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039.年金《異世界》

年金の異世界編です。

《とある異世界にて》


 老後にやりたいことは実はそんなになかった。


 朝のまだ世間が起きていない静かな時間や、帰宅ラッシュにぶつからない夕方の涼しい時間帯にのんびり散歩したかった。

 その日の予定を気にせずに、お昼くらいからビールを飲んでみたかった。

 孫やひ孫の暮らしている街に行って、彼らがどんな風に過ごしているか見て見たかった。


 後はそうだな・・・・・・収入を気にせずに生きる暮らしってのをしてみたかったのかもしれない。

 

■■■ 


 こちらの世界に転生して3年が過ぎた。悠々自適な生活を望んだからだろうか。家を出ても問題ない、むしろ家を出て欲しいと乞われそうな農家の4男坊に生まれた。

 猫神様がくれた特典は、猫神様が基本パッケージと呼んでいた言葉が話せて、ものの意味が分かる国語辞典のような力と、成長を促進してくれる力、そして月に銀貨6枚を支給してくれる力だった。使わなかったお金はどこか別の空間に保管してくれているようで、物心つくまでの3年間で、216枚貯まっていた。

 こちらの世界の貨幣価値は貨幣価値はおおよそ、鉄貨が50円、銅貨が500円、大銅貨が1,000円、銀貨が10,000円、金貨が100,000円。

 大銅貨2枚で1泊2食付きの宿屋に泊まることができる。素泊まりなら大銅貨1枚。露天なら鉄貨2枚でちょっとした串物を食べることができて、銅貨1枚もあれば腹いっぱい食べられる。貯金もあるし、かなり悠々自適な生活が送れそうだ。

 家を出てきままに生きていくにしても、治安が心配だし、この力が失われることもあるかもしれない。何か手に職を持っておいた方が良いと考えて、独り身の狩人に弟子入りすることにした。


 ―――猫神様から聞いていた話だと、そんな転生を想像していたんだが、実際には全く違っていた・・・・・・

 

 

■■■ 

 

 

 私、アニュ・ティーンが、ティーン侯爵家の長女として生まれて3年が経った。


 神様のくれた力は想像通り。ただその力なんて全く必要ないほどに、私の生まれた家は裕福だった。

 生まれた瞬間に私の不労所得生活は約束されたも同然だった。


 更に、私の父母は超がつくほどの親馬鹿で、私の三人の兄は、頭のおかしい兄馬鹿だった。


 中身70歳のじいさんが、女性、しかも見目麗しい天使のような幼女であると自覚したとき、あなたはどんな感覚を覚えるだろうか?私の場合は、即昏倒した後、発熱、3日3晩うなされた。


 そして回復した後も、中々自身の立ち振る舞いが定まらず、物心つく前、明るくはしゃいでいた女の子は、物静かで大人しい深窓の美少女となってしまった。これが両親と兄の庇護欲を極限まで掻き立ててしまった。


 また長年のサラリーマン人生で染みついた一歩先行く気遣いの習慣は、家族だけでなく使用人にまで遺憾なく発揮された。

 その結果、わがままを言わないどころか、こちらを心から気遣ってくれる「うちの子、聖少女」というゆるぎなきイメージが構築された。後から聞いた話だと、私は嫁に出さず家で一生大切にするという方針が決まったのもこの頃だったそうだ。以降、兄たちは私に近づく同年代の人間たちを威嚇する一生を過ごすことになる。


 求められるままに70歳まで働き続けてきた私にとって、この聖少女というイメージに係る期待を裏切ることは、残念ながらできなかった。

 それに、じいさんがいかに幼女になるかより、じいさんが聖少女をいかに演じるかの方が、本当にぎりぎりのラインだが幾分気持ちがましだった。

 

 

  

 

 

 もし「アルプスの少女ハイジ」というアニメーションをご存じの方がいたら想像して欲しい。

 そこに出てくるクララという少女を、更に儚げにした少女があなたの目の前に立っている。

 足が不自由で普段は立つことができない彼女が立っている。


 

 

 

 イメージしていただけただろうか?


 

 

 

 あなたは、感動のあまりこぼれる涙を堪えるため一瞬上を向いた後、もう一度クララに目を向ける。

 おめでとうを言う為に。

 

 

  


 だがそこに立っているのは・・・・・・・

 

 

 

 

 同じ格好をした草臥れた70歳のじじいだ。

 

 

 

 

 あなたが今感じていることを、私は朝、メイドに鏡を見せられるたびに感じている。

 あなたがもしあのハイジだとしても、「クララが立った!」と喜んでくれることはないだろう。

  

 

 転生者であることは、何か縛りがあるのだろう、口にすることすらできなかった。正確には口にしようとすると声が出なくなった。

 猫神様のくれた力については話すことができたので、神の加護として家族には伝えた。

 流石の家族も微妙な表情を禁じえなかったが、私は十分に満ち足りてるから、使用人含めた家族のみんなか、何かこまっている人たちの為に使いたいと話すと、全員が全員、呼吸困難になるほど咽び泣き崩れた。

 仮に歩けないクララが後方棒上かかえ込み2回宙返り腕支持、いわゆるモリスエを成功させても、かのゼーゼマンはこんな風に泣くことはなかっただろう・・・・・・

 

 

 最近では、私を天使と信じて疑わない父は、侯爵領ひいてはこの国の問題について話してくれた。


 近年、機械技術及び魔法技術が発展著しいこの国では、急な人口増加と高齢化、そして高齢者の貧困が問題になっているそうだ。この問題の中核には、冒険者と呼ばれる人々がいる。


 彼らは、人を害する魔獣退治など危険な業務を請け負う専門家集団である。

 厳しい訓練に裏打ちされた特殊な戦闘技術で魔獣と戦う彼らは、高い殉職率と、厳しい訓練と戦闘による消耗から、総じて平均年齢が低い傾向にあった。

 近年の技術発展により、特殊な訓練を必要としない遠距離武器の開発とその大量生産により、彼等冒険者の仕事は、街の衛兵レベルで十分に対応できるものになった。

 結果、彼等の多くは冒険者を辞め、上位の実力者は貴族の私兵や軍隊に、その他の者は工場での製造業務などに就くことになった。これが20年前の出来事である。


 冒険者よりは格段に命の危険も消耗も少ない仕事についた彼らは、今も元気に存命である。これはとても喜ばしいことなのだが、社会にはまだ、彼らを支えるための仕組みがない。

 

 また彼ら自身にも、老後のビジョンなんてものは存在しなかった。そもそも若くして死ぬのは当たり前、宵越しの金は持たない彼らに、老後の備えなんて概念は最初から存在しなかった。


 もっとも年齢の高いもので50歳に差し掛かろうとしている彼らは、近い将来失業する。食い扶持を失った彼らが、生きるために何をするかといえば、腕に任せた野盗や強盗がその上位にランクインしてくることは想像に難くない。

 

 

 私は考えた。私の力で救えるのはせいぜい一人か二人だろう。それで満足しても良いのかもしれない。

 幸いにして私は、この力に頼らずとも収入を気にせず生きる目標を達成している。

 おそらく戦争が起こり、家族全員突然死でもしない限りは、この状況はおおよそ変わることはないだろう。

 頑張って何かをする必要なんてもうないのだ。


 

 後は、罪悪感を感じない程度に人助けをすればいい・・・・・・そう納得しようとして、やはり引っかかった。


 彼等は前世の「私」なのだ。命を張って働いて、結局報われなった「私」。

 

 現世の「クララ」は「私」を見捨てるのか??

 

 否!見捨てるはずはない。

 

 「クララ」は「ハイジ」の友達。年老いたハイジのおじいさん「アルムおんじ」を見捨てるはずなんてないのだ!!

 

 

 そこから私の行動は早かった。天使のおねだりは侯爵を経由して王をも篭絡した。


 まずは彼らの家を作った。

 サービス付き高齢冒険者者向け住宅、「サ冒住」だ。


 入居条件は、冒険者としての活動期間3年以上、重大な賞罰がないこととした。これは状況に合わせて見直していく。

 

 次に、彼らには街の巡回パトロールのボランティアをお願いした。

 見守り冒険者名付けて「みまー冒」だ。何不自由ない私が唯一感じる不満は、外界とのつながりがないことだった。彼等にはそんな不安を感じて欲しくない。

 

 

 7年の歳月を掛け、私が10歳の時に完成した侯爵領の領都に完成した「サ冒住」は概ね、好意的に受け止められた。

 今は、各都市への「サ冒住」と「みまー冒」の展開と、彼らが足腰立たなくなり介護が必要になったときの介護人材の育成方法の検討中だ。こちらも冒険者として回復・救護担当だった老人と共にカリキュラムを検討している。


 銀貨には全く手を付けておらず、既に720枚貯まっている。家族の為、冒険者の為、自分の為にこれは大切にとっておこうと思う。


 私の幸せとは、収入を気にせず、好きな仕事を精一杯やることだったのかもしれない。これから60年、まずは前世と同じ年になるまで精いっぱい生きようと思う。「クララ」もといアニュ・ティーンとして―――


 

 

《とある神界にて》

 

 

 またクライアントに褒められてしまった。どうやらあのじいさんがうまく立ち回ってくれたらしい。

 上位神のご機嫌も気持ち悪いレベルに上がっている。

 

 

 そろそろ何かが起こりそうな予感がして怖い―――




年金  ―終わり―


お読みいただきありがとうございます!


10万文字到達することができました。皆さまのおかげです。ありがとうございます。

次話から展開変えていきたいと思います。

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