三十五、女の子の世界
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魔法協会から戻ってくるなり要領を得ないことを喚き始めたフリックとエルンストに面食らいつつ落ち着かせ、ガルヴィードは今日城であったことをかいつまんで説明した。
「はあ!?シスターが!?」
「どういうことなんだ……魔法協会も教会も……」
二人はいつになく焦燥を浮かべている。魔法協会でよっぽどのことがあったのだろうかとルティアは不安になった。
「それでな、父上とアシュフォードにも、俺のことを説明しておいた方がいいと思うんだ」
「ああ……しかし、俺達にもまだよくわかっていないんだ。うまく説明できるか?」
体の中に別の誰かがいて、それが「魔王」かもしれないだなんて、簡単に理解してもらえることではないだろう。
「大丈夫!国王陛下とアシュフォード様もちゃんとわかってくれるよ!だって、私はすぐにわかったもん!ガルヴィードの中に「何か」いるって!」
ルティアは力を込めて言った。
ガルヴィードのことを良く知っている相手なら、自分と同じように気づくに違いないと主張するルティアだが、ガルヴィード以外の三人はふっと息を吐いて目を伏せた。
「……それ、気づいたのはルティア嬢だからだろ」
「俺は全然気づかんかったし」
「好きな相手の中にいる邪魔者だから気づけたんだろうなぁ」
三人はうんうんと頷いた。
ルティアはかあっと赤くなった。
「それで、お前達がさっき言ってた妙な子どもってのはなんなんだ?」
ガルヴィードがフリックとエルンストに尋ねた。
「そうそう!おかしいんだよ!魔法協会なのにレクタル族の子どもがいたんだ。それに、その子どもが妙なことを呟いていてさ」
エルンストが身振り手振りを交えて訴える。
その子どもはガルヴィードが魔王に体を乗っ取られるという内容を呟いていたと。
何故それを知っているのか問い詰めようとしたが、血相を変えて走ってきた魔法協会の職員達に引き離されてしまったという。
「レクタル族なのに魔力を持っていることがわかって引き取ったが、魔力がまだ不安定で危険なので近寄るな。と言われたけどな。どうも何か隠してやがる」
フリックが忌々しそうに舌を打った。
「気になるなら、フルダレム卿に尋ねてみたらどうだ。国外から来たなら在留許可証が発行されているから名前ぐらいわかるだろう」
ガルヴィードが国境警備を担当する大臣の名前を挙げてやると、フリックは難しい顔つきで頷いた。
ルティアもその子どものことが気になった。魔力を持たないはずのレクタル民族の中に、魔力を持つ子どもが見つかっただなんて、王国中で噂になっていたっていいはずなのに。
誰も知らないということは、魔法協会がその子どもの存在を隠している可能性が高い。
(でも、なんで?)
国民はともかく、王家にまで隠す理由が想像できない。ルティアは首を傾げて眉根を寄せた。
魔力を持たないはずの民族からみつけられた魔法協会の子ども。英雄を偽物と断じた神の声を聞いたと訴える大聖堂の修道女。
どちらも、すごい話題になりそうな人物達だ。
ひとたび人の口の端にのぼれば、あっという間に国中に噂が広がるだろう。
(だからかな。大きな騒ぎになれば、その子に勝手に期待したり嫉妬したりする人もいるかもしれない)
レクタルを蛮族と罵る人間が少なからずいることはルティアも承知している。ヴィンドソーンの国民で魔力値が低い者の中には、レクタル族が魔法協会に迎えられたと聞いて面白くない者もいるのかもしれない。
(レクタル族か……会ってみたいな)
話に聞く灰色の髪と目を想像して、ルティアは口元を綻ばせた。
その後は、それぞれの意見をエルンストが箇条書きにしていった。それを元に、ルートヴィッヒがわかりやすいようにまとめた上で後日国王陛下に奏上すると決まった。
帰りの馬車の中で、ルティアは自分にも何か出来ることはないかと考えた。
(ガルヴィードの傍にいるだけじゃなくて、もっと役に立ちたい)
ルートヴィッヒ達がいろいろ調べたり動いたりしているのを見ていると、自分ももっと頑張らなくてはという気になってくる。
だが、今はまだわからないことが多すぎて、何をすればいいのかもわからない。
うんうんと悩みながら帰宅すると、なんだか少し窶れた兄が出迎えてくれた。
なんでも、降るようにやってくる縁談を断るのに忙しい上に、外に出ればご令嬢達からの熱い視線を浴びてやりにくいらしい。執事がこっそり教えてくれた。突然国一番のモテ男になってしまった兄は苦労しているようだ。
「お嬢様。手紙が届いておりましたよ」
「ありがとう」
部屋に戻って着替え、侍女の淹れてくれた紅茶を飲みながら執事から受け取った二通の手紙を開いた。
一通はハルベリーからで、魔法協会の見習い寮で大変だけど楽しくやっている様子、ガルヴィードとはどこまで進んだのかというあけすけな質問、ロシュアの好物や趣味、癖などを教えてほしい、ついでに自分のことを売り込んでおいてくれという下心が綴られていた。
もう一通はクロエからで、急に領地に戻ることになったという知らせだった。
クロエの父であるエイダル卿の領地は国境に近い。近頃は国境を無断で越えて逃亡する国民が多いこと、そしてヴィンドソーンが糧食を溜め込んでいることで戦争準備ではないかと他国が疑いを抱いている故、国境付近の他国の領主と面識のあるエイダル卿が親善のために領地に戻る必要があるらしい。
エイダル卿の領地である西の国境はホーランディア神聖国に面している。ヴィンドソーンの九分の一ほどの面積しかない小国であるが、ゴドランディア教の聖地であるアムレト山を有しているため聖地奪還を唱えた他国軍に何度も攻め入られた歴史がある。そのため、他国への猜疑心が強くヴィンドソーンの動きを不審がっているらしい。
南の国境に面したサフォアとドモンドは友好国だが、ホーランディアは特定の国とは友好・同盟を結ばないと主張しているため交流はほとんどない。エイダル卿を通してホーランディア側の領主に敵意のないことを示すとクロエの手紙には書かれていた。
ヴィンドソーンから国民が逃げるのも糧食を溜め込むのも、戦争準備ではなく魔王との戦いが起きると知っているせいなのだが、他国にそれを説明する訳にはいかないという。ホーランディアに攻め込む意志のないことを証明するためにクロエが向こうの貴族に嫁ぐこともあり得るかもしれないらしく、「信仰心の厚い神聖国に嫁入りしたらエロ本が読めなくなるのでは!?」と日々恐れおののいているとクロエの心情が吐露されていた。
読書家のクロエの手紙は難しい内容がすっきりまとめられていて読みやすかった。
ルティアは手紙を読みながら椅子に沈み込んで足をばたばたさせた。
エロ本が読めなくなるなどとご令嬢にあるまじき心配をしているが、それはルティアを心配させないための気遣いであろう。
ルティアはガルヴィードとの勝負を繰り返してきたおかげでなんでも一通りのことはこなせるが、その反面、これといった特技がない。
ハルベリーのように魔力値が高い訳でもクロエのように賢い訳でもない自分に何が出来るだろう。
とりあえず返事を書こうと椅子から身を起こして、ふっと思った。
現状、わからないことが多すぎる。
ガルヴィードと側近達だけでは調べるにも限界がある。
ルティアは昔、母に叱られたことを思い出した。
ガルヴィードとの勝負にばかり気を取られて、ご令嬢のお友達を作ろうとしない娘にキャサリンは雷を落としたのだ。
どんなに優秀な娘であっても、お友達を作れない娘では貴族の妻にはふさわしくない。お茶会での会話やお手紙のやりとりで、いかに確度の高い情報を仕入れて夫の役に立てるかが妻の仕事であり、小さいうちからその訓練は始まっているのだと。
そう諭されてガルヴィードのいないお茶会にも参加するようになったルティアには、特に仲の良い三人のお友達が出来た。
美しく儚い容姿に反して、誰より行動力があり意志の強いハルベリー。
落ち着いた物腰と大人びた容姿を持ち、飛び抜けた知識量を持つクロエ。
着飾るのが好きで、流行に敏感なファッションリーダーで顔が広いマチルダ。
ルティアは手の中の手紙に目を落とした。
そうだ。わからないことは訊けばいい。女の子には、男には想像できない情報網があるのだ。
魔王云々は伏せたままで、彼女達にお願いして教えてもらうのだ。魔法協会のこと、他の国の歴史や神話、市井の噂。
そう。女の子は男達が知らないことを知っている。男達とは違う目で社会を見ている。
(女の子の意見を聞く!女の子同士で情報をやりとりする!これは私にしか出来ない!)
ルティアは拳を握って決意した。
「手紙を!!書くわ!!」
お茶のお変わりを淹れようとした侍女は、いつもどちらかというと筆不精なお嬢様がやけに熱くお返事を書くことを決意している様子に首を傾げた。
***
ビクトル・ムグズにはもう何が正しいのかわからない。だから、大魔法使いの前に引き出されて六部卿から問いただされても、うまく説明出来なかった。
ただ、妹から頼まれた役目を果たさなければならないと、ぼんやりと思った。
ビクトルの脳裏からは、王太子の体から噴き上がっていた恐ろしい焔が消えてくれない。
本当に、妹の言うように、彼の正体が魔王だったなら。
ユーリ・シュトライザーの圧倒的な魔力を思う。あれと同等の力を、魔王である王太子が持っているのだというなら。
ーーー適うわけがない。
あの力の前では、どんな魔法使いも蟻のように踏み潰されるだけだ。ユーリ・シュトライザー以外は。
「聞いているのか、ムグズ」
「王太子を侮辱してどうするつもりだったのだ。いくら魔法協会といえど、王家を敵に回せば立場が悪くなるだけなのだぞ」
寄ってたかって何か言われている気がするが、ビクトルはもはや周囲の声を聞いていなかった。
ただ、力なく機械的に口が動いた。
「……魔王の、正体を」
コゼットが歌うように言った。ゴドランディアが教えてくれたのだと。
ゴドランディアは我らをお救いくださる。妹はそう信じている。ビクトルだって信じたい。妹を通して、ゴドランディアは我らを救おうとしているのだと。
ならば何故、あの夢の中では20年以上ゴドランディアは誰も救おうとしなかったのだろう。
いや、あの夢は魔王の罠だったか。実際の未来ではないのか。
もう、何もかもがわからない。
とにかく、妹にーーーゴドランディアに命じられた使命を果たして、楽になりたい。
その一心で、ビクトルは口を動かした。
「正体を、ーーー暴く方法があります」
ビクトルは目を閉じた。
この目さえなければ、妹の言うことなど「馬鹿馬鹿しい」と一蹴できただろうか。あの焔さえ見えなければ。
再び目を開けて、目の前の魔法使い達から立ち上る弱々しい靄に、ビクトルは静かに絶望した。




