十、白い世界
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「ダメよ!!馬鹿なことはやめて!」
ハルベリーは自分が叫ぶのを見た。
自分ーーー今より少し大人になっている自分だ。
「諦めるのよ!!私達は騙されていたの!!わかるでしょう!?」
ハルベリーの声に、金糸の髪をさらりと揺らして少女が振り返った。
金糸の隙間から覗く藍色の瞳には、強い決意が宿っていた。
「わからないんだ。皆の言ってるようには、わかれないんだ。私は、だってーーー」
微笑む少女を引き留めることが出来ず、ハルベリーはただただ涙を流すことしか出来なかった。
侯爵令嬢ハルベリー・モガレアは悲しい夢から覚めて一筋の涙を流した。
「ルティア様……」
夢の中で、彼女はどこかへ行こうとする親友を止めようとして、止めることが出来ずに無力感に打ちのめされていた。
「未来の夢、なのかしら……?」
あの全国民が見せられた三日間の悪夢と同じ、未来に起こることなのだろうか。
夢の中のハルベリーは二十歳前後だった。ということは、今から四、五年後ということになる。英雄はまだ産まれていない。それなのに、ルティアはいったいどこへ行こうとしていたのだろう。ハルベリーが必死で止めていたということは、安全な場所ではないはずだ。
「まあ、もしもあんなことが起こったら、私今度こそきちんと引き留めませんと」
英雄の母となる彼女を守ることが、この国の貴族であり友人である私の役目、と、ハルベリーは決意した。
「さあ、今日から忙しくなりますわ」
夢のことは一度忘れて、ハルベリーは新しい日々が始まることに胸を躍らせた。
いつもの豪奢なドレスではなく、簡素なローブに着替え、美しい白銀の髪を邪魔にならないように結い上げる。
「お嬢様……本気なのですか?」
侍女のアンヌがもう何度目かわからない台詞を繰り返して心配するが、ハルベリーは迷いなく微笑んだ。
「本気ですわ。私、やるべきことをやると決めたの」
決然と述べたハルベリーは颯爽と馬車に乗り込んだ。
向かう先はーーー王立魔法協会。
ハルベリーの魔力値は高い。
幼い頃に受けた魔力測定で平均値を遙かに越える数値を叩き出している。
高位の貴族令嬢であるから、魔法協会に入るという道は選ばれなかったが、今となっては状況が違う。三年後には魔王が復活してしまうのだ。
あの夢の直後、戦力増強に努める魔法協会が過去に測定した高魔力値の人間に入会要請を送ってきたのだ。ハルベリーは即座に手を挙げた。
両親は心配したが、ハルベリーは力強く説得した。
「私が魔法を学ぶことで、もしも一人でも命を繋ぐ人間がいるならば、私が今からすることはすべて意味あることなのです」
高い魔力を有する自分が戦わずに死ぬわけにはいかぬというハルベリーの言葉に、侯爵夫妻も折れたのだ。
そしていよいよ今日から、魔法協会での修行が始まる。ハルベリーは燃えていた。
「私、ただでは死にませんわ。魔王に一太刀なりとも浴びせてやりたいのです」
迎えに現れた魔法協会の職員は、馬車から降りた侯爵令嬢がそう言ってにっこり笑ったので思わず目を瞬いた。
***
王立魔法協会は二棟の巨大な建物から成る。
一棟は既に魔法使いの称号を得た者達と幹部達の使う総務棟、一棟は見習いが修行する訓練棟だ。
訓練棟に案内されたハルベリーは職員に案内されながら廊下を進んだ。
「まずは、簡単な魔法を使ってみてもらい、魔法に対する耐性を調べます」
「耐性?魔力値とは違いますの?」
「はい。魔力値が高くとも、実際に魔法を使った後に体調に変化をきたす場合があるんです。魔法を使った後、何も変化がない人もいれば、倒れ込んでしまう人もいる。これは体力の如何に関わらず、体質の問題のようです。お酒を飲める人と飲めない人がいるようなものですね」
「そうなんですのね。でも、倒れ込んでしまうのでは戦えないのではなくて?」
「そういう場合は、軽い魔法を繰り返し使って体を慣れさせていくしかないです。時間はかかりますが、努力次第で強力な魔法を使えるようになります」
ふむふむと頷いていると、廊下の向こうから幼い少年を連れた若い魔法使いがやってきた。
「やあ、今日は入会がもう一人居ると聞いていたが、キミかい?」
ハルベリーを案内していた職員が声をかけると、幼い少年はおどおどと頷いた。
「では、魔法を使ってみてもらおう」
何もないただっ広い部屋に入り、職員はハルベリーと少年に説明した。
「魔力があればだれでも使える簡単な魔法を使ってもらいます。私が手本を見せますので、呪文の言葉を覚えてくださいーーーエル・カロ」
職員の手のひらに、卵くらいの大きさの光の玉が出現した。
「実はこれはその人間の魔力の量で大きさが変わります。私ので平均ですね。では、モガレア君からやってみてください」
ハルベリーは頷いて、手のひらを上に向けた。
「エル・カロ」
手のひらよりも大きい光の玉が出現した。
「おお、これは素晴らしい。モガレア君の魔力値は六部卿に匹敵しますよ」
職員が興奮気味に叫んだ。
「体調に変化は?」
「特には」
「素晴らしい。モガレア君は偉大な魔法使いに成る可能性がありますね」
職員は次に、少年に向き合った。
「では、次はキミだ」
少年は頷いて、手のひらを上に向けた。
「エル・カロ!」
ぶぅん、と、音がした。
次の瞬間、景色が消えた。
「え?」
職員が戸惑いの声を漏らした。
少年の手のひらに光の玉は出現しなかった。
ただ、少年の手のひらが白く淡く輝き、その輝きが部屋中に満ちる。優しい白い光が壁を覆い床を覆いすべてを覆い、広い部屋だった場所がただの真っ白な空間に変わった。
「やっぱり……」
少年を連れてきた若い魔法使いが呆然と呟いた。
どたどたどた!と激しい足音が響いて、真っ白い空間に血相を変えた男が飛び込んできた。
「誰だーっ!!んな強大な魔力垂れ流しにしてる奴はーっ!!今すぐやめろっ!!訓練棟も総務棟も真っ白になっちまって、皆大混乱してんぞ!!」
少年はぱちくりと目を瞬いた。
その日、突然魔法協会の建物が白い光に覆われ、その白い光が空に向かって立ち昇るのを王国の民は目にした。
まるで、魔法協会が白い炎に包まれて燃えているようだったという。
***
「恐ろしいほどの才能です」
ビクトルは昼間見た光景を思い出し、戦慄しながら言った。
ビクトルが街で見つけたレコス王国の行商の息子ユーリ・シュトライザーは、尋常じゃない魔力を持っている。
はっきり言って、魔力の量だけなら、現在この国で一番の魔法使いである大魔法使いシャークローを遙かに上回っている。
普通の人間の魔力が瓶一杯の水としたら、大魔法使いが湖、ユーリは海だ。
「あれは……育てていいものでしょうか?」
見つけた時は興奮したが、今となっては恐怖すら覚える。あれほどの魔力量の持ち主に魔法の知識を与えて、万一道を踏み外したりしたらどうなるのか。それこそ、誰も太刀打ち出来ない。
「あの小僧、レクタル族だろ?魔力を持たない民族のはずじゃなかったのか?」
ビクトルの同僚、タッセル・エメフが頭を掻きながら言う。昼間、怒鳴り込んで魔力放出を止めさせた男だ。
「レクタル族にはほとんど魔力がないのは事実だ。魔力がないせいで散々苦労している国だからな。恐らく、あの子供だけが特別なんだろう」
「あれだけの魔力量……レコスが返せと言ってきませんか?」
「いや、こちらに預けて魔法を教えてやってほしいそうだ。向こうでは教えられる人間がいないからな。レコスはうちの国に友好的だから、助かるよ」
六部卿が頷き合うのに、タッセルが口を挟んだ。
「なあ、おい、お偉いさん方。可能性を一つ、無視してねぇか?」
ビクトルは眉をひそめてタッセルを見た。タッセルは愉快そうに笑みを浮かべて言った。
「つまり、あのガキこそが、三年後に現れる「魔王」かもしれないって可能性だ」
「なっ……」
ビクトルのみならず、六部卿もシャークローも顔色を変えた。
「何を言っている?」
「あり得ない話じゃねぇだろ?だってよぉ」
タッセルは目を眇めてビクトルを睨んだ。
「あの夢の中で、何故か魔王の姿はいっさい見えなかった。魔王がどんな姿をしているか、俺達は知らない。てーことは、その辺にいる普通の人間が三年後の魔王である可能性が無い訳じゃないだろ」
ビクトルは息を飲んだ。
「魔王が、普通の人間の振りをしていると……?」
「或いは、普通の人間が悪に走って、魔王を名乗るかもしれないってこった。あのガキみたいな、とんでもない力の持ち主だったら、誰も太刀打ち出来ないだろ」
タッセルの言葉に、ビクトルは青ざめた。確かに、あの魔法量の持ち主が敵に回ったら、誰も太刀打ち出来ない。あの子供を倒せる人間なんていないだろう。
六部卿もざわざわと囁き交わす。ユーリ・シュトライザーの力が膨大すぎるせいで、扱いを決めかねる。あの才能は、伸ばすには危険すぎやしないかと、ビクトルだけでなく六部卿も迷いを見せていた。
「ふむ」
迷いに満ちた雰囲気の中で、シャークローが口を開いた。
「タッセルの言い分もわかる。だが、わしはやはりあの子供を信じて導くべきじゃと思う。ビクトル」
「はい」
「お前は他人の魔力が目に見える希有な能力の持ち主じゃ。今後、あの子供の傍に立ち、あの子供の魔力が闇に染まる兆候があればすぐに知らせるんじゃ。よいな」
「……はい」
思わぬ大役を任されて、ビクトルは呆然とした。
魔法協会が手に入れた強大すぎる力が、悪となるのか、悪を倒す善となるのか。
今はまだ、誰にもわからなかった。




