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二十六、決闘と勝者



 ***




「どういうことですの!?」


 事前に訪問の調整をしていたというのに、「国王陛下はただいま戻って参りますので、少々お待ちください!」と案内役の近衛騎士に頭を下げられて、ヘリメナは憤慨した。

 そっちが呼んだ癖に、謁見の間に待機していないなど許せるわけがない。問いつめて白状させれば、国王は決闘の見物に出ているというではないか。


「どこの馬鹿が決闘なんて野蛮な真似しているか知りませんけど、そんなことで私を蔑ろにするだなんて許せませんわ!!」


 いかにヴィンドソーンといえど、サフォアの王女に対するこの無礼は目に余る。

 ヘリメナが激怒するのも無理からぬことだった。怒りが爆発したヘリメナは近衛騎士を叱りつけて、国王の元へと案内させた。


 そういえば、馬車を降りた時に庭の向こうがやけに騒がしいような気がした。先導の馬車に乗っていたらしい少女がそちらへ駆けていく後ろ姿も見えた。


 決闘なんて実に古くさい。あんな野蛮な風習がヴィンドソーンの貴族に未だに息づいているとは知らなかったが、だとしたら大国ヴィンドソーンはある面ではサフォアやドモンドより遅れているということだ。サフォアでもドモンドでも、もう二十年以上前に決闘禁止令が出されている。


 ヘリメナはそう考えて胸を張るが、サフォアやドモンドで禁止令が出されてヴィンドソーンでは未だに禁止令が出されていないのは、単純にサフォアやドモンドと比べてヴィンドソーンの決闘数が少なかったからだ。サフォアやドモンドでは年間100を越す決闘があり、くだらない理由で貴族が数を減らすのを止めるために禁止令が出された。

 そしてヴィンドソーンで決闘が少なかったのは、魔力値の高い人間が多いせいだ。家を継がない貴族の次男や三男の多くは魔法協会に入る。貴族籍ではあっても魔法使いの称号を得た者は決闘の権利を失うため、ぶらぶら暇を持て余している血の気の多い貴族の若者は親によって魔法協会に放り込まれてしまうのである。

 もちろん、彼ら全部が魔法使いになるわけではなく、たいていはある程度の魔法の知識を得た後で魔法協会を出て、その周辺の研究施設や店などで働くことになる。


 だが、そんな事情を知らないヘリメナは未だに決闘なんて野蛮な真似をしているヴィンドソーン王国を愚かだと決めつけた。


 彼女はずっと大国ヴィンドソーンに憧れ、嫁ぐならヴィンドソーンがいいと決めていたのだが、その気持ちがふっと薄れた。野蛮な人間は嫌いなのだ。


 そんなヘリメナの目に、円形の舞台を取り囲む人々と、その中心で組み合う男達の姿は映った。



 一人はヴィンドソーン王国の王太子、もう一人は、小柄でとても決闘をするようには見えない少年のような青年。


 ヘリメナは目を見張った。


 あんな優しげな風貌の青年が、王太子に向かって握った拳を振り回している。


「ロシュア様……っ」


 ふと届いた声を辿ると、先程の少女が人垣の外で心配そうに舞台を見つめていた。

 ヘリメナもそちらへ近寄って舞台を見た。


 ロシュアと呼ばれた青年が、距離をとろうとしたガルヴィードの服を掴んで引き倒そうとする。それを振り切ろうとしてバランスを崩すガルヴィードに殴りかかる。ガルヴィードが怯んだ隙をついて飛びかかり、地に押し倒す。拳を振り上げるロシュアだが、ガルヴィードにあっさり体勢を入れ替えられる。しかし、ガルヴィードはロシュアを攻撃せず、押さえつけることもせずにすぐに起き上がる。


 どうやら、ガルヴィードはロシュアという青年を止めようとしているようだ。

 だが、ロシュアはすぐさま立ち上がるやまたガルヴィードに突っ込んでいく。うんざりしたのか、ガルヴィードが少し乱暴にロシュアを突き飛ばす。ロシュアは倒れ込んで肘を突く。それでも、すぐにまた立ち上がる。


「ロシュア!頼むからもうやめろ!」


 ガルヴィードが懇願するように怒鳴った。

 だが、ロシュアはやめようとしない。すでに息は絶え絶えで、何度も倒れこんでいるせいで服はあちこち破れて全身に擦り傷や打撲がある。文官であるロシュアの体力など、とうに尽きているはずだった。


「……止めるかよ」


 ロシュアが呻いた。


「他の誰も……出来ないだろう。英雄の父であるお前に……だから、僕がやるんだ、ルティアの兄として……っ」


 ロシュアの体がぐらり、と傾いだ。なんとか足を踏みとどまって耐えるが、既に立っていられる状態ではなさそうだ。


「ルティアのっ、兄として……っ」


 それでも、ロシュアは腹の底から力の限りに吠えた。


「ルティアを泣かす奴にっ……っ、妹はやらないっ!!」


 ロシュアは顔を上げて、きっとガルヴィードを睨みつけた。


「お前が王太子だろうが英雄の父だろうが何だろうが関係ないっ!!誰がなんと言おうとっ!僕はっ……お前みたいなクソ野郎認めるかぁぁぁっ!!」


 王太子をクソ野郎と罵りながら、ロシュアは最後の力を振り絞ってガルヴィードに殴りかかった。


 だが、その拳が届くことはなかった。


 ロシュアの膝からかくっと力が抜け、そのままどさっと倒れ込んだ。

 そして、そのまま動けなかった。


 ぜえ、ぜえ、と、しばしロシュアの吐く苦しい息の音だけが響いた。


「……勝者 ガ」


 ガルヴィード、と言おうとして、フリックは迷った。

 果たして、今の決闘の勝者はどちらだろうか。


 呆然として立ち尽くすガルヴィードは、とても勝者とは呼べない表情をしていた。

 何よりも、地べたに倒れ込んで濁った音の息を繰り返すぼろぼろの男の姿があまりにも尊く見えて、「敗者」だなどと名付ける気にならなかった。


 それは観衆も一緒だったらしく、誰もが声もなく倒れ伏した男を見つめて息を殺している。


 ハルベリーとヘリメナも、倒れたロシュアの姿を見つめていた。


「「……か」」


 ハルベリーとヘリメナ、二人が同時に口を開いた。


「「か……かっこいいいい〜っっ!!!」」


 静まりかえっていた決闘場に、華やかな絶叫が響き渡った。

 ついでに「ずっきゅうぅぅ〜んっ」という何かが撃ち抜かれた音も。


「す、素敵……ロシュア様……お優しい方だと思っていたけど、こんなに力強い一面をお持ちだったなんて……っ」


「み、見ましたか、ガロトフ……あれこそっ、あれこそ、真の男というものですわぁ〜っ!!」


 感動にぶるぶると打ち震え、称賛を口にする令嬢と王女の姿に、観衆に混じった他の令嬢達も口々に囀り出す。


「穏やかな方だと思っていましたのに……妹のために王太子殿下に立ち向かうだなんて……素敵!」


「こ、こんな野蛮な……っ、ああ、駄目!この胸のときめきを誤魔化せないっ!!」


「ああっ!駆け寄って私が助け起こして差し上げたい!……っちょっと皆様どいてくださらないっ!?」


「いいえ!私だってあの方に寄り添って差し上げたいわ!」


「抜け駆けは許せませんわ!」


 頬を染めてふらりとよろめいたり舞台へ駆け寄ろうと押し合い揉み合いするご令嬢達であるが、男性達も負けてはいなかった。


「なんとまっすぐな若者だ!」


「ビークベル家の嫡男……婚約者はいない?よし!」


「我が孫の婿にしたや〜」


「うちの娘は十四歳……年回りもよく……すぐにビークベル家に使いを!」


 なんだか大変なことになっているが、周りの声が聞こえていないのか、ロシュアは静かに起き上がった。

 そして、ガルヴィードには目もくれず、観衆の中で見守っていた国王夫妻の前によろよろと進み出て跪いた。


「……王太子殿下に対する許されざる無礼、私はビークベル家と縁を切り罰を受けたいと思います。どうか、父母と妹には寛大な御心を賜りますよう、お願い申し上げます」


 その潔い態度に、観衆はまたも息を飲む。


「なんと……っ」


「あのような若者がいたとは……」


「さすがは英雄の母の兄だ!」


「ビークベル卿とは是非今後は懇意にしたいものだ」


 ちなみにご令嬢達はときめき過多で息も絶え絶えだ。胸を押さえて倒れ込む者もいる。


「ロシュアよ……頭を上げるがいい。頭を下げねばならぬのは我らの方だ」


「ええ。その通りです。貴方にも、ギーゼル伯にも、もちろんルティア嬢にも……私達は憎まれても仕方がありません」


 国王夫妻は労しげにロシュアをみつめた。


「そなたには我らを許してほしい。そして、今後もビークベル家の嫡男として国を支えてくれはしないか」


「ですが……私は朝議に許しなく乱入し、宮廷貴族の方々に大変な不快な想いを……」


「皆、お主の行動に感銘を受けたようじゃぞ。罰しろなどという者はおらんだろう」


 国王の言葉に、ロシュアは深く頭を垂れた。


「……ヴィンドソーン国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」


 人をかき分けて寄ってきたヘリメナが、国王の前に立って挨拶をした。


「おお。王女殿下。こちらから呼びつけておきながら大変な無礼をした。貴国には正式に謝罪と詫びの品を送らせてもらう」


「いえ、そんなことはどうでもいいのです。ただ……こちらの方は?」


 ヘリメナがロシュアのことをちらちら見ながら国王に尋ねた。


「我が国のギーゼル領を治めるドーリア・ビークベル伯爵の嫡男でロシュア・ビークベルと申す者である。恥ずかしながら、王太子が愚かな振る舞いをしたもので、この者が諫めてくれたのだ」


「さようでございますか……あの、私、サフォア王国の第一王女ヘリメナと申します。ロシュア様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「え?……」


 一国の王女に突然親しげに話しかけられて、ロシュアは顔を上げて目を瞬いた。


 そこへ、


「ロシュア様っ!」


「え、うわっ」


 突然飛びついてきた少女を受け止めて、ロシュアは面食らった。


「私、感激しましたわ!ルティア様のために、こんなに……素敵ですわ!本当に素敵!」


「モ、モガレア様……?」


「嫌ですわ、ハルベリーとお呼びになって!」


「ちょっと貴方なんですの!?国王陛下の御前ですのよ、そのように殿方に縋りついて、羨まし……はしたないですわ!」


 ロシュアにすりすりすり寄るハルベリーを見て、ヘリメナが眉尻を吊り上げる。


「あら、大変失礼致しました。ロシュア様、向こうでお怪我の手当を……」


「ちょっと待ちなさい!その怪我ではすぐに家に送り届けた方がよろしいわ!私の馬車ならすぐに出せますのよ。乗せて差し上げますわ!」


「あらあら、サフォアの王女殿下にそのようなお願いなど出来ませんわ。ご心配なさらず。ロシュア様のことは私が責任もって手当の後で家まで送り届けますわ」


 ハルベリーは微笑みながら言う。侯爵令嬢と王女の間に火花が散った。




 舞台の上に取り残されたガルヴィードはぼんやりとロシュアの後ろ姿を眺めていた。

 貴族達は国王とロシュアのやりとりを見守ったりビークベル家との縁を繋ぐ方法を思案したりしていて、誰一人としてガルヴィードのことを気にしていない。この場の主役はロシュア・ビークベルだった。


「なんかすげぇな……」


 フリックが呆然と呟いた。


 ガルヴィードは舞台の上に座り込んで、「んあーっ」と溜め息を吐いた。


「はあ……駄目だな、俺は」


 自嘲して、空を振り仰いだ。


 ルティアの顔が思い浮かぶ。あんな真似をしておきながら、まだ謝っていない。合わせる顔がないなんて言い訳だった。


 手放す気がないのだから、許されるまで償わなければ。


 ぽんっと背中を叩かれた。

 いつの間にか舞台に上がってきていたエルンストとルートヴィッヒが苦笑いを浮かべて立っていた。

 フリックも肩をすくめて笑う。


 ガルヴィードは照れくさそうに髪を掻き上げて、久しぶりに口角を僅かに持ち上げた。





 ビクトルは震えていた。

 

 憤慨した王女が決闘場に向かってしまったので、付き添いのビクトルも仕方がなく付いてきたのだが、決闘場を一目見た瞬間、ビクトルはその場に縫いつけられたように動けなくなってしまった。


 ビクトルは、これまで王太子を見たことがなかった。

 噂ぐらいは聞いたことがあったが、王宮に近寄るような用事もなかったし、王家に興味もなかった。

 第二王子の魔力値は高いが、王太子は平均以下らしい。へぇ、黒髪黒目は先祖返りじゃなかったのか。王族は魔力値が高いはずなのに、珍しいね。

 そんな噂は聞いていた。

 だから、王太子が王族にしては珍しく、魔力値が低いということは知っていた。


 ビクトルはごくりと息を飲んだ。ぎゅっと拳を握り締める。


 なら、あれはなんだ。あれは、なんなんだ。


 汗が額を伝って頬を流れ落ちる。心臓がどくどく音を立てた。


 舞台の上に立つ黒髪の青年。あれが王太子なのだろう。

 側近らしき若者達に囲まれて不器用に微笑む姿は、ごく普通の青年に見える。


 だが、それを見たビクトルは激しい恐怖にぶるぶる震えた。


 ユーリを見た時と同じ、いや、それ以上の衝撃だった。


 黒い焔が王太子の全身から、青空まで遮るほどの激しさで噴き上げられていたからだった。






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