二十、焦燥
***
反省はしたし後悔もしたし教会で懺悔もした。
ルティアは覚悟を決めて城に向かう馬車に乗り込んだ。王太子のパンツを脱がした挙げ句にそのパンツを持ち帰った罪は重いが、逃げるわけにはいかない。
「大丈夫よ、ガルヴィードだもん……怒ってるだろうけど……でも、大丈夫」
馬車の中でぶつぶつと呟く。怒らせたことも喧嘩したことも数え切れないほどあるが、パンツを脱がせたことはないので、さすがに反応が心配なのだ。脱がし合い勝負だとほざいたあの時の自分は頭がどうかしていた。
もちろん、ガルヴィードはルティアの着衣に手を出すようなことは一切しなかった。どうにか落ち着かせようと言葉を尽くして説得してきて、乱暴に払いのけたりはしなかった。そんな男のパンツを脱がしてしまっただなんて……っ!ルティアは己れを恥じて頭を抱えた。
「うう……ちょっと落ち着こう……」
このところいろいろありすぎて、ルティアも少し混乱していたのだろう。いきなり子どもを産む話が出てきたことで焦ってしまったが、ガルヴィード自身は何も変わっていない。昔から知っているガルヴィードのままだ。
そう考えると胸が落ち着いた。
そこでちょうど城に到着したため、ルティアは明るい気分で馬車から降りた。迎えに出てきた侍女に案内されて、勝手知ったる城の中を進む。
だが、ガルヴィードの部屋に辿り着く前に、慌てた様子のルートヴィッヒが廊下の向こうから駆けてきた。
「ルティア嬢、よく来てくれた」
「はい?」
ルティアは首を傾げた。昨日は反省に費やしたために城に行かず、代わりに兄が謝罪に行ってくれたはずだったのだが、ルティアが一日来なかっただけで何故ルートヴィッヒが慌てているのだろう。
「とにかく、来てくれ」
ルートヴィッヒに手を掴まれて、ルティアは目を白黒させながら小走りに廊下を進みガルヴィードの部屋の前に立った。
見慣れた扉の前で、ルートヴィッヒはルティアから手を放して呼びかけた。
「ガルヴィード!ルティア嬢が来てくれたぞ。とにかくここを開けろ」
だが、扉はぴっちりと閉まったままだ。
ルティアはきょとん、と目を丸くした。
「え?ガルヴィード」
ルティアはルートヴィッヒを押しのけて扉の前に立った。
「どうしたの?」
部屋の中から気配は感じる。ガルヴィードは中にいると確信した。
扉に手をかけるが、中から鍵がかかっていて開かない。
ガルヴィードがこんな風に引き籠もるだなんて、今までになかったことだ。ルティアは思わずルートヴィッヒに目で訴えた。
「今朝からこうなんだ。食事もとらず……」
ルートヴィッヒの眉が曇る。ルティアも唖然とした。
「ガルヴィード!?」
扉を幾度もノックするが、扉の向こうからの反応はない。
(まさかーーー)
ルティアは冷たい汗が背を流れるのを感じた。
(私にパンツを脱がされたのがショックで……っ!)
「……たぶん、ルティア嬢の考えていることとは違うと思う。昨日は普通に我々と話していたし、元気だった」
ルティアの心を読んだかのように、ルートヴィッヒが言う。
「でもっ、他に原因が……」
「わからない。でも、たぶんパンツのことは関係ないと思う」
ルートヴィッヒは否定するが、ルティアは他に心当たりなど思い浮かばなかった。
「ガルヴィード、ごめんなさい。私が馬鹿だったの、許して」
ルティアは扉に縋りついて許しを講うた。
「昨日、すぐに謝りにこなくてごめんなさい。合わせる顔がなくて……ねぇ、出てきてよ。ちゃんと顔見て謝るから」
ルティアがどれだけ呼びかけても、扉が開く気配はない。
ルートヴィッヒは意外に思って扉をみつめた。
これまで、ガルヴィードがルティアが居るのに姿を現さないなんてことはなかった。ルティアまっしぐら、それが王太子の習性だと呆れられるぐらい、ルティアの傍に自ら走り寄っていたのに。
ルティアも動揺していた。ルティアが城に来ているのに、ガルヴィードが部屋から出てきもしないだなんて。
(なんでーーー)
ルティアはじわりと涙がこみ上げてきた。
ガルヴィードが、自分に会おうとしない。
その事実が、ルティアの胸にずっしりと沈み込んできた。
「ガルヴィード!」
握った拳でどんどん扉を叩くが、やはり扉が開くことはなかった。
手が痛むとルートヴィッヒに止められて、とりあえず今日は帰った方がいいと勧められてルティアは泣きそうになった。
「申し訳ない。俺達がなんとか理由を聞き出して説得するから」
ルートヴィッヒが代わりに頭を下げてくれたが、ルティアはガルヴィードに拒絶されたという衝撃でふらふらしながら馬車に乗り込んだ。
城に入っていくらもしないうちに真っ青な顔で戻ってきたルティアに、御者は何があったのかと心配した。それはルティアを迎えた伯爵家の使用人も同様で、皆「何があったのか」と尋ねてきたがルティアは何も答えられなかった。
(ガルヴィード……)
拒絶された。
そう思うと、胸が破れそうなほどの痛みを感じた。
自分の部屋に入ってすぐに、ルティアは胸を抑えて壁にもたれ掛かった。
苦しい。痛い。視界がゆらゆらと揺らいで、立っているのも辛かった。
床にへたり込みそうになるのを必死に踏ん張って、ルティアはぶるぶると頭を振った。
(明日!明日、また会いにいこう!今日は会えなかったけれど、明日はきっと会える!明日、理由を聞いて、それからちゃんと謝るんだ!)
ルティアはそう言い聞かせて自分を励ました。
***
ありえない異常事態に城中が騒然としている。
王太子ガルヴィードが、伯爵令嬢ルティアが訪ねてきたのに会おうとしなかった。
王太子は病気か!?と誰もが狼狽える中、ルートヴィッヒ達三人は閉まった扉の前で根気強く呼びかけた。
「何があったんだよ?言わなくちゃわからねぇぞ」
「せめてなんか言えよ!」
「腹減らねぇの?飯だけでも食えって!」
どれだけ扉の前で騒いでも、扉の向こうはうんともすんとも言わない。
三人は顔を見合わせた。
「……何があった?」
「わからねぇ」
「ルティア嬢に会おうとしないなんて、おかしいだろ」
闇雲に呼びかけても無駄だと察して、三人は一旦扉の前から移動した。
遠ざかっていく足音を聞きながら、ガルヴィードは部屋の中で床に座り込んで頭を抱えていた。
朝目覚めた瞬間から、冷や汗が止まらない。
国王を殺し第二王子に切りかかられる魔王の姿が、自分だった。
そんな訳がない。ガルヴィードの魔力値は平均以下だ。魔王になど、なる訳がない。
朝からずっと自分にそう言い聞かせているが、あれがただの夢だと打ち消すことは出来なかった。
ーーーどういう、ことなんだ?
魔王とは、自分のことなのか。いや、そんなはずはない。だって、自分はルティアと子どもを作るはずなのだ。
自分が……
本当に、自分が、だろうか。
ぞっとする想像に思い至って、ガルヴィードは背筋を凍らせた。
自分じゃなかったら?
自分の姿はしていても、自分ではなかったら?
あまりのおぞましさに、ガルヴィードは両手を床について崩折れた。
夢の中で歪んだ笑みを浮かべていた殺戮者、あれが、「もう一人の自分」だったとしたら。
ルティアと子どもを作ったのが、自分じゃない「自分」だったら。
「はっ……、」
吐きそうだ。
そんなこと許せるはずがない。
ルティアを渡してたまるものか。
「……消えろ」
自分の中にいる「何か」に向かって、ガルヴィードはこれまで感じたことのない殺意を感じた。
「消えろっ、消えちまえ!俺の体は俺のものだ!」
ガルヴィードの叫びに、体の中で何かがずん、と重くなった気がした。
それが自分を嘲笑っているようで、ガルヴィードはぎりぎりと歯を食い縛った。
***
ルティアはこれまで通り毎日城に通った。
だが、ガルヴィードの部屋の扉は相変わらず閉まったままだった。ルートヴィッヒ達にも顔を見せないらしく、食事は部屋の前に置かせて誰もいない時に食べているようだった。
ルティアや側近達だけでなく、使用人も第二王子も国王夫妻も声をかけたが、頑なに閉じこもったままで返事もないらしい。
ルティアは扉の前で一生懸命ガルヴィードに話しかけた。泣いたり謝ったり勝負を持ちかけてみたり、ガルヴィードの気を引きそうな話題を探して語りかけたりしてみたが、なんの反応も得られなかった。
結局、最後には使用人や側近達に促されて帰りの馬車に乗り込むのだが、しおしおとうなだれた姿は人々の胸を痛ませた。
「王太子殿下はいったいどういうおつもりなんだ?」
「ルティア様がお気の毒で、見ていられないわ」
「あれだけいつも傍にいたのに、今更なんなんだ……」
貴族達の間にもガルヴィードの異変はあっという間に広まった。眉をひそめる者、ルティアに同情する者、態度の急変を訝しむ者など、反応は様々だったが、誰もがルティアのことを心配していた。
そうして四日目にして、ようやくガルヴィードが部屋から出てきた。
窶れた暗い表情で、ガルヴィードは側近達に告げた。
「……ルティアを呼べ」
真っ黒な瞳には、暗い決意が宿っていた。




