二十一、扉
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ガルヴィードが部屋から出てきたと聞いて、ルティアは喜び勇んで城へやってきた。
側近達に迎えられて、ルティアは弾む足取りでガルヴィードの元へ向かった。
「ガルヴィードは元気なの?」
「ああ。元気だ……ただ、」
「元気ならいいの!なんで部屋にこもってたのか気になるけど……言いたくないなら聞かない!」
「ルティア嬢……ガルヴィードは」
何故か側近達の顔色は優れなかった。足取りも重く、ルティアをガルヴィードの元に連れて行くのが気が進まないような様子であったが、ガルヴィードのことで頭がいっぱいのルティアはそれに気付かなかった。
ガルヴィードが部屋から出てきたことは喜ばしい。だが、側近達は言いしれぬ不安を感じていた。
部屋にこもっていた理由も言わず、ただルティアを呼べと要求するその姿が、まるで今までのガルヴィードとは変わってしまった気がして。
今のガルヴィードはルティアに会わせない限り他のことは何も喋らないだろう。だが、しかし、あのガルヴィードにルティアを会わせていいのだろうか。
暗い目つきでルティアを所望するあの男に、この少女を差し出していいのだろうか。
ーーー馬鹿な。
ルートヴィッヒはともすれば湧き上がってきそうになる疑念を振り払った。
ーーーガルヴィードだぞ。ルティア嬢を傷つけるはずがない。
そう思うのに、胸に渦巻く不安は消えてくれなかった。フリックとエルンストもなにやら言いたげな顔つきをしている。二人とも、ルートヴィッヒと似たようなことを考えているのだろう。
一方で、ルティアはガルヴィードのことしか頭になかった。今日からまた、いつもの時間が戻ってくるのだと信じて疑わなかった。
重苦しい足取りの三人と、弾むような足取りのルティアは、やがて王太子の部屋の前に辿り着いた。扉は開いていて、幽鬼のように陰を背負ったガルヴィードが扉に凭れて立っていた。
「ガルヴィード?……っえ?」
たたたっと駆け寄ったルティアは、いきなり手首を掴まれてぐいっと強い力で引き寄せられた。痛みに顔をしかめた時にはもう、ガルヴィードの胸に顔を押しつけられていた。
「おい……」
「お前らは向こうに行ってろ」
ガルヴィードが三人に命じた。頭の上から聞こえるその冷たい声に、ルティアは目を丸くした。
(ガルヴィードがこんなに氷みたいな声で命令するなんて……)
ガルヴィードらしくない。そう思ったが、肩を強く掴まれて体を押しつけられているせいで、声が出せない。
「なぁ、ガルヴィード。ちょっと話を……」
「出ていけ」
苛立ちを滲ませた声で一喝して、ガルヴィードはルティアを抱き締めたまま乱暴に扉を閉めて鍵をかけた。
閉め出された三人は、扉をみつめて立ち尽くした。
王太子の命令に従うべきだ。ガルヴィードならば、ルティアが傍にいれば心配することはない。
そう思うのに、三人は動けなかった。
今、ここから立ち去ったら、取り返しのつかないことになる。
そんな予感が、彼らの足を縫い止めていた。
***
強く押しつけられたまま体ごと振り回すようにされて、ルティアはくるくる目を回した。
気付いた時には放り投げられていて、ベッドにぽすんっと投げ出された。天井をみつめる間もなく、ガルヴィードが圧し掛かってきて、その切羽詰まった顔にルティアは訳がわからないままぞくっと震えた。
ずっと握りしめられていた手首は、頭の上でもう片方の手とひとまとめにされ寝台に押しつけられる。
「ガル……」
戸惑うルティアは、漆黒の前髪の隙間から覗く黒々とした目に、これまで目にしたことのない暗い熱が宿っていることを感じ取って、不意に恐ろしくなった。
声もなく震えるルティアを暗い瞳で見下ろし、ガルヴィードははあっと暑い息を吐き出した。
ガルヴィードの手がルティアの襟を掴み、ぐいっと力任せに引き下ろされ、ルティアの鎖骨が露わになった。
「やっ……」
思わず跳ねた体を、上に乗っかった体に押さえつけられる。
ガルヴィードは怯えるルティアに構わず、襟から手を放し今度は帯に手をかけた。
「ガっ、ガルヴィード!?」
頭は混乱していたが、とにかくこのままではいけないと悟って、ルティアは暴れ出した。だが、ガルヴィードにしっかりと押さえつけられていてろくな抵抗が出来ない。
力で適わないのは知っていた。今までもルティアが暴れると押さえつけられたり抱え上げられたりして宥められるのが常だった。
でも、こんな風にぎりぎりと手首を握られて、身動きできないように全身を無理矢理押さえつけられたことなどない。
帯を解いた手に腹から胸まで撫で上げられ、ルティアはぎゅっと目を瞑った。
「ルティア……っ!」
苦しそうに名を吐き出され、首筋に熱い息がかかった。
「や……」
ルティアは目を瞑ったまま首を振った。
怖い。幼い頃からよく知っているはずのガルヴィードのことが、まるで知らない人のように感じられて怖かった。
「いや!いや、放してっ……」
「っ、……お前はっ」
ルティアが身を捩って逃げようとすると、ガルヴィードは苛立たしげに叫んだ。
「俺の子どもを産むんだ……っ!俺の……俺の!!」
怒声を浴びて、ルティアはひゅっと喉を詰まらせた。
見開いた目から、涙がこぼれ落ちた。
***
「……やっぱり駄目だ」
「ルートヴィッヒ?」
ルートヴィッヒは目の前の扉を強く打ち付けた。
「開けるぞ!」
その一言で、フリックとエルンストも即座に動き出した。
エルンストはばっと身を翻して走っていく。フリックは頑丈な扉をガンガン蹴って怒鳴った。
「ガルヴィード!開けろこらっ!!」
不敬と咎められる行為だ。だが、そんなことに構っている場合ではなかった。
騒ぎにするわけにはいかないという意識もある。王太子の側近として、王太子の名誉を傷つける訳にはいかないという想いも強い。
でも、今はとにかく止めなければという焦燥が勝った。止めなければ、ルティアを、それ以上にガルヴィードを守るために。
エルンストが戻ってきた。背後に鍵束を持った城令を従えている。
「開けろっ!!」
王太子の私室を勝手に開けるのだ。首を斬られたとて文句は言えない。それでも、彼らは迷わなかった。
そして、開け放った扉の向こうに見たのは、寝台に泣きじゃくる少女を組み敷いた主君の姿だった。
「何やってんだコラっ!!」
床を蹴ったフリックが寝台に駆け寄りガルヴィードの胸ぐらを掴んでルティアから引き離した。
ルティアは小さく嗚咽を漏らして泣いていた。服は乱れていて、何があったかは一目瞭然だ。エルンストが抱き起こそうとして、触れるのに戸惑った。未遂とはいえ、とてつもない恐怖を味わったであろう少女をこれ以上怯えさせるわけにはいかない。
最大限に気を遣ってそっと肩に触れた。ルティアは泣いたままだったが、静かに身を起こした。
フリックに抑えられたガルヴィードは、抵抗することなく俯いている。ルティアは泣きながら解かれた帯をぐいっと結び、寝台から降りた。エルンストに支えられて部屋を出る姿を、ガルヴィードは一瞥もしなかった。
声もなく泣くルティアを、蒼白な表情で駆け寄ってきた侍女に任せ、三人はガルヴィードと向き合った。
ルティアが部屋から遠ざかり、姿が見えなくなったのを確認してから、ルートヴィッヒは口を開いた。
「……どうしたんだよ」
ガルヴィードは答えなかった。
「何があったんだよ!?お前がこんなことするなんて……」
ガルヴィードがルティアを傷つけたなんて、目の前で見ても側近達には信じ難い出来事だった。ガルヴィードは昔からルティアを「宿敵」などと呼び勝負を繰り返しながら、対等な存在として彼女を尊重してきた。それを知っているだけに、ガルヴィードに起きた異変がただごとではないのだと察せられた。
「言えよ!いったいどうしちまったんだよ!」
ガルヴィードは俯いて目を逸らしたまま一言も喋らなかった。




