037.鼻セ〇ブプレミアム《異世界》
鼻セ〇ブプレミアムの異世界編です。
《とある異世界にて》
営業一筋で30年やってきた。コンプライアンスのコの字もない時代。おおよそ人には言えない辛い想いをした記憶も、また誰かに辛い想いをさせた記憶もある。命の危険はないとはいえ、死にたくなるほどの修羅場を何度も超えてきた。
それでもどうやら死ぬという経験は、私を激しく動揺させたらしい。
こんな役に立たない《鼻セ〇ブプレミアム》なるスキルを望んでしまうくらいには――――
本当にあの時はどうかしていた。いくら何でもティッシュはないだろう。せめて貴金属や香辛料など価値がわかりやすいもの、あるいは自身を強化する戦闘系のスキルなどを望んでいれば、こんなことにはならなかったのに。
■■■■■
あの猫に追い立てられるように転生した私は、大商家の次男坊として生まれた。
侯爵家と密接なつながりを持ち、王家ともパイプのあるこの家は、下手な貴族よりもよっぽど権力を持っていた。
代々、この家では、長男は表の稼業である貴金属、服飾、香辛料や食料品などを手広く扱う本家を継ぐ。
そして次男は、裏の稼業、人材サービス業を扱う分家を継ぐ。ここでいう人材サービス業とは、奴隷や風俗など黒に近い灰色なサービスから、諜報、暗殺、裏工作活動といった真っ黒なサービスのことを指している。
おかげで次男坊の私にも、しっかりした教育と契約が施された。
教育とは商人として役に立つ、数学、経営学、礼儀作法や貴族との付き合い方だけでなく、魔法、邪法、諜報、戦闘、暗殺技術にまで及び、そのスキル群を習得した人材は、地球の職業と照らし合わせれば、まさに工作員と呼ぶにふさわしいものだった。
契約とは、本家に逆らわない、本家を害さないという、一種の奴隷魔術契約だ。逆らえば死が待っている。
死ねば、また作ればいいという斬新な教育方針の元、かなりの急ピッチで私は仕上げられた。
WBSを引けば、いくつものラインが重なり達成基準が競合した、出来損ないのスケジュールが描かれていたことだろう。
何度も死ぬかと思ったが、私をモノのように見る父や長兄の顔、何より私をここに送り込んだあの忌々しい潰れた猫の顔を思い出して耐えきった。
私が家業を継げる15歳になり、分家にやられて最初に行ったことは、今度は分家当主との秘密保持契約だった。
それはお互いの秘密を共有し、秘匿する魔術契約。他者に開示するには細かな契約事項をクリアせねばならず、契約違反は又しても死に直結する。
お前の秘密を全て開示しろと言われた私は、異世界からの転生者であること、金銭を対価に、ティッシュという薄い紙を出現させるスキルを持っていることを話さざるを得なかった。
幸運だったのは、この分家当主に、本家に対する昏い野心があったことと、ティッシュの使い道に当てがあったこと、そしてその当てに対応できるほど、私がこのスキルに習熟していたことだ。
ティッシュの使い道を話す前に、そのスキルの概要について触れておきたい。
ティッシュは、この世界の銅貨1枚を対価に出現させることができる。
この世界の通貨は、鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨からなる。貨幣価値はおおよそ、鉄貨が50円、銅貨が500円、大銅貨が1,000円、銀貨が10,000円、金貨が100,000円といったところだ。銀貨と金貨の重さは、だいたい同じくらいに作られていたため、金銀比価は1:10だった。
金貨1枚を持ってティッシュを出現させると、100,000円引く500円の99,500円、つまり、ティッシュと共に「銀貨9枚、大銅貨9枚、銅貨1枚」のお釣りが発生した。また金貨1枚と大銅貨1枚を持って出現させると、「銀貨10枚、銅貨1枚」のお釣りが発生した。
私がスキルを満足に扱えるようになってから10年、貨幣価値は変動したが、ティッシュ出現に必要な貨幣は、銅貨1枚で変わりなかった。
私が分家当主との契約に臨んだ頃、王国の約7割をまかなっている銀山で、魔物の大量発生、いわゆるスタンピードが起こった。
王国軍が収束に当たっているが、あまりの魔物の数に数年単位での駆除が必要な見通しだ。
これにより、王国の銀は不足し、金銀比価は1:2までに変動した。分家当主は、まずこれに目を付けた。
ティッシュの変わらない貨幣価値と、実際に変動する貨幣価値を利用して、金貨を安く仕入れてティッシュを購入し、銀貨を増やし、また金貨を買い付けた。スタンピードが収束するころには、手元には膨大な金貨が集まっていた。
この活用法自体は私も思いついていたが、分家当主のすごいところは、これを秘密裏に行ったことだ。いくつもの商会を経由させたり、時には架空の商会を立ち上げて、分家の存在を隠しに隠した。結果、本家に悟られることなく使用できる資金を手に入れることができた。
次に分家当主と私は、入手したティッシュを少しずつ市場に流し始めた。勿論、件の商会達を経由してだ。
天女の羽衣のように薄く甘い香りがして、それでいて心地よい肌触りの布の噂は瞬く間に広がった。その噂も私たちが噂雀や吟遊詩人を使って流したものだったが。
品薄も相まって、貴族がこぞって求めるようになったころに、本家から至急の調査命令が入った。正確には、ライバル店の抹消とティッシュの強奪を指示された。
私は、ここで本家に恩を売り、分家の発言力を増すことが分家当主の目的だと思っていた。しかし彼は、一部の架空商家を潰して、本家の要求に応えるのみに留めた。
契約を盾に分家当主の考えを聞き出すこともできたが、何故か危険な気がして、その秘密に触れることができなかった。極秘の倉庫にはまだ大量のティッシュと資金が隠されていた。
それから5年ほど変わらない日々が続いた。金は溜まるが、表の世界には出られない。だが、私が鬱々としている間にも、分家当主は動き続けていたらしい。
――そして、父が死に、ついでに王国が滅んだ。
大量の資金を元手に分家当主が集めていたのは、邪神召喚の魔導書と魔法使いだった。魔法使いは、借金や犯罪歴のある後ろ暗い者達。
彼等を金と契約で縛り、何度も何度も邪神召喚を試みていたそうだ。5年の歳月と100名にも及び魔法使いの命を費やした結果、その願いは叶い、<邪神バフォメット>が召喚された。
山羊の特徴を持つ邪神バフォメット召喚の決め手になったのが、ティッシュ<鼻セ〇ブプレミアム>だった。
その事実を知った時は立ちの悪い冗談だと思ったが、それは事実だった。
普通なら人間の呼び声になんざ耳を貸さない邪神に、何か旨そうな甘い良い匂いがするから行ってみようと思わせてしまったそうだ。
鼻セ〇ブシリーズには保湿効果を高めるためにソルビット、別名ソルビトールと呼ばれる糖アルコールが含まれている。
糖アルコールは甘さを持ちながら消化吸収されずらい、カロリーオフ原料として活用されている。同じ糖アルコールのキシリトールの方が有名かもしれない。
一時期、前世でも鼻セ〇ブを食べたら甘くて美味かったとか、甘い匂いと繊維質の匂いが相まって、草食動物を引き寄せるなんて話題になったが、まさか邪神まで引き寄せるとは信じられない。
分家当主がバフォメットに求めたのは、自身を縛る契約の破棄と私の身の安全だった。
契約が破棄されたことを確認すると、彼はその足で本家に向かい、自身の兄とその家族を皆殺しにした。
どうやら私は、彼にかなり守られていたらしい。だが先代はそうではなかったようだ。本家の為に、おおよそこの世の地獄という地獄を見た彼は、ほんの少し生まれるタイミングが違っただけで、自分と異なり優遇される兄のことを、どうしても許すことができなかった。
願いを叶えたバフォメットは、一万箱以上の<鼻セ〇ブプレミアム>をぺろりと平らげると、彼の命とこの国を望んだ。
私だけは輪廻に帰してやってくれという彼の願いを聞き届け、瞬く間に一国を滅ぼした邪神は、先ほどから楽しそうに、私に事の経緯を語って聞かせている。
私を激高させて手を出させたいのだろう。そうすれば契約は無効になり、私の魂も食うことができる。そうはいかない。これ以上動揺して選択を間違えるわけにはいかない。あのクソみたいな教育がこんなところで役に立つとは、何があるかわからないものだ。
私は異世界転生事務局への帰還を願いながら、自分の首を切り裂いた――――
■■■■■
《とある神界にて》
彼が命を賭して知らせてくれたことで、邪神召喚の一報は、迅速にクライアントと私の上司の知るところとなり、合同で行われた駆除作業は直ぐに終わった。
異世界転生が邪神召喚のトリガーになったことは間違いないが、その召喚者自身が解決に貢献したことで、私へのお咎めは無かった。
彼は輪廻に還る前に、無茶言って悪かったと謝ってきた。世界を混乱させてすまないと。
私の方こそ、面倒がらずにもっと丁寧に対応するべきだった。本当に申し訳ない。
彼の来世に幸多からんことを願う―――――
鼻セ〇ブプレミアム ―終わり―
トイレやシャワーばりにふざけるつもりで書き始めたのですが、こんな着地になりました。
営業マンの彼、嫌いとか言ってごめんなさい。
後、プレミアムである必要が全然ありませんでした・・・
お読みいただきありがとうございます。




