたい場合は手紙を取り扱ってくれる商会に頼むものだし、間違っても貴族の令嬢に手紙を持たせて走り回らせる訳にはいかない。
ルティアは常識的に首を横に振ったのだが、ジュリエットは悲痛な表情で身を乗り出して来た。
「お願いします!私の家はここから近いですし、手紙を書き始める前に呼んでいただければ書き終えるまでにここまで来れます!使用人に運ばせるより私の方が絶対に早いです!」
「え、と……」
「ごめんなさいねー、ルティア様。この子ね、恋人がいるのよ。第二王子の護衛騎士なの」
マチルダが眉を八の字にして言う。
「あの一日目の夢の最初で、ね……」
「あ……」
魔王はまず、国王陛下と第二王子、その周辺の高位貴族を殺していた。第二王子の護衛騎士ならば、むろんその時に。
「……私、魔王の復活を防ぐためならば、どんな協力でも惜しみません。でも、私なんて人付き合いも下手だし、無力で……どうか、私に出来ることがあったらやらせてください」
ジュリエットの姿を見て、ルティアは勝手に親近感を抱いた。ルティアだって、ガルヴィードを失わないためなら、きっとどんなことでも出来るはずだ。
「わかりました……魔王を復活させないために、どうかお力をお貸しください」
ルティアがそう言うと、ジュリエットはルティアの手をぎゅっと握って何度も頷いた。
***
自分が目を通してもいい書類はすべて持ってこいと命じると、宰相のデイビッド・デューラーは遠慮なく書類の山を持ってきた。
ひたすらそれに目を通して仕訳け、必要なものにサインをしていく。急ぎのものをとりあえず片づけ、ガルヴィードは一息ついた。
「王太子殿下。せっかくですので、殿下の意見も伺っておきたいのですが」
「なんだ?」
一段落つく頃合いを見計らっていたのか、何食わぬ顔でやってきた宰相は一枚の書類を差し出した。
「実は、少し前からアシュフォード殿下を国外に出すべきだという意見が出ておりまして」
「……なるほど」
ガルヴィードは居住まいを正した。あの夢の中で国王とともに真っ先に殺されていた第二王子を救うために、そうすべきだという声があがらないわけがない。
「候補はサフォアとドモンド、それと、レコスか。友好国に頼むか、伯母上の縁を頼るか、だな」
「はい。ただ、うまくことを運びませんと、国民に王族が逃げたという印象は与えたくありません」
「俺が残っていれば大丈夫だろう。アシュフォードを受け入れてもらうためには魔王復活の未来を正式に相手国に説明する必要があるな。既に脱出した国民から情報は漏れているだろうが」
民の国外脱出をすべて防ぐのは不可能だ。国境に面した国々にはヴィンドソーンの異変は伝わっているだろう。
「サフォアとドモンドは隣国だ。避難という意味なら、一番離れているレコスがいいが」
「ええ。実は私もレコスを考えています。というのも、エリシアラ様とレコスの第二王子との間には三人の子がおられまして、姫が十二歳です」
「……アシュフォードを婿に出すつもりか?まだ十三だぞ」
ガルヴィードは眉をしかめた。
「婚約の申し込みのために向かい、人となりを知っていただくためにしばらくの間その国にとどまる。という形が必要なのですよ。他国が納得する理由がね」
デイビッドは悪巧みでもするようにニヤリと笑った。
「確かにそうだが」
「ただ、国外に出すことが逆に危険だった場合を思うと、二の足を踏んでしまいます」
デイビッドはふっと表情を消した。
「あの夢では、他国の状況がいっさいわかりませんでした。他の国が無事でいた保証はない。もしかしたら、ヴィンドソーンよりも悲惨な状況になっていた可能性だってあるのですから」
その通りだ。ガルヴィードは目を眇めて書類を睨んだ。
それに、アシュフォード自身が国民を置いて逃げることを拒否するかもしれない。
剣も魔法も鍛えて、今度こそ魔王から民を守ると息巻いていた弟の姿を思うと、大人しくレコスに行って国難が過ぎるのを待っているとは思えない。
これはこれで頭の痛い問題だな、とガルヴィードは頭を掻いた。




