三十四、噂
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尋ねた相手が本に埋もれて鼾をかいていた。
フリックは呆れて肩をすくめ、エルンストはおもしろそうに目を輝かせた。
「〜ん?……おお、フリックか……テメェが妙な頼みごとするせいでつい徹夜しちまったじゃねぇか」
大口を開けて欠伸しながら、タッセルが起き上がった。
「妙な頼みごとなんかしてないだろ」
「いきなりおとぎ話の詳しい内容を教えろ、なんて、次期宰相様が何を企んでるんだか」
タッセルはにやにや笑いながら、傍に積み上げた書物の山から一冊取ってフリックに放り投げた。
「調べてやったんだから、何を企んでるのか教えろよ。面白そうだ」
「あいにく、トップシークレットだ」
フリックはタッセルの軽口を軽く流して受け止めた本を開いた。
「魔力と身体……?おい、誰がお勉強の本を貸せと言った」
「お勉強は大事だぜ。当たり前のように魔法を使っている人間の中で、何人がその本を読んだことがあるか知らないがな」
タッセルが皮肉げに言うので、フリックは眉をひそめた。ずいぶん古ぼけた本の表紙はすっかり色褪せてしまっている。
ぱらっと目を通してみるが、内容はとくに真新しいことが書かれている訳でもない。魔力はその人間の持つ魂の力であり、生まれた時から魔力量は決まっている。増減することはない。
「これが、なんだって言うんだ?」
「その本を書いた奴は、無名の魔法使いだ。書いてあることも大したことじゃない。自分が疑問に思うことをあれこれ書き綴って、考えたり実験したりしているが、特に目新しい発見も出来なかったようだ。魔法使いの間でも名前が知られていないんだから、書いた本も黙殺されたんだろう」
タッセルは肩をすくめてそんなことを言う。
「だが俺は、ガキの頃にその本を読んで魔法の道に進むと決めた」
フリックは怪訝な表情でタッセルを見つめた。いつも飄々としている男が急に感傷じみたことを言い出したことに少なからず驚いていた。
「魔法使いが当たり前のように魔法を使う世の中で、少なくともそいつは、魔法とはなんだろうと考えたのさ。その本の最後の章で、そいつはこう書いている。『魔力が魂の力だというなら、魔法を使える人間と使えない人間がいるのはどうしてだろう。最初に魔法を使った人間は、どうやって魔法を知ったのだろう。』ってな。その言葉に取り付かれて、魔法史研究のために半ば国を捨てた形になってる。だが、それも潮時らしい」
タッセルはふっと笑ってフリックに白い歯を見せた。
「故郷の親父が風邪で寝込んで急に弱気になったらしい。まぁ、もう歳だからな。今まで好きにやらせてもらったから文句も言えん」
「ドモンドに帰るのか?」
「近いうちに、な。お前に頼まれた白い魔法使いと黒い魔法使いに関する書物はそこの箱に詰めておいた。持って行け。ついでに、その本もやるよ」
タッセルはフリックが持つ古ぼけた本を指さした。
「どんなに正しい事実で社会が凝り固まっていたとしても、頭の中まで固めちまうことはない。考え続けろ」
独り言のような忠告を漏らして、タッセルは再び床に寝ころんでしまった。
目を閉じて静かに横たわる姿に声をかけづらくて、フリックとエルンストは本の詰まった箱だけ持ってタッセルの部屋を後にした。
「ドモンド、か……」
フリックが呟くと、エルンストが声を低めて耳打ちしてきた。
「なぁ、いくらドモンドの人間って言っても、この時期に魔法協会が魔法使いを手放すか?」
魔王の復活に向けて魔法協会が戦力増強に努めているのは明らかだ。一人でも戦える魔法使いを育てたいという時に、既に魔法使い資格を得ている者を簡単に手放すとは思えない。
エルンストの意見に、フリックも確かにそうだと首を傾げた。
「考えられるのは、さっきのがドモンドの貴族ってことだな。それなら家を継ぐために帰るのを引き留めるわけにはいかない」
「でも、魔王の件が他国に広まっちまうぞ」
「それなら恐らく、もう漏れてるだろうさ。あの夢以降、少なくない数の国民が逃げ出しているからな」
国境は警備されているが、逃げる者をすべて捕らえるのは不可能だ。今はまだどの国も半信半疑なのか、或いはどこかが動き出すのを待っているのか、何もしてこないが、それも時間の問題だろう。
「魔王だけでも厄介だっていうのにな……」
ぼやくフリックの隣で、エルンストが「あれ?」と声を上げた。
「どうした?」
「あの子……」
エルンストが指さす方を見ると、庭へ続く石階段に腰掛けてこちらに背を向ける小さい子どもが見えた。
フリックも眉をひそめた。
「あんな小さな子どもが魔法協会に?普通は十二、三までは入会させないのに……非常時だからっていくらなんでも」
「違う。そうじゃなくて、あの髪見ろよ。あの子、レクタル族だ」
言われて改めて子どもを見れば、確かに彼の髪はレクタル族特有の見事な灰色だった。
フリックとエルンストは顔を見合わせた。互いに同じ疑問を抱いたことは明らかだった。
魔力を持たない民族が何故ここに?
「……うーん……よく聞こえない……なんだって?……ああ、もう、はっきり聞こえる時もあるのに……」
近寄ってみると、子どもは頭を抱えてなにやらぶつぶつ独り言を呟いていた。
「あー、また声が遠くなった……全然聞こえないや。もう、なんなんだよ、この声……気味悪いなぁ」
子どもはフリックとエルンストが背後に立ったことに気付かずに、大きな溜め息と共にぼやいた。
「ガーヴィー?さんだかって人の体が乗っ取られて魔王になって、それをアルフリードが倒したってとこだけ聞き取れたけど……なんで、僕にだけこんな声が聞こえるんだよ。僕、この国の人間じゃないのに……っえ!?」
フリックは思わず子どもの肩を掴んでいた。
背後から突然見知らぬ大人に肩を捕まれて真顔で見つめられた子どもは、灰色の目を丸くしてぱちぱちと瞬いた。
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帰ってきたコゼットを迎えた大聖堂の大司教と司教達は困惑を隠しきれなかった。
「いったいどうしたと言うのです……貴女ほどの方が、短慮にも王宮に乗り込むなど……」
大司教は額を抑えた。彼女がやったことを思えば、死罪を賜ったとしてもおかしくないのだ。いくら教会が王家に干渉されないと言っても、それは互いに礼を尽くす前提の話だ。
しかし、コゼットは麗しい微笑みを浮かべたままなんら恥じ入る様子も見せなかった。
「大司教様。私は大陸神様のお言葉を賜り、そのお力を与えられたのです。この国の人々の目を覚まさせるよう、大陸神様は私に使命を与えられたのです」
胸を張り、堂々と主張する姿は真に使命を受けた勇者のように誇りに満ち溢れていた。
彼女がこのように揺るぎない姿で語って聞かせれば、誰もが彼女の言うことを信じるであろう。現に、居並ぶ司教の何人かは陶酔したように彼女をみつめている。
大司教は顔を曇らせ、胸の前で手を組み大陸神ゴドランディアの名を唱えた。
「貴女の外出を禁じます。ただただ神へ祈り続けなさい」
コゼットは一言も不平を漏らすことなく、大司教の言葉に従った。
だが、その従順な姿に、大司教は何故か恐ろしい予感がこみ上げるのを抑えられなかった。
***
「なぁ、おい。聞いたか」
「え?シスターコゼットが城に?」
「第二王子殿下にお会いしたそうだ」
「いや、王太子殿下と話されたと聞いたが」
「ははあ。大聖堂が王家と力を合わせて魔王と戦うんだろう」
「そうだ。王家と魔法協会と教会は我が国の三権だ」
「いや。魔法協会は戦力を集めてるし、王家にはアルフリード様の父となる王太子殿下がいる。それに比べて、教会はどうだ。何の役にも立たないじゃないか」
「おい、罰当たりな」
「……妙な話を聞いた。修道女が王太子殿下を侮辱したと」
「嘘だろう。修道女が捕らえられたなんて聞いていない」
「王太子殿下を侮辱する者などいるものか」
「馬鹿馬鹿しい。王太子殿下の正体が魔王だって?」
「誰がそんな馬鹿なことを」
「……しかし、そういえば、あの夢は……いったいどうやって皆に同じ夢をみせたんだろうな」
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