十一、ルティアの葛藤
ルティア・ビークベルは激怒した。
「なんで帰っちゃダメなの!?」
毎日、強制的に登城させられているのも王太子の部屋に放り込まれるのも我慢してきたが、これは怒っていいだろう。
「申し訳ない、ルティア嬢。しかし、ここにいてもらいたい。ガルヴィードのために」
ルートヴィッヒが宥めようとしてくるが、納得がいかない。
「なんで、あいつが他の女の人とお茶飲んでる間、一人寂しく待っていないといけないのよ!!」
本日、ガルヴィードは王太子として、隣国の王女との茶会に参加しなければならず、主不在の部屋で待っているように指示されたルティアは怒り心頭だ。茶会の予定があるなら、ルティアは今日は城に来なくても良かったじゃないか。
「いや、今日こそここに居てほしいんだ。茶会の後、絶対ガルヴィードは窶れて帰ってくるから」
ルートヴィッヒはこめかみを押さえて溜め息を吐いた。
今現在、ガルヴィードが相手をしているのはサフォア王国の王女ヘリメナだ。
彼女は昔からガルヴィードにご執心で、少ないチャンスを捉えては押し掛けてくるので厄介なのだ。何せ一国の王女だ。無碍には出来ない。
幸い、サフォア国王は王女の嫁入り先としてヴィンドソーンを候補に入れていない。サフォアにはドモンド王国という縁の深い兄弟国があり、王女をそこの公爵に嫁がせるつもりのようだ。
というのも、サフォアは宝石の産出する豊かな国であり、どこの国も虎視眈々と領土を狙っているため、下手に他国と縁続きになってそれを足がかりに乗り込んでこられてはたまらないという事情があるからだ。故に、古くから信頼の厚いドモンド王国以外には保守的な態度を崩さない。
それに、大陸で一番の大国であるヴィンドソーンが豊かなサフォアと繋がりを深くすれば、ヴィンドソーンが力を持ちすぎる。周辺国が不安になる縁談は双方の国で望んでいない。
だが、ヘリメナはその辺りの事情がわかっているのかいないのか、幼い頃に王家主催の舞踏会で出会ったガルヴィードに一目惚れして以来、積極的に絡んでくる。
もちろん、ガルヴィードの方はルティアとの勝負に夢中でヘリメナのことは「勝負の邪魔」としか思っていないのだが、しかし、サフォアとは宝石の取引もあるしそれなりに友好を保たねばならない。
なので、ガルヴィードは興味がなくて退屈な気持ちを抑えて茶を飲んで談笑しなくてはならないのだ。王太子の仕事として。
ルートヴィッヒは精神的に疲弊して帰って来るであろうガルヴィードのために、ルティアに彼を迎えてやってほしかった。ルティアがいればガルヴィードの気分は一瞬で上がる。愚痴を聞かなくてすむ。
「あいつが「宝石姫」とイチャイチャしすぎて窶れようが疲れようが私には関係ないわよ!」
「いや、イチャイチャはしていない、間違いなく。あいつがイチャイチャするのはルティア嬢だけだから」
ルティアはぷん!と頬を膨らませてそっぽを向いた。
ーーーおや?
その態度を見て、ルートヴィッヒは目を見張った。
ルティアの膨らんだ頬がわずかに赤らんでいる。寄せられた眉根は怒りと不安が綯い交ぜになった感情の表れのように見える。
「……もしかして、妬いてるのか?」
「はあ!?」
ルティアがぎゅん!と首を回してルートヴィッヒを睨んだ。
「なんで私が!?」
「心配しなくても、ガルヴィードはルティア嬢一筋だぞ」
「心配なんかしてない!」
顔を真っ赤にするルティアは、端からは焼き餅を焼いているようにしかみえない。
ーーーなんで、これで、くっつかないんだろうなぁ。
さっさと想いを自覚して婚約なり結婚なりしてしまえば、宝石姫だろうがなんだろうが手出しできなくなるのに。
「まあ、もやもやする気持ちは、後でガルヴィードにぶつけてやってくれ」
焼き餅が原因で喧嘩すれば、二人とも勢いでお互いの気持ちを自覚するかもしれない。
そう考えて、ルートヴィッヒはふくれっ面のルティアを残して、部屋から出ていった。
後に残されたルティアは、むーっと唸った。
(焼き餅なんか妬いていない!)
自分が怒っているのは、わざわざ城に連れてきたというのに、予定があるからと待たされていることだ。扱いが気に入らないのだ。
(そうよ。焼き餅じゃない!別に、ガルヴィードが誰と一緒にいても私には関係ないし、気になんかならないし!)
ルティアは舞踏会で見かけたことのある宝石姫ヘリメナの姿を思い浮かべた。ルティアより二、三年上で、すらりと背が高い銀髪の美女だ。宝石国の宝石姫と呼ばれるにふさわしく、常に美しい宝石を全身に身につけている。ガルヴィードとぎゃいぎゃい喧嘩していると首を突っ込んできて、ルティアを「品がない」だの「不敬」だのと批判してくるので好きじゃない相手だ。
ヘリメナがガルヴィードを好きなのは一目瞭然だが、ガルヴィードはいつも面倒くさそうに相手をしている。
でも、相手は一国の王女だ。もしも、サフォアの国王から婚姻の申し込みがあったら、ヴィンドソーンの国王も乗り気になるのではないだろうか、とルティアは思う。だって、サフォアは宝石ざくざくのお金持ち国家だ。宝石姫ヘリメナとただの伯爵令嬢ルティアでは比べものにならない。
(……でも、英雄を産むのは私)
ヘリメナの面影を振り払うために心の中で呟くと、ぽっと胸が温かくなった。
その温かさの中に、夢で見たアルフリードの顔が浮かぶ。
(あの子は、私とガルヴィードの子供……ということは、私が産まないと、あの子はこの世に産まれない……?)
ルティアははたと気づいた。そうだ。自分が産まなければ、あの子供はこの世に誕生することが出来ないのだ。
これまで、「絶対に産みたくない」と拒絶してきたが、自分のその感情が一人の英雄をこの世から消してしまうーーーいや、産まれるはずだったものから産まれる権利を奪ってしまうことになるのだ。
それに気づいて、ルティアは頭を抱えた。
(あ、あの子を消してしまうなんて、出来ない……う、産むしかない……)
だって、ルティアは見てしまった。夢の中で、あの子がどれだけ人々に希望を与えたかを。英雄として折れることなく立ち続けた姿を。
(ううう……でも、い、いつ、どうやって産めばいいの?いや、産む前に結婚しないと駄目なのでは?結婚するの?ガルヴィードと?私が?)
ルティアはガルヴィードのベッドに飛び乗ってじたばたと暴れた。
(無理無理無理!想像できないし!)
暴れるうちに、ベッドに染み着いたガルヴィードの匂いに気づいてルティアはぴたりと動きを止めた。さらに、ついこの間このベッドの上でガルヴィードに腕やら腹やら触られたことを思い出して、すっかり居たたまれなくなってしまった。
じっとしていられない気分で、ルティアはばっと起き上がって部屋から飛び出した。とりあえず庭に出て深呼吸して落ち着こう。そう決意して、ルティアは廊下を駆けていった。
***
中庭に飛び出して思い切り息を吐いて吸い込んだ。
「ふぃ〜……」
走ったせいか、顔が火照っている。ルティアはぷるぷると頭を振って熱を吹き飛ばそうとした。
今日は天気がいい。日差しと暖かい空気が気持ちよくて、ルティアは少し庭を歩くことにした。
考えるのは、ガルヴィードのことだ。
ルティアがガルヴィードと結婚してアルフリードを産む。それが全国民から望まれていることだ。
国王もルティアの父も、既に結婚の準備を着々と進めている。周りも当然そのように動いているのは想像に難くない。
抵抗しているのは、ルティアとガルヴィードだけだ。それも、別に相手が嫌いで抵抗している訳ではない。
ガルヴィードを見ると嫌悪感を覚えるが、ガルヴィードのことは嫌いではないのだ。
数年前に、ガルヴィードと交わした会話を思い出す。
喧嘩の途中で、ガルヴィードが『俺のどこが嫌いだ?』と訊いてきたのだ。
それに対して、今より幼かった自分は長い時間考えた末にこう答えたのだ。
『殿下の中にある「何か」が嫌いです。殿下のことは嫌いじゃないのに、その「何か」が、殿下の中にいることが、ものすごく嫌なのです』
その「何か」がいる限り、ガルヴィードの全部を好きになることは出来ない。
(でも、結婚するなら、好きにならなきゃ……)
「結婚……結婚……」
ぶつぶつ呟きながら歩いていると、不意に甲高い嬌声が響いてルティアは顔を上げた。
薔薇の園の向こうに、白いテーブルを囲むガルヴィードと宝石姫の姿が目に入った。
ルティアはカッと顔が熱くなるのを感じた。
(は?なに?茶会って二人きりなの!?)
正確には二人きりではなく、侍女が横に立っているのだが、ルティアの目には嬉しそうにしなを作るヘリメナと穏やかに微笑むガルヴィードしか入らない。
(随分、楽しそうに話してるじゃない!むぅ〜)
なんだかものすごく苛々して、ルティアは植え込みに身を隠しつつテーブルに近づいていった。
ヘリメナが何か言って席を立った。侍女と共にどこかへ去っていく。
お花を摘みにでもいったのだろうと思い、ルティアは植え込みの影にしゃがんだままテーブルの横まで移動し、ガルヴィードの腕を引っ張った。
「おわっ?」
不意を突かれて驚いたガルヴィードが、ルティアを見て目を丸くする。
「何してんだ、お前?」
「ただの散歩よ。それより、……随分楽しそうだったわね」
「はあ?冗談じゃねぇ。社交だと思って我慢してるだけだ」
ガルヴィードは心外そうに眉をひそめたが、ルティアは「へーほーふーん」とジト目で彼を睨む。
ルティアが不機嫌なのに気づいたのか、ガルヴィードが椅子に座ったままルティアの方に体を向けた。
「どうした?」
ルティアの方がふいっと目を逸らした。これではルートヴィッヒの言うようにただの焼き餅ではないかと気づくと、急に恥ずかしくなった。
「ルティア?」
「あ……」
ガルヴィードの視線から逃れられなくて、ルティアはおそるおそる彼を見上げた。
「私……」
「ガルヴィード様ー!お待たせいたしましたー!」
戻ってきたヘリメナの声に、ガルヴィードは咄嗟にルティアをひっ掴んでテーブルの下に押し込んだ。
テーブルクロスで隠して、ヘリメナにぶつからないように自分の足で囲う。ヘリメナは昔からガルヴィードの傍にいるルティアを目の敵にしている。見つかったら面倒なことになる。
ルティアもそれはわかったので、驚きつつもおとなしく匿われた。
男の股の間に匿われるという、それはどうなんだ、と言いたくなる体勢なのだが、ガルヴィードが自分を守ろうとしているのを理解しているためルティアには文句など言えない。王太子と他国の王女の茶会を、伯爵令嬢ごときが邪魔したりしたら、ルティアだけじゃなく父まで罰を受けるかもしれない。
茶会が終わって二人が立ち去るまで、ここでじっとしていなくてはならない。そう決意して縮こまるルティアだったが、そんな彼女に危機が迫っていた。
ふっと視線を落としたルティアの目に、ドレスの裾をもそもそと登ってくる、青くてもこもこした御方のお姿が。
「ひ」
立ち上がりかけたルティアの体を、ガルヴィードの足が抑えつけた。
大人しくしろ、とでも言いたげに足に力が込められるが、ルティアはそれどころではない。
一方、突然ばたばたと暴れ始めたルティアに、ガルヴィードは慌てつつも平静を装って足で抑えつけた。
ーーー暴れんな、こら!
「ガルヴィード様?どうかなさって?」
「いえ……何も」
顔は微笑みながら、足に力を込める。
股の間でばたばた暴れるルティアを必死に抑えつけて、ガルヴィードは心の中で叫ぶ。
ーーーなんで俺はこんな女を股に挟んで談笑せねばならんのだ!?
ひきつった笑顔で茶を飲もうとした時、ルティアがテーブルクロスを跳ね上げて飛び出してきた。
「ぎゃあああああっ」
そのままガルヴィードの首に抱きつく。
「取って取って取って!!」
「おいっ?」
「取ってぇぇぇっ!!」
ぎゃあぎゃあと喚いてぎゅうぎゅうと抱きつくルティアに目を白黒させていたガルヴィードの目に、ルティアのドレスにくっついた青い虫が飛び込んできた。
「ああ……」
「うあああんっ!!」
「ちょ、落ち着け!取ってやるから!」
手を伸ばして取ろうとするが、ルティアが暴れるので上手くいかない。
「うぎゃあんっ!!」
「暴れるなっつの!あれ?どこ行った?」
服の中に入ってしまったのか、ルティアがよりいっそう大きく暴れて、ガルヴィードは腕と足を使ってその体を押さえつけた。その拍子に、椅子が倒れて芝生に倒れ込む。
「ええいくそっ!!」
スカートの中に手を突っ込んで、ガルヴィードは太股を張っていた青い虫を捕まえて雄叫びを上げた。
「穫ったどーっ!!」
その騒ぎを聞きつけて、侍女や側近達が駆けつけてくる。
その場に集まった人達が目にしたのは、足を絡め腕を絡めくんずほぐれつ状態で地面に倒れ込み、はあはあ息を荒くして、ドレスを乱してぐったりしたご令嬢と何かやり遂げた王太子の姿だった。
その傍らに、顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている宝石姫の姿がある。
「……何やってんだ……お前ら……」
ルートヴィッヒが頭を抱えて肩を落とした。




