十二、魔石
***
自分に魔法使いの才能があるなんて、考えたこともなかった。
魔法使いになりたいのか、と訊かれると、今でも首を傾げるしかできない。
けれど、自分にはどうやら選択肢は与えられないらしい。
「ふぅ……」
魔法協会の中に与えられた一室で、ユーリは一人きりで溜め息を吐いた。
この国には行商に来ただけだったのに、なんでこんなことになったのだろう。突然「キミにはすごい魔力がある」なんて言われて魔法協会に連れてこられて、あれよあれよという間にユーリはここで学ぶことに決まってしまっていた。
「大きすぎる力を持っているので野放しにすると危険だから」らしいが、けれどこれまで生きてきてユーリは魔法なんて使ったことも意識したこともないし、別に学ばなくても今まで通りに生きていけるはずだ。
父は「嫌になったらすぐに帰ってきていい」と言ってくれたけれど、周りの大人達を見るにどうもそう簡単に帰してくれそうにない雰囲気だ。
ユーリは昼間の出来事を思い返した。
今日は魔法を使う際に必須の杖の使い方を教えてもらーーーうはずだった。杖を振ることによって、全身の魔力を杖に集中させ具現化の助けとするらしいが、ユーリにはよくわからない。教えられた通りに杖を振るや、杖が破裂したからだ。
軽く振っただけで粉々になった杖を見て、ユーリの教育係だというビクトルは青ざめていた。ユーリも青ざめた。杖って高いんじゃないの?と心配になったからだ。
しかし、弁償しろと言われることもなく、その後も杖を破壊し続けて、十本の杖を粉にしたところで「キミに合った杖を作らなくちゃいけないね」とひきつった笑顔で言われた。
一緒に杖を振っていた白銀の髪の美少女は「すごいですのね!」と目をきらきらさせていたが、商人の息子としては粉と化した杖を見て「もったいない」としか思えなかった。
すごい魔力がある、と言われたが、まだ何も目に見える形で魔法を使えていない。そのことがユーリは不満だった。
最初に魔力を使った時も、他の人の魔力は丸い形になっていたのに、ユーリは辺り一面白く輝かせただけだ。ちゃんと丸い形にしたい、自分も。
ユーリは両手のひらを合わせて集中してみた。
(丸い形丸い形……)
あの時、怒鳴り込んできた男に「魔力を垂れ流すな」と叱られた。ならば、垂れ流さないように気を付ければいい。手のひらで囲んだ範囲から、魔力がはみ出さないように、魔力がぎゅううと真ん中に詰まる感じで、目を閉じてイメージをしていく。
(丸い形……)
ん〜、と唸り、集中する。
すると、手のひらがかーっと熱くなった。
「エル・カロ」
小声で呟いてみた。
目を開くと、手のひらの中心が白く輝いている。
「お」
白い光がぎゅっと凝縮して丸い形になり、一瞬強く輝いたと思った次の瞬間、手のひらから丸いものがこぼれ落ちてからん、と床に転がった。
慌てて拾い上げると、ぶどう一粒ぐらいの大きさの乳白色の丸い石が出来ていた。
「え?これ、僕が作ったの?」
思わずきょろきょろ辺りを見回すが、当然他に人はいないし、こんな丸い石が転がってくるような理由は他にない。
「魔力で石って作れるの?」
他の人も魔力で丸い形を作っていたけれど、あれはすぐに消えていた。
「なんかの役に立つのかな?これ……」
自分で作っておきながらなんだが、使い道がわからない。
今度誰かに訊いてみようと思い、とりあえずポケットに入れた。
***
ヘリメナ・サフォアは憤慨していた。
ーーー破廉恥ですわ!!
憧れの隣国の王太子との茶会を台無しにした女に怒りが募る。
ーーーな、何なんですの?いきなりテーブルの下から現れてあんな……抱き合ったり、か、体をまさぐったり……昼日中の庭でなんて、ありえませんわ!破廉恥すぎますわ!
あの伯爵令嬢は昔から隣国の王太子の近くをうろうろしていたが、既にあんな関係になっていただなんて。
ヘリメナはぐっと拳を握り締めた。
「けしからんですわ!もっとやれ!」
「姫様」
思わず本音を口にしたところで、呆れた表情の部下に声をかけられた。
「いつまでエロい妄想で悶えてんですか?仕事の時間ですよ」
「なんですの!?失恋した女の子に少しは気を遣いなさい!」
「魔石の掘り出しには王族の立ち会いが必要なんですから、さっさと来てください」
「ぐぬ……この陰険メガネ……」
ヘリメナはわなわなと震えながらも部下について採石現場へ向かった。
宝石の国サフォアではたくさんの種類の宝石が採れる。最も多く産出するのはダイヤとルビーだが、最も高値で取り引きされるのはサフォアに伝わる至宝である魔石だ。
ヘリメナと部下のガロトフは厳重な警備の施された洞窟の奥へ足を踏み入れる。
この洞窟は王家の直轄で、立ち入ることが出来るのは限られた者だけだ。
その洞窟の深奥に、巨大な魔石が浮かんでいる。乳白色の淡い輝きを放ち、人の頭の高さに浮かぶ巨大な菱形の石だ。
「ヴィンドソーンの王立魔法協会からですわね」
「はい。なんだか最近になって急に人を増やしたみたいで、杖が必要なようです」
魔石には魔力を増幅する効果があるため、魔石を練り込んで作った杖は魔法使いにとっていつかは持ちたい憧れの品だ。ただし、非常に高額である上に、サフォアの友好国以外には渡らないため取引先は限られる。
ヘリメナは魔石の前に跪き、祈りの言葉を口にした。
「ユロクト・ユロクト、お力を分け与えください。ユロクト・ユロクト、御身を削ることをお許しください。我らを救いたまえ」
ユロクト、とは、この魔石を生み出したとされる伝説上の魔法使いの名前だ。サフォアには、この魔石に関する昔話がある。
昔、この大陸にまだ国がなかった頃の話。
ユロクトという名の白い魔法使いと、ヒュゼルという名の黒い魔法使いが仲良く暮らしていた。
二人はとっても仲が良くて、いつまでも二人でいようと約束をした。
しかし、やがてヒュゼルは悪の心を持ち、ユロクトと敵対してしまった。ユロクトは人々を守るためヒュゼルと戦い、命と引き替えにヒュゼルを封印する。ユロクトは死の際に、自らの肉体を魔石へと変えた。そして、サフォア王家の先祖にこう告げた。「私は魔石となって皆を見守る。心正しき者に我が身を与えよ」と。
以来、サフォア王家は代々魔石を守ってきた。
ヘリメナはダイヤで加工した特別なナイフで魔石の表面をほんのわずかに削り取る。
これだけでも、魔法を使う際に触媒とすれば普段の何倍もの威力の魔法が使える。
「もしも、これぐらいの大きさの魔石の欠片を使ったら、どんな魔法が使えるんでしょうね」
ガロトフが指と指で円を作って言った。
ヘリメナはそれを笑い飛ばした。
「そんなの、爆弾を持っているようなものよ。危険すぎて使えないわ」
***
ビクトルが大事な会議とやらに行っていていないので、ユーリは訓練棟の隅っこで欠伸をしながら彼が戻ってくるのを待っていた。
「おい」
「ん?」
頭の上から声がしたので振り仰ぐと、目つきの悪い少年が意地悪げな笑みを貼り付けた顔でユーリを見下ろしていた。
「お前、レクタル族なんだってな。魔力を持たないカス民族がなんでここにいやがるんだ?」
「はぁ……」
ユーリは内心で「うわー……」と思った。見たところ、少年は十四、五歳ぐらいだ。着ている物が立派だし貴族の令息なのだろう。にしても、八歳のユーリにこんな風に絡んでくるなんて器が小さい。
ユーリがげっそりとしているのを怯えて小さくなっていると勘違いしたのか、器の小さい少年は若干調子に乗り出した。
「魔力がないカス民族で、見た目も汚いなんてどうしようもないな。そんな汚い目と髪は初めて見たぜ」
ユーリの瞳の色は灰色だ。髪の色も濃い灰色で、レコス王国の民は皆同じ色の髪と目を持っている。たまに、黒に見えるほど濃い色の持ち主もいるけれど、碧や碧や紅みたな華やかな色の目や、金髪や赤髪の持ち主は存在しない。
ユーリを汚い色と嘲る少年は茶色い目と茶色い髪で、色とりどりなこの国では割と平凡な……だからか、とユーリは納得した。
恐らく、彼自身が自分の髪と目の色が他者より地味だとでも思っているのだろう。なので、自分より地味な色の持ち主がやってきて嬉しくて絡んできたという訳だ。実に器が小さい。が、ある意味素直で嫌いじゃない。
ユーリはこういう「自分では取り繕ってるつもりでも中身が全部見えてる系の小悪党」は実際は小心者だと知っているので、ふっと肩の力を抜いた。器の大きさを他人に合わせてはいけない。商人の父の教えである。
なので、ユーリは広い心で少年に微笑みかけた。
「僕はユーリ・シュトライザー。よろしく」
「はあ?お前の名前なんか聞いてねぇよ」
「お近づきの印に飴を上げよう」
「馬鹿にしてんのかクソガキ!おい、こっち見ろ!」
ポケットをごそごそしていたユーリは、怒った少年に肩を掴まれて引っ張られた。その拍子に、ポケットの中から丸い石が飛び出して床に転がった。
「なんか落ちたぞ」
「あ、それ……」
昨夜、自分で作り出したよくわからない石だった。
少年は落ちたそれに手を伸ばし、拾い上げた。
「ほら、……え?」
少年の手のひらの上で、石が白く輝いてしゅうう、と溶けるように消えてしまった。
「え、なんだ?」
「し、知らない知らない!」
戸惑う少年と、それ以上に戸惑うユーリは消えた石を探してわたわたと辺りを見回した。
「?なんか、手のひらが熱い……」
「え?火傷?怪我?あれのせいで!?」
少年が石を載せていた手のひらをみつめてそんなことを言うので、ユーリは泣きそうになった。
自分の作り出したよくわからないもののせいで大国の貴族が怪我したとか、本当に洒落にならない。
「いや、怪我はしていないけど……っ」
少年の言葉が途中で止まった。
少年とユーリの間に勢いよく割り込んできたビクトルが、目を血走らせて言った。
「何を、したっ……?」
ユーリは声をなくしてビクトルを見上げるしか出来なかった。
***
ビクトルが目にしたのは、ユーリと少年ーーー確か男爵家の次男だったーーーがなにやら言い合う姿だった。
絡まれているのかと思い、仲裁しようと足を早めたところで、男爵家の次男が床に屈んで何かを拾った。
そして、次の瞬間、男爵家の次男の体から立ち昇る靄が、濃く、強くなった。
魔力の量は生まれもったもので、増えたり減ったりはしない。
だが、今この一瞬で、目の前の少年の魔力の量が明らかに増えた。
他人の魔力を視ることが出来るビクトルには、そのように見えたのだ。




