三十一、蠢動
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部屋の外からこっそりと中を伺うと、ガルヴィードが一人でソファに腰掛けているのが見えた。
「ルティア?」
あっさりとみつかって、ルティアはびくびくと身を震わせた。
「何やってんだ?」
「……みんなは?」
「あん?フリックとエルンストは魔法教会に行った。ルートヴィッヒは図書館で調べ物だ」
ガルヴィードは涼しい顔で言った後で眉をひそめて「なんで入らないんだ?」と尋ねた。
(なんでそんなに普通にしてるのよ!?)
ガルヴィードがあまりにも平然としているので、ルティアは顔を赤くして憤った。昨日家に帰ってからも、今日ここに来る間での間も、ルティアはガルヴィードに言われたことを思い出しては大いに狼狽えていたというのに。
それなのに、ガルヴィードの態度があっけらかんとしすぎていて、ルティアは昨日の台詞は聞き間違いだったんじゃないかと思い始めてきた。
(聞き間違い……そうだよね。ガルヴィードが恋なんて……恋……なんて)
ルティアは平静を装いつつ近寄っていき、ガルヴィードの隣にすとん、と腰を下ろした。ただし、いつもより座る位置が拳三つ分くらい離れていたが。
「……何読んでたの?」
「ああ。教会からの訴えだ。あの夢以降、国民の信仰の薄れが深刻なんだとよ」
ガルヴィードは手にした書類の束を軽く振って見せた。
「信仰の大切さを説くために大聖堂で大陸神への祈りの儀式を執り行うから、王族に出席してほしいっていう内容だ。特に英雄の父である俺には絶対に出てほしいんだろう」
「ふぅん……もしかして、私にも出席してほしいって手紙来るかな?」
「いや。俺宛の訴状に一緒に書いてあるぞ。「王太子妃となるギーゼル伯家のご令嬢と共にご参加願います」だと」
「……」
完全に王太子妃扱いされているのを知って、ルティアは赤面して押し黙った。
「面倒くさいが、教会・魔法協会との繋がりは深くしておきたい」
「そうね……」
これから先、協力を仰ぐこともあるだろう。仲良くしておくに越したことはない。
「教会だけじゃなく、魔法協会にも一度顔を出しておくか。それから……」
ガルヴィードは書類を睨みながらぶつぶつ呟く。ルティアはその端正な横顔をぼーっと眺めた。
ちなみに、戸口には侍女が待機しているし、扉は開かれている。ガルヴィードが同じ過ちを犯さないよう、ルティアと会う時は側近の同席もしくは侍女を立たせることと言いつけられているのだ。
「大魔法使いにも意見を聞きたいが、大魔法使いに面会を申し込むには国王の許可がいるんだよな……父上には、いつ打ち明けるか……」
ガルヴィードが書類に夢中なので、ルティアはちょっともやもやした。横顔をじーっとみつめているのに、ちっともこっちを向かない。ルティアはむぅ、と頬を膨らませた。
頬を膨らませながらも熱心にみつめる瞳はきらきらと輝いて愛しみが溢れていて、侍女の目にはそこだけ空気に可愛いお花が咲きそうな雰囲気に見えた。
「うわっ……嫌だ。こんなほやほやあまあまな空気だと知っていたら、来るんじゃなかった」
大量の本を抱えたルートヴィッヒが、戸口に立つなりげんなりとした表情でそんな後悔を吐き出した。
「おう、何かわかったか?」
「いや、目新しいことは何も」
侍女を下がらせて部屋の扉を閉め、ルートヴィッヒは持ってきた本をテーブルにどかっと下ろした。大陸史に国史、宗教関連の本ばかりだ。
「天にいます神々は、命を生み出す乙女を創り愛した。愛された乙女は海の一番いいところに横たわることを許され、眠りに就いた。彼女の体の上にありとあらゆる生命が生まれ、乙女は大陸神と呼ばれるようになった。乙女の名はゴドランディア」
ルートヴィッヒがそらで口ずさんだ。
この大陸に存在する国々の歴史は、皆同じ大陸神ゴドランディアの誕生で始まっている。そこからは国によって様々だが、ここまでは共通しているのだ。
「やがて人間が生まれると、争いが始まった。生命を殺す人間の行いに怒ったゴドランディアは人間を滅ぼすと脅した。心を入れ替えた人間達は争いを止め、国を創った。ゴドランディアは最初に争いを止めたヴィンドソーン族に魔力を与えた。他の国にも魔力を与えた。だが、レクタル族だけは魔力を与えられなかった」
「なんで、レクタルだけは魔力を貰えなかったんだろう?」
ルティアは首を傾げた。
子どもの頃にちゃんと習ったはずの建国史だが、今まで気にしたことはなかった。
「レクタルが最後まで争いを止めなかったから、と言われているな。レクタルを蛮族と罵る根拠の一つとなってしまっている」
ルートヴィッヒが眉をしかめて答えた。
それから、一冊の本を開いてガルヴィードとルティアに見せた。
「うちの建国の神話は今の通りだが、サフォアとドモンドの建国神話には白い魔法使いと黒い魔法使いが出てくる」
ガルヴィードがルートヴィッヒが示した部分を読み上げた。
「『争ふな。さあらねば、我、人を絶やしたり』……ここまでは同じだな。この後が少し違う。『人々大いに恐れ、二人の子、神の怒りに許しを講ふ。祈る心真なれば、神の怒り解けて、子らに祝福与えん。二人の子、白き魔力と黒き魔力を得たり。人々大いに喜ぶ』」
神に争いを止めねば滅ぼすと脅された人間達が、二人の子どもを神に差し出した。神は二人の祈りに怒りを解いて、二人の子どもに祝福を与えた。すると、子ども達は白い魔力と黒い魔力を得た。
「これが白い魔法使いと黒い魔法使い?」
「続きを読んでみろ」
「えーっと……『白き魔力得し子、人々に白き力分け与えたり』?」
「『人々、白き魔力を得たり』……白い魔法使いは神から与えられた白い魔力を他の人間に分け与えることが出来たらしいな」
ルティアは驚いて口を開けた。
「そんなこと出来るの?」
「出来たってことになっている……ヴィンドソーンでは、魔力は争いを止めた褒美に神から直接与えられたもの。サフォアとドモンドでは、神から力を与えられたのは二人の子どもで、その子どもから魔力を分けてもらったことになっているな」
「そして、ここからが俺達も知っているおとぎ話の内容になる。黒い魔法使いは悪しき心を持ち、白い魔法使いと戦う。白い魔法使いは黒い魔法使いを倒すが、自身も命を落とす。死の間際、自分は白い石に姿を変え人々を見守る。この石を正しき者に与えろ。と言い残して白い巨石に姿を変える」
「サフォアの魔石だな」
ガルヴィードが本から目を離してソファに沈み込んだ。
もしもゴドランディアの教典の中に白い魔法使いと黒い魔法使いの話があるとしたら、サフォアはそれを採用してヴィンドソーンは採用しなかったということだ。
「まあ、サフォアの建国神話なら魔石のことに触れない訳にはいかんだろうからな」
ルートヴィッヒも頷く。
「ざっと他の国の建国神話も読んだがな。白い魔法使いと黒い魔法使いが出てくるのは、サフォアとドモンドの他は、レコスだけだった」
「レコス?」
ガルヴィードとルティアが目を丸くした。
「魔力を持たない民の国の神話に、魔法使いの話が出てくるのか?」
「おう。でも、あまり詳しく書かれていないんだ。レコスについての書物も少ない。まあ、エリシアラ様が嫁ぐまで、ほとんど関わりのなかった国だからな」
ガルヴィードの母、ジュリアラの姉エリシアラ・クレードルはレコス王家の第二王子に嫁いでいる。
だが、ルートヴィッヒの言う通り、それ以前は絹を買うための最低限の交流があるぐらいで、レコスに関する情報は少なかった。いまだに、魔力も持たない蛮族の国などと見下す輩も多い。
「レコスの建国神話は……ああ、ここだ。『大陸にまだ国のない時代、レクタル族とヴィンドソーン族は互いを滅ぼそうと戦った。それ故、神の怒りに触れ、双方の一族から一人、子を生け贄に捧げることになる。選ばれし子どもの名は……ユロクト・レクタル』」
ルートヴィッヒが読み上げた。
その瞬間、ガルヴィードの頭の奥が、キィ……ンと何かを突き通されたように痛んだ。
「っあ……っ?」
「ガルヴィード!?」
痛みに顔を歪めて頭を押さえたガルヴィードを、ルティアが横から支えた。
「大丈夫?」
「痛……あ、頭が、割れそうだ……っ」
激痛に顔を歪め、ガルヴィードは呻いた。ルティアの心配する声も、ルートヴィッヒの医者を呼ぶ声もかき消すぐらい、ズキンズキンと響く痛みが激しい。
頭の中で、誰かが暴れているようだ。
腹の底から何かがせり上がってきて、ガルヴィードの胸から頭まで飲み込もうとするかのようだ。
「ふっ……ぐ……」
ガルヴィードは遠のきそうになる意識を必死で引き戻した。
飲まれる。
これに飲まれたら、自分はおしまいだ。そう直感した。
耐えろ。耐えろ。耐えろ。
「ガルヴィードっ!!」
ルティアがガルヴィードの頭を抱いて胸に包み込んだ。
そのぬくもりを感じて、頭の痛みが僅かに和らいだ。
「ルティア……」
腕を伸ばして小さな体を抱きしめた。ルティアの鼓動の音が聞こえて、それを聞いているうちに痛みは引いていった。ガルヴィードを飲み込もうとしていた「何か」が、力を失っていく。
ーーーお前にこの体は渡さない。今度こそは。
ルティアを抱きしめたまま、ガルヴィードは自分の中の何者かに向かって告げた。
***
来客を迎えることは珍しいことではないが、何故自分に会いに?とアシュフォードは首を捻りつつ客の待つ部屋に向かっていた。
これまでは教会や魔法協会の関係者は国王か王太子であるガルヴィードに謁見を申し入れてきたはずで、第二王子であるアシュフォードは特に彼らとは懇意にしていない。近々魔法協会を訪ねるつもりではあったが、現時点で向こうからアシュフォードに何の用があるというのだろう。
しかしまあ、王族の一員として、丁重に迎えなければなるまい。
「お待たせしました」
王宮の中に来客を迎えるための部屋はいくつかあるが、その中でも最も小さい部屋で客人は待っていた。非公式の面会であるため、出来るだけ簡素にと向こうから望まれたためだが、やはりもう少しいい部屋で迎えるべきだったのでは、とソファの横に立つ清廉な姿を目にしてアシュフォードは思った。
「突然の申し出にも関わらず、お時間をいただきありがとうございます。アシュフォード王子殿下」
「いえ、こちらこそ。高名な貴女にお目にかかれて光栄です。シスターコゼット」
二十歳の若さで大聖堂に迎えられた敬虔な修道女コゼットの噂はアシュフォードの耳にも届いていた。実際に会ったのは初めてだが、清廉で儚げでありながらも、一本筋の通った力強さを感じさせる立ち姿に、アシュフォードは少し圧倒されかけた。彼女の横には、何故か魔法協会の職員の格好をした若い男が立っている。
「しかし、なぜ私に会いに?国王陛下もしくは王太子殿下へ取り継いだ方がよろしければそう致しますが……」
アシュフォードはまだ成人前の十三歳だ。本格的な公務も始まっていないため、高名な修道女に何かを望まれても応える術がない。
しかし、シスターコゼットは慈しむような瞳でにっこりと微笑んだ。
「貴方様でなければいけないのです。アシュフォード王子殿下」




