二十九、悲鳴
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「しかし、わからんなぁ」
無事、二人の世界から帰還したルティアとガルヴィードの前で、フリックがぼやいた。
「なにがだ?」
「ガルヴィードは国王陛下を弑し奉っている夢をみたんだろ?そもそもその夢をみせたのは誰なんだ?あの三日間の夢にしても、誰が、どうやって、国民全員に夢をみせたんだよ」
フリックの疑問は誰もが薄々抱いている疑問だった。三日間の夢に関しては、アルフリードが警告と早く産んでほしいという望みを伝えるためにみせたのであろうが、いったいどうやって国中の、しかも過去の人間に同じ夢をみせるだなんて芸当が出来たのだろう。それに、ルティアやガルヴィードがみた未来の夢も三日間の夢と同じくアルフリードからの警告だったのだろうか。
「夢については、そういうことが可能か魔法協会に調べてもらうしかないな」
「そうだな」
頷きながらエルンストが今日話し合った内容を帳面にすらすら書き付けていく。一度耳にしたことを簡潔に書き表していくのは彼の特技だ。
「それと、一応黒い魔法使いのことも調べたいな。もっと詳しい伝説を知っている奴はいないかな?」
皆で頭を捻る。ルティアはあることに思い至って「あっ」と声を上げた。
「もしかして、これって神話の一部なんじゃない?ゴドランディアの教典に出てくるかも!」
大陸神ゴドランディアは大陸の国々が共通して崇めている神だ。ルティア達も貴族の嗜みとして教典は読み通している。ただ、彼らが読んだのは正史とされる「聖典」のみだ。
ゴドランディアの教典は膨大な数があり、どれを「聖典」としてどれを「偽書」とするかは国によって違う。
「なるほど。大陸の国々に似たような話が伝わっているのだから、出典が教典の一つという可能性はあるな」
ヴィンドソーンでは正史とされていない「偽書」の中におとぎ話の元となる話が入っていて、その話を「正史」としている他国からただのおとぎ話として伝わってきた、という可能性はなくはない。
「でも、「偽書」だとするとうちの国の図書館にはないかもな」
「それなら、魔法協会の知り合いに聞いてみる。ドモンド出身で、魔法史研究に身を捧げている奴なんだが、とにかくありとあらゆる書物に目を通している読書狂だ」
フリックが少し嫌そうな表情で前髪を掻き上げた。
「とにかく、今はまだガルヴィードと「魔王」の件は俺達以外の誰にも知られないようにしよう。何もわかっていないのに下手なことを言って、国民を不安にさせるわけにはいかない」
ルートヴィッヒの言葉に全員が頷いた。
***
ルティアが帰りの馬車に乗り込むまで、ガルヴィードが見送りについてきてくれた。
「じゃあな」と言ってルティアのまっすぐな金の髪を指で梳くので、お返しに少し癖のある漆黒の髪を軽く引っ張ってやった。
「あ、そうだ」
聞きそびれたことがあって、ルティアは馬車の窓から顔を出してガルヴィードに尋ねた。
「気になったんだけど、ガルヴィードが自分の意思を出すのを「何か」は苦しめて邪魔してたんでしょ。私といる時も苦しかったんでしょ?苦しいのに、なんで私を遠ざけなかったの?」
ガルヴィードが興味や好意を抱くものはすべて苦痛で抑えつけられて遠ざけられたのだと言っていた。それなのに、ルティアとは苦痛に耐えてでも一緒にいようとしたのは何故だろう。
ルティアがそう尋ねると、ガルヴィードはきょとん、と目を丸めた。
「なんでって……そんなの、俺だって知らねぇよ」
眉をひそめて、ガルヴィードが言う。ルティアは「むぅ」と口を尖らせた。
「俺だって、他のものよりも強くお前に執着した理由なんか説明出来ねぇよ。そういうの上手く出来るほど詩作は得意じゃないからな。理由なんて無くても、苦痛に耐えてでも傍に置きたかったってだけだ。そういうのを、恋っていうんだろ、たぶん」
そこで馬車が走り出したので、ガルヴィードはルティアに手を振った。ルティアも手を振り返して、遠ざかっていくガルヴィードをみつめた。
それからしばらくして、馬車の中で「ふえ!?」と素っ頓狂な悲鳴が上がった。
帰宅したルティアが真っ赤な顔でふらふらしていたため、それを目にしたロシュアが「またあのクソ野郎に何かされたんじゃないだろうな!」と言い出して一頻り騒ぎになったのだが、ルティアが必死に止めたために手袋が持ち出されることはなく済んだ。
止めたのが自分だけで、父母及び使用人達が「やっちまえ!」モードだったことはルティアにとって解せなかったが。
***
ユーリは自室で寝転がりながら杖を眺めていた。
一昨日、綺麗な女の人があんぐりと口を開けて杖を凝視していたが、彼女は誰だったのだろう。
どうも、魔法協会は自分にすべてを教えるつもりはなさそうだとユーリは思う。
気になるのは「魔王」がどうとかいう話だ。魔王と戦うとかなんとか、物騒な情報の欠片が聞こえてくるのだが、誰に聞いても詳しくは教えてくれない。カークに聞いたら何か言おうとするように口を開ける動作を何回も繰り返しては黙り込むものだから、明らかに下っ端が勝手に話してはいけない情報なんだな、と理解して聞くのを諦めた。
問いつめるなら、大魔法使いだ。明日は彼から「魔王」について聞き出してやるとユーリは決意し直した。
その時ちょうど扉がノックされたので、ユーリは杖を壁に立てかけて扉に歩み寄った。
ユーリの部屋に訪ねてくるのなんて、カークか幹部連中のお呼びだしかのどちらかなので、警戒もせずに扉を開けた。
だが、そこに立っていた少年を見て、ユーリは僅かに眉をしかめて困惑の表情を浮かべた。
「よぉ」
マーベル子爵家の三男と、その後ろに二人の少年が立っていた。
「……何か?」
ユーリは硬い声で尋ねた。マーベル家の三男ーーー確かカークがアンソニー・マーベルという名だと言っていたーーーは侮蔑を隠しもせずに「ふん!」と鼻で笑った。
カークからは「何を言われても相手にするな」と忠告されているし、商人の息子としては大国の貴族から睨まれたくはない。穏便に立ち去ってもらいたいのだが、と願ったものの、態度を見るにそれは難しそうだ。
「どうした?顔色が悪いぞ。いつもクヴァンツの後ろに隠れているから、一人じゃ不安なのか?」
マーベル家の三男アンソニーは尊大な態度でユーリを見下ろす。ユーリは溜め息を吐きたくなるのをぐっと堪えた。カークと同じか一、二は年上だろうに、八歳児に本気で絡んでこないでほしい。絡んできたのはカークも同じだが、カークにはユーリへの敵意はなかった。だから、ユーリも軽口を叩けたのだ。
こうして敵意を向けられると、貴族相手にユーリが出来ることはない。いかに魔法協会の中では身分は関係なく平等とうたわれていても、実際には貴族と平民の間には明確な隔たりがある。貴族は貴族で固まっているし、平民は平民で固まっている。文句を言いつつもユーリが近寄ってくるのを容認しているカークが単に寛大なだけなのだ。自覚はないかもしれないが。
「なんで、答えない?蛮族ごときが俺を無視できると思っているのか?」
ユーリが黙っていると、アンソニーは足を踏み出して迫ってきた。思わず後ずさると、アンソニーが部屋の中に足を踏み入れてくる。
「……何かご用ですか?」
「ふん。お前に用などない。用があるのはその杖だ」
ユーリは咄嗟に壁に立てかけてあった杖を手に取って背中に隠した。それを見てアンソニーが顔を歪める。
「どうやって取り入ったのか知らないが、魔石の杖など蛮族が持つには過ぎたものだ。寄越せ」
ユーリが魔石を創ることが出来るというのは機密であり、口止めされている。故に、この杖は大魔法使いからユーリに与えられたということにされていた。ユーリの魔力が膨大すぎて、通常の杖では負荷に耐えられないからという理由で。
だが、どうやらユーリが強力な魔法を使えるのは杖のおかげだと考える連中もいるらしく、嫉妬の目で見てくる者がいることにはユーリも気づいていた。
「無理です。お引き取りください」
「貴様!蛮族の癖に逆らう気か!」
アンソニーが掴みかかってきたため、ユーリは彼の横を走り抜けて逃げようとした。だが、取り巻きの二人に前を塞がれてしまう。
「大人しく寄越せ!」
アンソニーが手を伸ばして、ユーリの杖に手を触れた。
途端、アンソニーが触れた部分が、ぐにゃりと溶けるように崩れた。
「えっ?」
驚くユーリの目の前で、ぐにゃぐにゃと崩れた杖がアンソニーの手のひらに染み込むように消えていく。カークが魔石を拾った時と同じだ。
「……あ、……あ」
アンソニーがガクガクと震え出した。
「あ……な、あ……あは……はぁっ、はふ……はっ……」
目を見開き、息が荒くなり、膝が前後に大きく揺れる。杖に触れたアンソニーの手が、手のひらを中心に白くなっていく。
「!?」
何か異常なことが起きていると察して、ユーリは咄嗟に杖を消した。杖が消えると、アンソニーの体は力を失ってその場に倒れた。
「おいっ!?」
仰向けに倒れたアンソニーは、短い呻きを繰り返しながら、びく、びく、と痙攣している。見開いた目は何も映しておらず、口の端からは涎が垂れている。
「ひっ」
「ひ、人殺し!」
「えっ……?」
取り巻きの二人が悲鳴をあげ、怯えた眼差しを向けて走り出ていく。
ユーリは取り残されたアンソニーの傍らに立って、呆然としていた。
やがて、ばたばたと足音がして、数人の大人達が駆け込んできて、倒れたアンソニーを見て何か怒鳴っていた。
アンソニーは彼らに運ばれていき、ユーリはその場にへたり込んだ。恐怖が今頃体を震わせた。
何が起きたのかわからないが、自分が創った杖に触れた途端、アンソニーは様子がおかしくなった。間違いなく、杖が原因だ。
ーーー僕は、何を創ったんだ……?
ここに来て初めて、ユーリは自分の力に対して恐れを抱いたのだった。




