二十三、カーク・クヴァンツの憂鬱
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カーク・クヴァンツは騎士になりたかったのだ。
だのに、あの三日間の夢のせいで、父親にあっさり魔法協会に放り込まれてしまった。
そりゃあ、魔力値が平均より少し高いぐらいしか取り柄のない次男坊に対する扱いとしては正しいかもしれないが、少しぐらいはこっちの意見も聞け、とくさくさした気分で新入りの子どもに絡んだのが間違いだった。
目の前の空間に炎が生まれる。
「見事な火球だ。なかなか筋がいいな」
褒められれば悪い気はしない。カークはふんっと胸を張った。
「では、次」
教官が呼んで、カークの後ろに並んでいた若者が歩み出る。
ーーー確か、マーベル子爵家の三男だったな。
見覚えのある顔に、カークは恐らく自分と同様に問答無用で放り込まれたんだろうと一方的に共感を覚えた。
若者が杖をかざした次の瞬間、周囲の者がどよめいた。
青空に巨大な火柱が立ち上ったからだ。
「うわう!」
焦った悲鳴が聞こえて、火柱がふっとかき消えた。
「あー、びっくりした……」
地面に尻餅をついた子どもが、胸を押さえて息を吐いていた。
今日は火の魔法を習っている。カークの他には十人ほどの若者が教官から教わり、火球を生み出す練習をしている。手のひらサイズの火球が生み出せれば十分才能があるらしい。
その新入りの集まりから少し離れた場所で、一人の新入りがやはり火の魔法を習っていた。この国の大魔法使いから直々に。
「こんな魔法使ったら火事になりますよ!こんなに威力が強いなんて聞いていない!火の玉が出るだけって言ったじゃん!嘘つき!」
「……わしもこんなに威力が強いなんて思わんかったわい。火球を生み出す呪文だったんじゃが……まあいい。力を自在に使いこなせるようになるようになれば問題ない。そなたなら、出来るはずじゃ」
どうやら、彼が習っているのは自分達と同じ「火球」を生み出す魔法らしい。天まで届く火柱が立ち上るなんて、本人も教えている大魔法使いも思っていなかったのだろう。
カークは彼我の才能の差に溜め息を吐いた。
カークは魔法を使った後、少し体が熱っぽくなり動悸が早くなる。そういうことは珍しくなく鍛えていけば平気になると言われたが、なるべく続けて魔法を使わない方がいいとも言われた。
そんなんで戦いの場で役に立つのかよ、と思ったが、そもそもあの子どもがいれば自分程度の魔法使いはいらないんじゃないかとも思う。
あの日、カークが絡んだ子ども、ユーリ・シュトライザーはお手製の巨大な杖を抱えて大魔法使いに文句を垂れていた。
そちらを見ていた新入り達の雰囲気がざわざわと波立つ。それが決して好意的なものではないと感じ取って、カークは気を重くした。
気持ちはわかるのだ。一人だけ大魔法使いから直々に教えを受けている異国の子供が気に入らないという気持ちはよくわかる。
「あの子、本当にすごいですわね!」
新入りの中の紅一点、美しい侯爵令嬢が目を輝かせてそう言えば、男達の雰囲気はさらに悪くなる。
ーーーあーあ。
面倒なことになりそうな気がして、カークは自分がそれに巻き込まれないことを祈った。
そういう祈りはたいてい叶わないもんだと知りながら。
***
「あ、カークだ!一緒に食べよう!」
食堂に入ったところでユーリに見つかり、駆け寄ってこられる。
「あっちいけ」
「冷たいなぁ!そうだ、飴をあげよう」
「いらねぇよ!」
六つも年下のくせに飄々として意に返さないユーリの態度に、カークは苦虫を噛み潰した顔になる。どうも舐められている気がしてならない。
結局、向かい合わせで食事をとる羽目になり、カークはあの日ユーリに絡んだことを心底から後悔した。
「あ、そうだカーク。ちょっと聞いていい?」
「なんだよ?」
「魔王、っているの?」
カークは食事の手を止めて目の前のユーリを凝視した。
「なんかさぁ、皆が魔王がどーとか話してるの聞こえたんだけど、僕が聞いても教えてくれないんだよね。魔王が出てくる物語とか芝居でも流行ってるの?」
カークはごくりと喉を鳴らした。
目の前の子どもは、まだこの国の未来を知らないのだ。
ーーーそうか。異国人だから、あの夢を見ていないのか。でも、大魔法使い様も六部卿もまだ説明していないのか。こいつ、最大戦力なのに。
カークは魔法協会の最高幹部達を思い浮かべて眉をしかめた。最大戦力として利用するために強引に引き取って育てているのに、将来戦う相手のことを教えないってどうなんだ、と、些か腹が立った。
しかしかといって、見習いに過ぎない自分が勝手に教える訳にもいかない。
カークは黙り込んでもそもそ食事をとった。
ユーリはカークの様子に首を傾げたが、何かを感じ取ったのかそれ以上聞いてくることもなかった。
「……今日はもう、魔石創ったのか?」
「うん!カークにもこっそり一個あげようか?」
「いらねぇよ!」
「じゃあ、飴をあげよう」
「なんで俺にことあるごとに飴を寄越そうとするんだ!いらねぇよ!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいる二人は、近寄ってくる連中に気づいていなかった。
「おい、お前」
テーブルの横に立った人物に声をかけられ、ユーリは顔を上げた。
立っていたのは、先ほどまで一緒に魔法を習っていたマーベル子爵家の三男だ。彼の後ろには他にもあの授業にいた者達が並んでいる。それを見てカークは顔を歪めた。嫌な予感が当たった。
「蛮族の分際で、大魔法使い様から教えを受けるなんて烏滸がましいんだよ!」
マーベル家の三男が言うと、後ろの連中もそうだそうだと追従する。
「そうは言われても、僕は……」
「蛮族ごときが俺に口を聞くな!ヴィンドソーンの貴族と対等に口をきけると思っているのか?」
ユーリがちらっとカークに視線を寄越してきたので、軽く頭を振ってやった。
「あの、お言葉ですが、この子どもは尋常じゃない魔力を持っているため、大魔法使い様が直々に……」
「蛮族がそんな強大な魔力なんて持っているはずないだろう!」
一応身分が上の子爵家のため敬語を使ってやったが、なんというかアホすぎて嫌になる。カークはげんなりした。
「クヴァンツ、貴様はずいぶんこの子どもと仲がいいようだが、俺達を裏切って情報を流してるんじゃないだろうな?」
「はあ!?」
思いも寄らぬ発言に、カークは眉根を寄せた。
「どういうことだよ!?」
思わず席を立って睨みつける。魔法協会内では身分の上下は関係ない。さっきは穏便に済ませたくて気を遣ってやっただけだ。
マーベル家の三男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「蛮族が強大な魔力などもっているはずがないだろう。このガキは、魔王から力を与えられてこの国を探りにきた手先に違いないぜ」
「はあ!?何を馬鹿なことを……」
「皆そう言ってるぜ。騙されてるのは魔力に目が眩んだ幹部どもとお前みたいな単純な奴だけだ。蛮族に騙されるなんて、我が国の貴族の恥だ」
あまりに根拠のない侮辱に、カークはカッと頭に血が上った。
「レクタルは蛮族ではない!我が国の王妃陛下の姉君がレコス王家に嫁いでいることを忘れたか!」
カークはかつて自分もレクタルをカス民族などと呼んでいたことを完全に棚に上げて激昂する。そういう開き直った小悪党っぽさが嫌いではないので、ユーリは口を挟まなかった。
「あれは大陸の平和を守るために我が国の貴族が犠牲になってやったんだ!せっかく我が国の貴い血を分けてやったのに、三十年経った今でも蛮族のまま進歩がない!」
「マーベル子爵家では絹の服を着たことがないのか?ヴィンドソーンの貴族ならばレコスの絹を身につけたことがないとは言わさんぞ!」
男爵家と子爵家の子息同士の喧嘩に、食堂がざわめく。ユーリもカークを見上げておろおろした。
自分のことで喧嘩しているのはわかるが、出会ったばかりのカークがこんなに怒ってくれるとは思わなかった。
カークは叫んでいるうちに、目の前のマーベル家の三男よりも大魔法使い達最高幹部に対して腹が立ってきた。
「こいつはレクタル族だ!それなのに、俺達の都合でここに連れてきて魔法使いになれと強制してるんだぞ!こいつが子どもなのをいいことに、ろくな説明もしないで!」
戦う未来が待っていることを教えもしないで、戦いに使う力だけを扱えるようにさせようとするやり方は、あまりに汚いのではないか。ユーリにはヴィンドソーンのために戦う義務などないのに。ヴィンドソーンの国民の中にも他国に逃げる者が増えている現状で、何故レコスの人間であるユーリがヴィンドソーンの都合で動かされたり嘲られたりしなければならないのだ。
理不尽だろう。
「カーク、もういいよ。行こう」
彼の言っている内容の全部は理解出来なかったが、とにかくカークが自分のために腹を立ててくれているとユーリは悟った。しかし、どうやら目の前の相手はカークの家より爵位が上のようだし、これ以上は彼の立場が悪くなるかもしれない。
「おい待て!話はまだ終わってないぞ」
立ち上がって食堂を出ようとしたユーリの肩をマーベル家の三男が掴む。カークがその手を打ち払った。
「っ……男爵家ごときが!」
睨まれて、カークはふん、と鼻で笑った。
「おいおい、なんの騒ぎだよ」
呆れた響きの声と共に、背の高い男が食堂に現れた。ユーリは彼に見覚えがあった。
「よう、ユーリ。俺はタッセル・エメフだ。ちょっと付き合ってくれるか」
タッセルがユーリを手招きする。
「ああ、お前も一緒に来い」
タッセルはカークも呼びつけて、食堂にいる他の見習い達に視線をやる。
「あまり騒ぐな。せっかくの平和を自分達で縮めるんじゃない」
タッセルの言葉の意味は、ユーリ以外の者には重く響いた。
「いや、なかなか懐かしい光景だったな」
食堂を出て廊下を歩きながら、タッセルがくくくっと笑った。
ユーリとカークが首を傾げると、タッセルは楽しそうに言う。
「俺もここに来たばかりの頃に、あんな風にいちゃもんつけられたぜ。あんま気にすんな」
「え……エメフさんも他国の人間なんですか?」
「タッセルでいいぜ。おう、俺はドモンドの人間なんだよ。もう長いことヴィンドソーンに厄介になってるけどな」
確かに言われてみれば、タッセルは周りの人と比べて肌が浅黒く手足が大きい気がする。ヴィンドソーンより南に位置するドモンド国の民の特徴だ。
「俺は魔法の歴史に興味があって、留学してそのまま居座ったんだが、知っての通りドモンドは農業国だ。農夫の分際で、って何回言われたことか」
「へぇ。ドモンドかぁ」
ユーリは行ったことがないが、父は行商で何度も行ったことがある国だ。秋に行くと小麦畑が一面の黄金色で、とても綺麗なのだと聞いたことがある。
黄金色の想像をするユーリの頭を、タッセルがぽんっと撫でた。
「お前さんはいいな。ああいう時に、一緒に戦ってくれる友達がいてよ」
ユーリは眼を瞬いた後でカークを見上げた。カークは眼を瞬いた後で、酷く嫌そうな顔をした。
「それで、タッセルさんが僕に何の用なんですか」
「おう。お前さんの魔石を専門家に見せるんだがよ。どうせならその杖も見せた方がいいんじゃないかと思ってよ」
「なるほど」
「専門家はたぶんもうすぐ着くから、一緒に待っててくれ」
「俺は、関係ないのでは……」
呼ばれて付いてきてしまったが、自分は必要ないだろうとカークは思った。しかし、タッセルはカークの肩に手を置くと、低い声で耳打ちした。
「でかい力を持つのは大変なもんだ。まだ八つのガキなのによ。本来なら大人達が支えにならなきゃいかんが、この国の大人達には今その余裕がない」
タッセルはふと笑顔を消して言った。
「お前みたいな奴が必要だよ。もっと後に、そのことがわかるさ」
***
「仕事が終わったら、絶っ対に王宮へ行くのよ!私は国王に呼ばれてこの国に来たのだから、文句ないでしょ!」
「はあ……もう失恋したんでしょうに。しつこい女は嫌われますよ」
がたがた揺れる馬車の中で、ヘリメナの言葉にガロトフは溜め息を吐いて眼鏡を持ち上げた。
「新しい恋を探すのよ!私の美しさでヴィンドソーンの貴族を骨抜きにしてやるわ!」
「寝言は寝て言ってください」
「眼鏡!あんた公爵だからって私に対して不敬すぎるわよ!」
「にしても、ヴィンドソーンの魔法協会もなんのつもりでしょうね。こんなでも一国の王女だってのに、呼びつけるだなんて。まぁ、ヴィンドソーンの国王からの招聘って形でしたけど」
ガロトフが不快そうに眉根を寄せる。
「魔石の鑑定って……魔石は我が国にしかないってわかっているでしょうに。もしかして偽物でも掴まされたんですかね」
「さあ。どうだっていいわ」
ヘリメナは馬車の窓から外を見た。ずっと遠くにシュロアーフェン城の姿が見えた。




