三十、魔法協会
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アンソニーの身に起きたのは、カークに起こったことと同じだった。魔石に直接触れたことにより、魔石の魔力が体に吸収されてしまったのだ。
カークの場合は小さな魔石だったから体に影響はなかったが、アンソニーは一気に大量の魔力を吸収してしまったことで、体と精神に莫大な負担がかかったのだという。
「幸い、一晩経ったら意識を取り戻した。魔力の状態は不安定だが、いずれ落ち着くじゃろう」
シャークローの言葉に、ユーリは少しだけほっとしたが、安堵は出来なかった。
「じゃが、あれ以上の魔力を吸収していたら、恐らく精神が壊れていたじゃろう。……本人の希望もあって、アンソニー・マーベルにはここを辞めて家に帰ってもらうことになった」
ユーリは息を吸い込んだ。
「……僕も、辞めたい」
小さな声で漏らしたが、六部卿に動揺が走った。シャークローは黙っている。
ユーリはきっと顔を上げて幹部達を睨みつけた。
「僕の創った杖が、あんなに危険なものだなんて知らなかった!またあんなことが起きないように、僕はここから出て行く!」
ユーリの目の下には隈が出来ていた。昨夜は恐ろしくて眠ることが出来なかったのだ。目を閉じると抜け殻のようになったアンソニーの姿が蘇って、彼が元に戻らなかったらどうしようと生きた心地もしなかった。
初めて、自分の力が恐ろしいと思った。魔法使いになど、なりたくないとも。
レコス王国に帰って、行商の息子として生きる方がいい。父も母も温かく迎えてくれるだろう。家に帰りたい。
だが、シャークローはユーリの主張を重々しく退けた。
「それはならん。お主を失うわけにはいかんのだ」
「何でだよっ!僕はあんた達に従わなきゃならない理由はないっ!!」
ユーリが自分の国に帰るのに許可を得る必要などないはずだ。ヴィンドソーンにユーリを縛り付ける権利などない。
だが、シャークローは首を縦に振らなかった。
「お主にはここにいてもらう。お主の力は皆の命を救うために必要なのだ」
ユーリはシャークローを睨みつけた。訳もわからず連れてこられて、才能があるからここで修行しなさいと言われた。他国に一人で残されることには不安を感じたが、魔法使いになれるのならきっとレコス王国の役に立てると思って受け入れた。
魔力を持たないために苦労してきた自国の民のために、役に立ちたかっただけだ。
ヴィンドソーンの民のためじゃない。
「あんた達は僕に何をさせるつもりなんだよ!?「魔王」って奴と戦えっていうのか?嫌だよ僕は!なんで僕がなんの恨みもない奴と戦わなくちゃいけないんだ!」
ユーリは怒鳴った。ヴィンドソーンが何と戦おうとしているのか知らないが、レコスの民であるユーリが巻き込まれていいはずがない。
そう主張して睨みつけてくるユーリに、シャークローが溜め息を吐いて肩をすくめた。
「お主に何も話さなかったことは謝罪しよう。正直、わしも迷っておった。心を決められなかったのじゃ。お主はあまりに幼い。十にも満たぬ幼子を戦力に数えていいのかと。だが、手放すにはお主の力はあまりに膨大すぎる」
シャークローが立ち上がって軽く杖を振った。
瞬間、ユーリの脳裏に知らない光景がぱらぱらとめまぐるしく映った。
突如降り注ぐ恐ろしい魔法の力。息絶える人々。絶望に沈む国。現れる英雄。
ユーリは頭を押さえてふらりとよろめいた。
「……わしの記憶の一部をそなたに見せた。それは、ヴィンドソーン王国の全国民がみせられた未来の夢じゃ」
「う……」
恐ろしい光景を見せられて、ユーリは口を押さえて吐き気を堪えた。
「今、この国では魔王と戦うための力を欲している。お主はまさに、我々の救世主となってくれるかもしれぬ存在なのじゃ」
シャークローの声がどこか遠くに聞こえる。
「その夢が真実かはわからん。だが、我々は三年後に魔王が蘇るものと考えて動かねばならぬ。国が滅びるのを座して待つ訳にはいかんのだ」
国が滅びる。
ユーリはふと、国が滅びる光景を、以前にもみたことがあるような気がした。
「その夢ではヴィンドソーン以外の国がどのような状況かはわからぬ。レコス王国には被害がないのかもしれん。だから、お主が戦う理由はないのかもしれない」
ユーリは足を踏み直してまっすぐに立った。
「なっ……?」
六部卿がガタガタと椅子を蹴倒して立ち上がった。ユーリの前に、シャークローが跪いたからだ。
大魔法使いシャークロー・ゴドウィンは、ヴィンドソーン王立魔法協会の頂点であり、大陸に並ぶ者のない唯一無二の存在ーーーであるはずだった。
「そこを曲げて頼む。どうか、魔王を倒すために力を貸してはくれぬか」
六部卿は声を失った。すべての魔法使いの頂点に立つ大魔法使いに、膝を突かせる存在が、生まれてしまった。
まだ、たった八歳の子どもだ。
六部卿は皆、魔法協会で育っている。大魔法使いシャークローは彼らが子どもの頃から大陸一の魔法使いで、彼より偉大な魔法使いなど存在しなかった。
だから、認め難い。シャークローが、たった八歳の子どもに跪くなど。
悔しくて、六部卿はそれぞれ唇を噛んだり拳を握りしめたりした。だが、一番悔しいのはシャークローに違いない。
あの夢の中で、シャークロー始めとする魔法使いは、何の役にも立っていなかったのだから。
六部卿の一人、シャリーナ・アゼルジャンは唇を噛みしめたまま、シャークローに習って膝を突いた。
その隣に、クロットア・ボタルゼが跪く。
「ちっ」と舌打ちが聞こえて、マルクス・ヤプセンがどかっと膝を床に打ち付けた。苦悶の表情を浮かべたヒルデガルド・ソナーが並ぶ。
最年長のヘクター・ガロアが重い溜め息と共に四人に習う。
最後に残されたエイブラハム・モンキスは頭に血を上らせてぶるぶる震えていたが、ややあって、顔を屈辱に歪めて跪いた。
「どうか、この国に留まってほしい」
たったそれだけの願いのために、ヴィンドソーン王立魔法協会の最高幹部、大陸で最も優れた魔法使い達が、八歳の少年の前に跪いていた。
ユーリは頭を垂れる大人達を声もなく見守っていた。
大陸一の大魔法使いを跪かせても、ユーリは得意な気になど一切ならず、むしろ何か薄ら寒い気になった。
逃げられないという想いが、ユーリの胸にひしひしと迫ってきた。
***
訓練棟に戻ってくると、周りからの視線が突き刺さった。
どういう話に仕立てたのかは知らないが、ユーリとアンソニーが揉めて、アンソニーがここからいなくなることは既に広まっているようだ。
ユーリは足早に部屋に戻った。
***
「そういえば、ビクトルはどうしたのじゃ。姿を見ておらぬが」
ユーリが出て行った後の部屋で、シャークローが尋ねた。
「二日前、サフォアの王女を王宮へ案内した後、一度戻ってきてまた出て行きました。なんでも、妹が病のため傍についていてやりたいと」
「妹……というと、シスターコゼットか。ふむ」
「呼び戻しましょうか?」
少し考えて、シャークローは首を振った。
「いや、今は教会は大変なのじゃろう。あの夢の後、英雄を崇める動きが膨らみ、大陸神への信仰は薄れていると聞く」
魔王に滅ぼされかけている時も大陸神はお救いくだされなかった、と信仰を捨てる者が少なからず報告されている。
「シスターコゼットは敬虔な修道女じゃ。現在の状況は辛いものじゃろう。ーーーわしにも気持ちは少しわかるよ」
栄えある魔法教会が、魔王を前に何も出来なかったのだから。シャークローはそう言って、ビクトルの休職を認めた。
***
部屋に戻ってきても何をする気にもなれず、ユーリはベッドに寝転がった。訓練に向かうべきなのだろうが、今はまだ杖を見たくない。あの時からずっと、杖は空間に仕舞いっぱなしだった。
今は何も考えたくない。ユーリは頭をからにしたくて目を瞑った。
目を瞑ると、瞼の裏に無理矢理見せられた光景が蘇る。
この大国ヴィンドソーンが一人の魔王に亡ぼされるだなんて、にわかには信じ難い。
それに、騎士や魔法使いが束になっても適わなかった魔王を、一人の少年が倒してしまうのも不自然だ。もちろん、あのアルフリードという少年が果たした役割が大きいことは理解できる。絶望に沈んで滅びを待つばかりだった人々を鼓舞し、再び立ち上がらせたのだから。
だが、あの少年が本当に魔王を倒したのだろうか。
あの少年が何かに剣を突き立てて倒したのは見た。だが、倒された者の姿は見えなかった。
あれは、本当に魔王だったのだろうか。魔王だったのなら、何故、目の前の剣を持った少年を、魔法で倒さなかったのだろう。
ユーリはあの少年のことが気になった。そんなわけがないのに、どこかで見かけたことがあるような気もする。
あの少年、この国の王家の血を引く英雄。名前はーーー
「……アルフリード、ヴィンドソーン」
ぽつりと呟いた。
その瞬間、
『あーっ!やっと繋がった!!』
喜色満面の声が頭の中に響いて、ユーリは驚いて飛び起きた。
「な、なに……?」
『驚かせてごめん!でも、良かった!全部、キミのおかげだ!』
戸惑うユーリの頭の中で、少年の声が響いた。
『僕の名前は、アルフリード・ヴィンドソーン!キミの魔法のおかげで、ここに来れた!』




