三十三、祈る女
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にわかに城内が騒がしくなった気がして、ガルヴィードは部屋の外の様子をルートヴィッヒに探らせた。
「大変です。アシュフォード殿下が、敬虔なるシスターコゼットを捕らえられました」
護衛騎士を捕まえて問えば、思いがけない答えが返ってきてルートヴィッヒは驚愕した。
「何で、そんなことに……」
あまりに予想外の事態に、報告を受けたガルヴィードも絶句した。ルティアもアシュフォードの顔を思い浮かべて胸を押さえた。
アシュフォードはガルヴィードの四つ下の弟で、母親似の優しい面立ちをした少年だ。兄であるガルヴィードを心から尊敬しており、自分が全面に立って何かをするよりは兄の支えになりたいと望んでいるのが見て取れる。その彼が、護衛騎士に命じて高名な修道女を拘束したという。
「アシュフォードはどこにいる」
弟を案じたガルヴィードはすぐさま行動を開始した。ルティアとルートヴィッヒを部屋に残し、護衛騎士と共に城の廊下を進む。
アシュフォードの方でもガルヴィードの元へ向かっていたらしく、廊下の途中で兄弟は行き会った。
「兄上!」
「アシュフォード。何があった」
ガルヴィードは普段どちらかというと大人しい弟が怒りに顔を歪めているのを見て、眉をひそめた。
「兄上、大聖堂の修道女シスターコゼットが私に王家への侮辱を聞かせたため、身柄を一時的に拘束せざるを得ませんでした」
「侮辱、とは……」
「お耳汚しになります。ここでは口に出来ません」
「わかった。では、お前の部屋で聞こう」
教会を統合する大聖堂に仕える修道女を拘束したのだ。後ほど、大聖堂からの抗議が上がってくるのは間違いない。アシュフォードが軽はずみな行動をするとは思えないが、事態を把握しておく必要がある。
アシュフォードの私室に通されたガルヴィードは、護衛騎士を下がらせ弟に話を促した。
「シスターコゼットが、アルフリード・ヴィンドソーンを偽の英雄などと侮辱したのです」
アシュフォードは悔しそうに口を開いた。
「何故、そんな……」
「聞くに耐えない妄言でした!あの修道女は、言うに事欠いてあの三日間の夢を魔王が人心を操るためにみせたというのです。それだけではなく、兄上のことをっ……」
アシュフォードがぐっと唇を噛んだ。
「なんだ?」
先を促してやると、アシュフォードはしばしの逡巡の後に吐き捨てるように言った。
「兄上のことをっ、魔王、と呼んだのです……っ!」
「……」
ガルヴィードは目を見開いた。背筋がすーっと冷える。
アシュフォードは青ざめた兄の顔色に気付かずに憤っているが、ガルヴィードは内心で動揺していた。
シスターコゼットとは面識はない。名は聞いたことがあるが、若くして大聖堂に迎えられるほどに敬虔な修道女と讃えられていること以外は何も知らない。
彼女がガルヴィードを魔王と呼んだとアシュフォードは言う。アシュフォードは王家を侮辱されたと憤っているが、ガルヴィードにとってそれは問題ではない。
シスターコゼットはどういう理由でガルヴィードを魔王と呼んだのだろう。
「アシュフォード。シスターコゼットに会いたい。まさか牢には入れていないだろうな」
「もちろんです。南棟の礼拝室に見張りをつけて置いてあります」
王侯や城に勤める者が日々の合間に祈りを捧げられるように設けられた祈りのための小部屋に通されていると知り、ひとまず胸をなで下ろした。
「アシュフォード。俺はシスターに会ってくる。お前は父上に事情を説明し、大聖堂への対応を話し合っていてくれ」
「わかりました」
指示しながら、ガルヴィードは苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。出来れば大事にはしたくないのだが、王太子を「魔王」と呼んでしまった者を処罰せずに解放することは難しい。通常の状態でも不敬ではあるが、三年後に魔王が蘇ると具体的な驚異を前にした日常の中で「魔王」と名指ししたのでは、口が滑ったで済ませることが出来ない。
それにしても、何故かの修道女はアシュフォードに会いに来たのだろう。ガルヴィードのことを本気で魔王と思っているなら、危険な城には近寄らないだろうに。
南棟へ続く回廊を足早に渡る。日のあまり当たらない礼拝室に、コゼットと見知らぬ魔法協会の男が大人しく閉じ込められていた。
「シスターコゼットか?私は王太子……」
「貴方の正体はわかっています。人々を騙すのを止めなさい、魔王」
ガルヴィードの姿を目にするなり、まなじりをつり上げたコゼットが言い放った。
思わず圧倒されかけたものの、気を取り直してガルヴィードはコゼットの前に立った。
「貴女は何故、私を魔王と呼ぶ?何か、根拠があるのか」
最も知りたいのはそのことだ。力強く睨みつけてくるコゼットは本気でガルヴィードを魔王だと思いこんでいる様子だ。
いったい何故、そうなるに至ったのかを聞き出さなくてはならない。
「大陸神様がお知らせくださったのです」
コゼットは挑戦的に眉を跳ね上げた。
「大陸神様は私に使命をお与えになられました。貴方の正体を露わし、人々が間違った未来を選ばぬように導くようにと」
ガルヴィードを魔王と呼びながらも、コゼットは少しも怖れる様子を見せない。彼女の横に寄り添う男が真っ青な顔でガルヴィードから視線を外しているのとは大違いだ。
「お告げがあった、ということか?」
「ええ。祈りの最中に大陸神様の声が聞こえ、そして見えたのです。貴方が残酷に人を殺す未来の光景が」
コゼットの言葉に、ガルヴィードの脳裏に国王を殺した光景が蘇った。あの光景を、コゼットも見たのだろうか。
「それでは、貴方は何故城へ来たんだ?私を魔王と思っているなら、私が恐ろしくはないのか」
「貴方が本性を顕し私を殺せば、城の者は皆、目が覚めることでしょう。人々に大陸神様の教えて下さった真実を伝えるためなら、私の命など惜しくはありません」
コゼットは迷い無く言い切った。ガルヴィードは思わず言葉を失う。ガルヴィードの傍に控える護衛騎士も戸惑いの表情を浮かべてコゼットを見ていた。
ガルヴィードは口元を押さえて思案した。
彼女を罰する訳にはいかないが、このまま帰す訳にもいかない。高名な修道女が神からお告げを受けたと言い、王太子を魔王と呼ぶのを聞けば、信仰心の厚い人々はそれを信じるだろう。下手をすれば教会が敵に回るかもしれない。
それに、もしも彼女が本当に神の声を聞けるのであれば、その内容を知りたい。ガルヴィードとて、まだ自分の中にいる「何か」のことが何もわからないのだ。
「シスターコゼット。貴女は恐ろしい未来を見て私を疑っているのだろうが、私はそんな未来が訪れないように手を尽くしたいと思っている。どうか、私を信じて協力してくれないだろうか」
ガルヴィードがそう申し出ると、コゼットは胸の前で手を組んで祈りを唱え始めた。
ガルヴィードが声をかけても、それに応えずに祈りを続ける。
そこへ、国王の近衛が呼びに来たため、ガルヴィードは肩を落として礼拝室を後にした。
執務室へ足を運び、既にアシュフォードから報告を受けていた国王へ自分が聞いた話も説明する。国王は不快そうに眉を曇らせた。
「なんたることだ。高名なシスターコゼットがこのような短慮な真似をするとは……」
もちろん国王は自らの息子が魔王であるなどと些かも信じてはいなかった。
「誰ぞ、修道女を惑わした者がいるに違いない。すぐに教会に人を送り、誰が仕組んだことか明らかにしよう」
「父上、大聖堂に事情を話し、今はシスターコゼットが不用意な発言をしないように抑えてもらいたく存じます。民を惑わすことになるのは望ましくありませんが、シスターに罰を与えることは出来ませんから」
「しかし、お主を魔王と呼び侮辱した罪がある」
国王は憮然とした表情で言った。
「彼女は神の声と信じて、民を救うために城へ、魔王と疑う私のいる城へやってきたのです。その勇気と民への献身と信仰心に敬意を表して、私への発言は罪に問わぬようお願い申しあげます」
彼女の言う未来は間違いではないかもしれないのだ、とは言えないため、ガルヴィードは言葉を選んで国王へ願った。
国王は不審そうにしていたが、ガルヴィードの言葉を聞き入れてコゼットには厳重に注意し愚かな言動で民を惑わせば次は罰を与えると言い聞かせるだけで済ませると言ってくれた。
ひとまず胸をなで下ろして、ガルヴィードは急いで自分の部屋に駆け戻った。
「ガルヴィード!」
ルートヴィッヒとアシュフォードに囲まれて不安そうにしていたルティアが、ソファから立ち上がってガルヴィードの胸に飛び込んできた。
「兄上……」
「アシュフォード。悪かったな」
「いえ……」
国王への説明の後、アシュフォードもここで兄が戻ってくるのを待っていたようだ。ということは、ルティアとルートヴィッヒも何があったか既に知っているのだろう。
ガルヴィードは弟の肩を叩いて労った。
「とりあえず、シスターには大聖堂から迎えを寄越してもらうことになった」
「お咎めなしですか?」
アシュフォードが不満そうに顔をしかめた。
「不要に民を不安にさせないように命じるから大丈夫だ」
「しかし……」
アシュフォードは納得できない様子だったが、ガルヴィードが苦笑いを浮かべながら大丈夫だと説得すると渋々引き下がった。
「ルートヴィッヒ」
「ああ」
アシュフォードが出て行った後、人払いを済ませた部屋でガルヴィードはルートヴィッヒに告げた。
「こうなっては、父上とアシュフォードにも説明せざるを得ないだろう。フリックとエルンストが戻ってきたら、どう伝えるべきか相談したい」
「ああ。きちんと説明して協力を仰ぐべきだろうな」
ルートヴィッヒも同意した。
「ルティア、お前はもう帰れ」
「いや!」
ルティアは一層強くガルヴィードにしがみついた。
「私だってちゃんと説明するもん!ガルヴィードは魔王じゃないって!」
このまま家に帰されてたまるかと、ルティアは力の限りガルヴィードにしかみついて叫んだ。
アシュフォードから修道女がガルヴィードを魔王と疑っていると聞かされた時から、ルティアは不安で仕方がなかった。
誰かがガルヴィードを疑っている。
そう思うと、居ても立っても入られなくなった。
ガルヴィードを疑う人がいる。それなら、自分は絶対にガルヴィードから離れてはいけないと直感した。
(私は、きっと、あの未来でガルヴィードから一度離れてしまったんだ。そして、ガルヴィードは……)
縋るガルヴィードを拒絶する自分の姿を思い浮かべて、ルティアはぎゅっと唇を噛んだ。
(私は、絶対にガルヴィードから離れない!何があっても)
自分が傍にいる限り、ガルヴィードは決して負けたりしない。
ルティアはそう信じていた。




