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十六、白い杖


 ***




 白い服の子どもと黒い服の子どもが手を繋いで走っている。


 仲の良さそうな様子に、微笑ましい気持ちになる。


 二人とも、体の大きさと同じぐらいの杖を持っている。白い子どもは白い杖、黒い子どもは黒い杖。


 耳元で、誰かの声がした。


ーーーユロクト


 誰だろう。聞き覚えのない声だ。それに、ユロクトなんて名前も知らない。


 僕は、ユーリだ。




 ユーリ・シュトライザーはなにやら騒がしくて目を覚ました。

 部屋の戸ががんがん叩かれており、「おいこら!」と怒鳴り声が聞こえる。


「んあ……?」


 口元のよだれを拭って起き上がると、ユーリは戸を開けた。


「お前!六部卿の元に呼び出されてるのに何でのんきに寝てるんだよ!さっさと着替えろ!」


「ん〜?誰だっけ……」


 外に立っていた少年のことが思い出せず目をこすりながら呟くと、少年は茶色い瞳を怒らせて怒鳴った。


「カーク・クヴァンツだ!」


「そっかそっか。ちょっと待って。飴をあげよう」


「馬鹿にしてんのか!いいからさっさと着替えて出てこい!」


 カークにどやしつけられ、ユーリはふやけた返事をしながらも言うことに従った。

 着替えながら、昨日のことを思い出す。ユーリが創った謎の石を拾ったカークの手のひらで石が溶けて、それを見たビクトルに怖い顔で迫られてユーリは半泣きで全て白状したのだった。

 その後、ユーリはいろいろ問い詰められ、もう一度あの石をビクトルや六部卿の前で創ってみせることになった。カークはどこかに連れて行かれて体に異常はないか調べられたらしい。

 幸い、カークはぴんぴんしているのでユーリもほっと胸を撫で下ろした。男爵家の令息に何かあったりしたら慰謝料が恐ろしい。


 それにしても、あの石を創って見せた時の周囲の驚きようといったら。ビクトルなんか文字通り腰を抜かしていた。


ーーーもしかして、石が出来ちゃうのはあまり良くないのかも。皆、深刻な顔してたし。


 手本を見せてくれた魔法使いや一緒にいた侯爵令嬢だという美少女が手のひらに生み出した丸い光は、手のひらを握ると跡形もなく消えていた。消えずに固まって石になってしまうのはまずいのかもしれない。


ーーー僕、本当に魔法の才能なんかあるのかなぁ?


 才能があると言われたのだからすごい魔法をばんばん使えるのかと思いきや、杖を持つことさえままならない役立たずぶりだ。そのうち追い出されるかもしれない。そうなったらレコス王国に帰るだけだが。


 着替え終えたユーリは荷物から飴の瓶を取り出してポケットに入れた。これはユーリを心配した父が持たせてくれたものだ。


 魔法を使えるようになれば今よりも父の役に立てるだろう。そう思って、ユーリは頑張ろうと自分に言い聞かせて部屋を出た。


 カークに引きずられるようにして総務棟へ向かうと、入り口にビクトルが立って待っていた。

 ビクトルに従って六部卿と大魔法使いの前に連れて行かれる。


「よく来た。ユーリ・シュトライザー。カーク・クヴァンツ」


 大魔法使いシャークローが厳かな声で呼ばわる。

 カークはがちがちに緊張していたが、ユーリは欠伸を噛み殺して周囲の大人達を見渡した。全員、昨日と同じく深刻な表情で、中にはあからさまにユーリと目を合わせないようにしている者もいる。

 とすると、やはり昨日の一件は良くない結果に落ち着いたのだろう、とユーリは冷静に考えた。


「あの、回りくどいのは面倒なんで、あの石がなんだったのか早く教えてください」


 ユーリが口を開くと、隣でカークがぎょっとした顔をした。


「創っちゃいけないものだったんですか?」


「ふむ……創ってはいけない、というより、普通は創ろうとしても創れないもの、じゃな」


 シャークローが透明な四角い箱を取り出した。中に、ユーリが創った丸い石が入っている。


「どうやら、シュトライザー以外の者が素手で触れると吸収されてしまうらしいのう。ムグズ」


「はい」


 ビクトルが一歩進み出て言った。


「昨日、その石がカーク・クヴァンツの手のひらで溶けて消えるのを目にしました。その直後、カーク・クヴァンツの魔力量が僅かに増加しました」


 ユーリは驚いてビクトルを見た。


「本日はカーク・クヴァンツの魔力量は元に戻っています。あの石によって魔力量が増えたことは間違いありませんが、魔力増加はあくまで一時的なもののようです」


「うむ」


 シャークローがゆったりと頷いた。


「我々の方でも調べたが、やはりこれは「魔石」である可能性が高い」


「魔石……?」


 ユーリは呆然と呟いた。魔石というものの存在は知っている。しかし、あれはサフォア王国からしか採れないと聞いていた。


ーーー僕が魔法で創ったものが魔石って、どういう……


「魔石はサフォア王国にしか存在しない。魔石の伝説は聞いたことがあるか?」


 ユーリは首を横に振った。


「かつて、この地に白い魔法使いと黒い魔法使いがいて、黒い魔法使いが悪の道に落ちた。黒の魔法使いと戦って死んだ白の魔法使いの魂が、魔石となった」


 シャークローは魔石とは伝説上の魔法使いの魂だと述べた。


「魔石には魔力を増幅する効果がある。通常は杖や魔法道具に練り込んで使用するものだ。お主が創りだした魔石のように、誰かにそのまま吸収されてその人間の魔力量を一時的に増やすなどという話は聞いたことがない」


 視線を感じてそちらに目を向けると、ビクトルが何か言いたげな顔つきでユーリを見ていた。隣の様子を窺うと、カークは目を白黒させている。彼は完全に巻き込まれた形なのでユーリは気の毒になった。後で飴玉をあげよう。


「えっと……じゃあ、僕が魔石をたくさん創れば皆喜ぶってこと?」


 魔石が魔力を増幅するなら、皆欲しいはずだ。そう思って言ったのに、シャークローはかぶりを振った。


「いいや。今のところは魔石を創る必要はない。お主が魔石を創ることが出来るのが何故かもわからないうちは慎重にならねばならん。このことは他の者にも漏らしてはならない。わかったな」


 シャークローはユーリだけではなく、カークにも念を押した。




 ***



 訓練棟に戻ってきたユーリは新しい杖を持ってくるというビクトルを待っていた。何故かカークも付いてきている。


「杖、かぁ……」


 ユーリは溜め息を吐いた。

 ユーリは商人の息子だ。物は大切に扱わねばならないと父から教え込まれている。なので、気が重い。これ以上杖を破壊するのは嫌なのだ。


ーーー壊れない杖があればいいのに……普通の杖より数倍丈夫だっていう魔石を練り込んだ杖も一瞬で吹っ飛んだしなぁ……ああもったいない!魔石入りなんて絶対めちゃくちゃ高価なのに!


 ユーリは頭を抱えて唸った。


「おい、なんだよ?」


 驚いたカークが声を掛けてきて、ユーリは悩みを打ち明けた。


「杖?てっきりさっきの魔石の話で悩んでるかと思ったのによ」


「魔石……ああ、だってあれは、お偉いさん達が考えればいいことでしょ?それより僕は、これ以上杖を壊したくないんだよ!」


 魔石は創れと言われたら創ればいいだけだとユーリは思っている。魔力が増幅するなら便利なアイテムみたいなものだろう。


「お前、魔石だぞ魔石?もっと深刻に考えろよ!」


「僕は魔法のことなんか全然知らないんだから、僕が考えたって無駄だよ。それより杖を……」


 言い掛けて、ユーリの脳裏にふっとある考えが過ぎった。


ーーーそうだ。魔石が練り込まれた杖は丈夫なんだったら、魔石がたくさん使われているほど壊れにくいはず。でも、魔石は貴重で高価だから、そんな杖は創れない。だけど……


 ユーリは自分の手のひらを眺めた。


ーーー僕は魔石を創れるじゃないか!


 魔石そのもので杖を創ってしまえば、ユーリの力でも壊れないかもしれない。それに、ユーリが創った魔石ならお金もかからない。試してみる価値はある。


ーーー丸い形じゃなくて、杖の形を想像して……


 手のひらを上に向けて、目を閉じて集中しようとしたその時、ユーリの脳裏にふっと夢の光景が蘇った。白い子どもと黒い子どもが持っていた杖。


ーーーそうだ。あれくらい大きかったら、絶対に壊れないはず。


 魔石は白いので、上手く出来れば白い子どもが持っていた白い杖そっくりになるはずだ。

 完成形を頭の中で固めて、ユーリは呪文を唱えた。


「エル・カロ」


 ずん、と、手のひらが突然重くなった。


 ばちばちばちっ、と、稲妻が走るような音が響く。


「えっ!?」


 カークが驚愕の声を上げるのが聞こえた。


 ユーリはうっすらと目を開けてみた。自分の手のひらから白い光が放たれて、その光が天井に向かって細く伸びる。


ーーー固まれ固まれ。


 念じると、白い光が徐々に実体を持っていく。ぱちぱちと白い火花を散らしながら、ユーリが想像した通りの杖の形が出来上がっていく。


 やがて、火花が収まるとユーリの手の中にはユーリの身長より大きい真っ白な杖が握られていた。


「うーん……ちょっと大きすぎたかな?」


 自分より頭一つ分くらい大きい杖に、苦笑いを浮かべる。


「でも、僕はこれから成長期だし、すぐにちょうど良くなるよね。うん」


 自分を納得させたユーリが振り向くと、カークが顎が床に着きそうなくらい口を開けてぶるぶる震えていた。そして、いつの間に戻ってきたのか、その隣にビクトルが立っていた。

 彼の抱えていた杖の束が、ばらばらと床に落ちた。





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