二十四、無礼
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王太子の暴挙については、被害者である伯爵令嬢から「罰を与えないでほしい」という申し立てがあったため、三日間の謹慎と令嬢への謝罪のみで済まされることになった。
もちろん、国王と王妃からは伯爵家へ正式な謝罪と過分な贈り物が届けられ、令嬢には伯爵を通して何でも望みのものを取らすと伝えられている。
城で何があったかは、使用人達に厳重に口止めがなされたらしく、貴族達の間では広まっていない。ただ、連日城を訪れていたルティアの登城が止まったことで、王太子と何かがあったと勘ぐる人々は多かった。
ルティアはぼんやりと窓の外を眺めた。今日はしとしとと雨が降っている。
(ガルヴィードは何してるかなぁ……)
窓辺に置いた椅子に座り、ルティアは背もたれに頭を預けた。
あんな目に遭ったけれど、ルティアのガルヴィードに対する気持ちは何も変わっていなかった。あの時はガルヴィードがいつものガルヴィードじゃないみたいで怖かった。でも、ガルヴィードはあの時ルティア以上に追いつめられた表情をしていた。
その前に部屋に引き籠もっていたこともあるし、彼には何かそうせざるを得ない理由があったに違いない。
(何があったんだろう……)
「……ルティア様」
控えめな声に呼ばれて、ルティアはふと顔を上げた。
椅子から少し離れたところに、ルティア付きの侍女とメイドが立ち並んでいた。
「ルティア様っ……申し訳ありません」
一番前にいた侍女が、倒れ込むように跪いた。
「私どもは、ルティア様のお気持ちを考えずに軽々しく「子どもを産め」などと……」
「いきなり英雄の母などと言われたルティア様の不安も考えずに……申し訳ありません」
口々に謝られて、ルティアは面食らった。
「……謝らなくていいのよ。私だって、自分以外の誰かだったら同じことをしたわ」
「ですが……っ」
「それに……私はそこまで傷ついている訳じゃないのよ」
ルティアは静かに言って、再び窓に目を向けた。
「嘘です!ルティア様はこの三日間、ずっとぼんやりしておられます!」
「ああ、それは考え事をしていただけ。城に行かないのは……まだ考えがまとまらないからなのよ」
ルティアはふっと微笑みを浮かべた。
考えるのは、ガルヴィードのことだけだ。あの時のガルヴィードは我を失っていて、ガルヴィードがそんな風になる原因なんてルティアには一つしか浮かばなかった。
ガルヴィードの中にいる、「何か」。
(あいつが何かしたに違いない……っ)
ルティアはむぅっと口を尖らせた。
この三日間、考え抜いてルティアは一つの結論に達した。
最早、一刻の猶予もならない。
あのお邪魔虫を、消す。どんな手を使っても。
あのガルヴィードの中の「何か」さえいなければ、ルティアはガルヴィードを見る度に嫌悪感など抱かずにすむし、結婚も出来るし、英雄も産める。
くっついて嫌がらせをするとか悠長な真似をしている場合ではない。確実にガルヴィードの中から追い出す方法を考えなければ。
(魔法使いに頼んで、ガルヴィードの中から出て行かないと拷問するって脅してもらうとか、教会に連れて行って三日三晩不眠不休で祈らせるとか……)
周囲の者は静かに考え込むルティアの姿に「ショックのあまり心を閉ざしておられるのだ」と思い胸を痛めていたのだが、実際にはルティアはなかなか物騒な計画を脳内で立てていたのだった。
そんなことは知らない侍女達はいつも元気なお嬢様の打ちひしがれた姿に涙を流し、妹のその姿を目にした兄も当然ながら心中穏やかでは居られなかった。
***
「あり得ないわ……」
もうこれ以上調べることは何もない。
それでも、ヘリメナは検証結果を受け入れることが出来なかった。
魔法教会に到着した日に、早速見せられた魔石を預かって昨日一日みっちり調べ尽くした。
魔石はサフォアにしか存在せず、手を触れられるのはサフォアの王族のみ。だからこそ自分が呼ばれたのだ。これがサフォアの魔石と同じ物と断じるために。
ヘリメナはガラス瓶に納められた魔石をもう一度いろんな角度から眺めた。
色も、薄く輝くところも、サフォアの魔石とそっくりだ。他のどんな宝石とも違う、不思議な白色。
これだけでも信じられないのに、最初の日に見せられたのはすべて魔石で出来ているという巨大な白い杖だった。
「あり得ないわ……っ」
魔法教会の中に与えられた一室で、ヘリメナは呻いた。
「姫様、帰る前に城に寄って国王に挨拶を……」
「……帰るんですの?このまま……」
「滞在許可は今日までです」
冷静を装っているが、ガロトフも動揺しているのだろう。ガラス瓶の中の白い石から目を逸らせずにいる。
部屋の中にはガロトフの他にヴィンドソーンの若い魔法使いがいる。魔石は決してガラス瓶から出してはいけないと言われたので、監視役なのだろう。
ヘリメナはガロトフと目を合わせ、深い息を吐いた。
「大変、興味深いものを見せていただきましたわ。ええ、確かにこれは魔石にしか見えません。ですが、魔石はサフォアにしか存在しないはずです。これが本物か否かは結局のところ使ってみるしかないと思います」
ヘリメナは若い魔法使いにガラス瓶を返して、そう伝えた。
そう、結局のところ、使ってみなければわからないのだ。わざわざサフォアからやってきてその程度の結論しか出せないのは悔しいが、事実であるから仕方がない。
その答えを予想していたのか、若い男は一つ息を吐いただけで落胆した様子は見せず、ヘリメナに礼を言った。
男がガラス瓶を持って出て行った後で、ヘリメナはガロトフに耳打ちした。
「……王族の血を引くお前なら聞いているでしょ?魔石に触れることが出来るのは王家のみ、表向きそう言われているけれど、本当は……」
「本当は、「魔力のある者は魔石に触れてはならない」。そう伝えられています。魔力持ちが魔石に触れた結果、悲惨な死に方をしたという言い伝えもあります」
ヘリメナは頷いた。
魔力のある者が魔石に触れてはいけない。だからこそ、サフォアの王位を継ぐ者は魔力を持たない者との婚姻しか許されないのだ。ヘリメナの一番上の兄は王位継承者なので、国内の貴族の中から魔力の持たない娘を婚約者に選んでいる。他国に嫁に出される場合を覗いて、王位継承権のある王族は魔力を持つ者との婚姻を禁じられているのだ。
魔石を売る際には、削りだした魔石をきちんと加工してから売っている。サフォアの技術で薄いガラスで魔石を覆って、魔力のある人間が触れても害がないようにしているのだ。
「あの魔石……絶対にガラス瓶から出すなと念を押されたわ。見張りまで付けられて……きっと、魔力持ちが触れて何かがあったのよ」
ヘリメナは魔力を持っていない。だから触れても平気なのだが、ヴィンドソーン側へ魔石に関する知識を伝えるわけにはいかない。魔石を持っていることはサフォアの重要な外交の切り札だ。だからこそ、触って調べたいのを堪えるしかなかった。
「ええい、悔しい!特に、あの杖は絶対にもっと近くで調べたかった!」
ヘリメナは拳を握り締めて地団駄を踏んだ。
白い杖は幼い少年が手にしていて、どこでこれほどの魔石をみつけたのかも誰が杖に加工したのかも、のらりくらりとかわされて何も教えてもらえなかった。
「そういえば、あの少年はなんだったんでしょうね」
ガロトフが首を捻った。
「魔石で出来た杖に触れていたということは魔力持ちではないのでしょうが……」
「あの髪と目の色を見たでしょ。レクタル族よ。魔力はないはずよ」
「それなら何故ここに居るんでしょう?」
「魔石を扱うために連れてきたんじゃないかしら?どこの国でも魔力持ちは貴重だけど、ヴィンドソーンは国民のほとんどが魔力を持っている国だもの。その力で大陸一の大国になった訳だし」
「ということは、魔力持ちが魔石に触れてはいけないという事実を、ヴィンドソーンは既に知っているということですね」
ヘリメナは口を噤んだ。確かに、そういうことになる。
よくない事態だ。サフォアにしかないはずの魔石をヴィンドソーンが独自に入手し、魔石には触れる者と触れられない者がいるということも知ってしまった。ただでさえ魔法の力で大陸に覇をとなえるヴィンドソーンが魔石まで手に入れては、近隣諸国が束になってかかってもヴィンドソーンに適わなくなってしまう。
「すぐにお父様に報告しなくては」
「その前に、城に寄らねばなりません。急ぎましょう」
「そうね」
ヘリメナはヴィンドソーン国王へ挨拶を済ませ、即帰国することに決めた。善は急げとばかりに部屋から走り出たヘリメナは、さんざん動揺していたせいか足がもつれて転びかけた。
「おっ、と……」
「あ……!」
力強い腕に支えられて、ヘリメナは目を瞬いた。顔を上げたヘリメナの目に、浅黒い肌をした男の鳶色の瞳が飛び込んできた。
「あー、宝石姫か。宝石姫っつかおてんば姫か?」
「なっ……」
呆れたように笑われて、ヘリメナは顔を真っ赤にした。
「だっ、誰に口をきいているの!!」
「だから、宝石姫だろ?」
男は憤るヘリメナの頭をぽんぽんと撫でた。
ヘリメナは一瞬きょとん、とした後、カーッとこみ上げてきた怒りで涙目になった。
「ぶ、無礼なっ……」
「タッセル!何やってる!」
ガラス瓶を持って行った若い魔法使いが戻ってきて、ヘリメナと男を見てあせあせと駆け寄ってきた。
「王女殿下に何してる?」
「何もしてねぇよ。ガキには興味ねぇんだ」
「がっ……」
ヘリメナは怒りのあまりぶるぶる震えた。ヘリメナは宝石姫と呼ばれ、「美の化身」とまで呼ばれるほどの美しい王女である。その自分を「ガキ」呼ばわりするとは、なんたる無礼な男かとヘリメナはタッセルと呼ばれた男を睨みつけた。二十代後半ぐらいで、髪はぼさぼさで無精ひげも生やしている風采の上がらない男だ。
ーーーこんな奴、きっと魔法使いとしても大したことないわ。私が相手にする価値はなくってよ!
己れにそう言い聞かせて、ヘリメナは平静を保った。
「失礼いたしました王女殿下。馬車の用意が整いましたので、城までご案内させていただきます」
「なんだ、ビクトル。お前、いつもガキの面倒ばかり押しつけられるな」
頭を下げる若い魔法使いの後ろで、タッセルがげらげら笑った。
「ユーリから離れていいのかよ?」
「大魔法使い様もクヴァンツも付いてるんだ。平気だろう」
「あー、確かにな」
タッセルは笑いながら去っていった。
ヘリメナはその後ろ姿をぎろっと睨んで見送った。
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城では日曜以外の朝は宰相と大臣達が王の元に集い、朝議を行う。
その会議に、王太子であるガルヴィードは一年ほど前から参加を許されている。
部屋に引き籠もったり謹慎を命じられたりで、一週間ほど朝議に顔を見せなかったガルヴィードだが、その日の朝は暗い表情で席に着いていた。
朝議は国王と宮廷貴族の役職を持つ者達が国政について論じる場であり、呼ばれていない者が近寄ることは勿論許されない。
だからその場に、伯爵家の長男に過ぎないロシュア・ビークベルが乱暴に扉を開けてずかずか乗り込んできたのは、常識では考えられない非礼であった。
さらに、呆気にとられる者達の目の前で、ロシュア・ビークベルは王太子ガルヴィードの顔に手袋を叩きつけた。




