十八、夢の謎
せっかく創った杖を使ってみる間もなくまたしても六部卿の前に引き出されて、ユーリは大いに不満だった。
口を尖らせるユーリの横には、何故か巻き込まれたカークも突っ立っている。
ビクトルの震え声の説明を聞いた六部卿は青ざめた顔で頭を抱えてしまった。
「……ユーリ・シュトライザー。その杖を自ら創りだしたというのは本当か?」
大魔法使いシャークローが重々しく尋ねる。ユーリが頷くと、室内の空気がどんどん重くなっていく。
「……うむ。そうか。どうやら、ユーリ・シュトライザーは我々の手に負える存在ではなさそうじゃな」
そう言って溜め息を吐き出す大魔法使いに、当のユーリが目をぱちくりさせた。
手に負えないってなんだ。まだなんの魔法も習っていないのに、いきなりそんな見放すような宣言をされてはたまったものではない。
ユーリの内心の不満に気付いたのか、シャークローがぱたぱた手を振ってみせた。
「お主はこの世の誰よりも素晴らしい力を持っている、ということじゃ。魔石を創れるだけでも驚いたのに、それで杖を創ってしまうとは」
「だって、普通の杖じゃ振っただけで粉々になるんですもん!これぐらい大きくて魔石で出来てれば、普通よりずっと頑丈でしょう!」
これなら壊れないに違いない!と胸を張るユーリに、カークが妙な生き物でも見るような目を寄越す。
「うむ……それで、何か体調に異変はないか?」
急に体調を気遣われて、ユーリは不思議に思いながら首を横に振った。
「そうか。であれば、お主に頼みたいことがある」
シャークローが椅子に座り直し畏まった声で言った。
「一日に二つ、魔石を創ってもらえるかの」
ユーリはぱちりと目を瞬いた。もちろん、創ることは構わないが、二つでいいのだろうか。魔石が魔力を増幅するのなら、たくさん欲しいのではないのか。
ユーリが疑問に思っていると、シャークローが続けて説明した。
「最初に魔石を創ってもらうのに慎重になったのは、魔石とは魂を削って創るものだと言い伝えられておるからじゃ。もしもいっぺんにたくさんの魔石を創らせて、お主の身に何かあっては、ご両親にもレコス王国にも申し開きできぬ。しかし、どうやらそれくらいの大きさの杖を創っても、平気そうにしておるからの」
言われて、ユーリは得意げに杖を持ち上げて見せた。自分より大きな杖だが、不思議と少しも重くない。
「だが、魔石を創ることでもしも僅かにでも疲れや体調の変化を感じた時は、すぐに報告をするのじゃ。それと、その杖は他の誰にも触れさせてはならん。魔石で出来ているなら、触れた人間に影響が出る。絶対に誰にも触れさせないように。よいな」
ユーリは少し顔を引き締めて頷いた。思いつきで杖を創ってしまったが、それが危険な行為だったことがわかった。魂を削って創るということは、もしも自分の能力に余るほどの大きさの魔石を創ろうとしていたら、魂を消耗して命の危機に陥っていたかもしれない。
ユーリは思わず自分の胸に手を当てた。
自分は魔法に関してはまったくの素人だ。途轍もない魔法量を持っていると言われても、思い上がらずにきちんと指示に従って修行していこう。
そう肝に銘じて、ユーリは手の中の杖を見た。
ーーーそういえば、この大きさの杖をずっと持ってるのは少し邪魔だな。
他の人達は杖を腰に下げている。この大きさでは背負うぐらいしか出来ないが、それだと使う時にいちいち降ろすのが面倒くさい。
ふむ。と、唸って、普段はどこか別の場所に置いておいて、使うときにひょいっと取り出せればいいのに。と、ユーリは思った。思っただけだ。
無意識に、どこかの空間にぽつりと置かれている杖を想像しただけだ。
その瞬間、手の中の杖がふっと掻き消えた。
「えっ?」
思わず声を上げる。他の者達も皆驚愕した。
「ど、どこへやった!?」
「え、わかんな……」
ユーリは焦って杖を探すように手を動かした。
すると、何事もなかったかのように、杖が姿を現してユーリの手の中に収まった。
「……今のは」
ビクトルが声を震わせた。
ユーリは手の中に戻ってきた杖に、ほっとして胸を撫で下ろした。せっかく創ったのに、なくなってしまったかと思った。
「お前……っ」
それまでずっと黙っていたカークが、急にユーリの肩を掴んで揺さぶった。
「お前、今のは空間魔法だぞ!すげえ難しい魔法なのに、なんであっさり使えるんだよ!?」
「へ?空間?」
「空間を創って、物をそこへ移動させて、使いたい時に取り出すっていう魔法なんだよ!」
「へえ!その魔法使えたら、行商の荷物運ぶのがめちゃくちゃ楽になりそう!僕、その魔法使いたい!」
「使ってた!今、使ってたから!」
カークは何故か半泣きだ。
のんきに商売に役に立つ方法を考えているユーリをみつめて、ビクトルは空恐ろしい想いに駆られた。
いいんだろうか。この子どもを育てても。
そんな想いが再び湧き起こってくる。危険ではないのか。今はまだ子どもだからいいが、成長してどんな人間になるかわからない。
タッセルの言葉が脳裏に蘇る。
魔王がどんな姿をしているか、我々は知らない。今は普通の顔をしている人間が、悪に走って魔王と化すかもしれないのだ。
もしもそうだとしたら、可能性が最も高いのは、まさに目の前の子どもだ。
何故なら、これほどの魔力の持ち主が、あの夢の中にはいっさい登場しなかったからだ。
あの夢ではヴィンドソーン以外の国々がどんな状況かはまったくわからなかった。だが、この国が壊滅的な状況に陥っているというのに、他の国が何もしていなかった訳はない。他の国でも魔王に対するなんらかの行動はあったはずだ。もちろん、レコス王国でも。
ーーーレクタル族は魔力を持たない民族だ。だから、あの夢の未来ではユーリ・シュトライザーは発見されないままだったのか?
それならば一応は説明が付く。だが、ビクトルは何か不自然な気がして納得できなかった。
ーーーそもそも、あの夢は、誰がどうやって見せたのだ?国民全員に。
アルフリードが自分を早く産んでくれと訴えるために夢を見せた、と最初は誰もが思っていた。だが、夢の中のアルフリードは別に強力な魔法使いという訳ではなかったと思う。
過去の人間に三日間に渡って夢を見せて、未来の人間の訴えを聞かせるだなんて、そんな高度な魔法を使える人間など、どこの国にも存在しやしない。
ーーーわからないことだらけだ。
ビクトルは頭を抱えた。
***
誰かに呼ばれたような気がして、ユーリ・シュトライザーは目を開けた。
寝床から起きあがって、まだ暗い室内を手探りで窓辺に寄る。
木窓を開けると、空はうっすらと明るくなりつつあるが、紫の中にまだうっすらと星が見える。
冷たい空気が吹き込んできて、ユーリはぶるっと震えた。
もう少し寝ようか。まだ起きるには早い。父と母が起きるのもまだずっと先だ。今日は父について得意先を回るのだ。寝ぼけ眼をしている訳にはいかない。
寝床に戻ろうとしかけて、しかし、再び誰かに呼ばれたような気がして、ユーリは振り返った。
「……だれ?」
家の外に、人の気配を感じる気がする。
十歳を過ぎた頃からだろうか、ユーリはやけに直感が働くようになったような気がしていた。
ユーリは足音を忍ばせて戸口に近寄った。音を立てないように扉を開けると、冷たい風がひゅっと吹き込んできた。
朝ぼらけの明るさを背に、一人の男が佇んでいた。
見たことのない男だった。年の頃は二十歳ぐらいだろうか。一目見て、レコス王国の人間ではないとわかった。
その男は宙に浮いていた。魔法使いなのだ、と思った。
ーーーなんで、魔法使いがこの国に?
その男は、ユーリをみつめて、口の端を持ち上げて愉快そうに笑った。
「お前か」
冷え冷えした声で、男が言った。
ユーリはゾクッと背筋が冷たくなった。声もなくみつめていると、男はふわりとさらに高く浮かび上がった。
「待っていろ」
男がユーリを見下ろして言う。
「すぐに迎えにくる」
そう言うと、ユーリの目の前で、男の姿が掻き消えた。
起き出してきた父に「どうした?」と声を掛けられるまで、ユーリは男が消えた空をみつめて立ち尽くしていた。
その日、
レコス王国とヴィンドソーン王国以外の、大陸の国家が、たった一日で、壊滅した。




