初めてなのです
今回、グレアムの話です。
世の中で面白いと思った事は無かった。
今までは。
「秀才と名高いアメジスト公爵令息とお話してるのですもの。緊張して当然ですわ」
にっこり。
目の前で1人の女の子が微笑んでいる。
月の光が流れたような銀の髪、冴え冴えと空を映した瞳。
整った顔に令嬢然とした、美しい笑み。
でも違うんだ。
僕が見たいのは、そんなものじゃない。
「緊張…なるほど、あなたは意外性の塊なんですね」
貴女は、そんな大人しいだけの人では無いよね?
そう、ちょっと突けば、内で動く心を感じる。
困ってるなぁ、でも彼女はそれだけだ。
普通のご令嬢だと泣いたり、怒ったりする所だよ。
彼女は出会ってから少し変わった反応をする。
もっと彼女の心の動きを見たいんだ。
黙って微笑む彼女。
その代わりのように、彼女の隣から沸きあがる怒気。
虹色に輝く王家の魔力が感情に釣られたのか、王子の体から漏れ出ている。
信じられない。
感じてたより、ずっと魔力量が多いみたいだ。
普段は隠してるのかな?
あぁ、凄い!2人して魅せてくれる。これが楽しいというものなんだ…。
2人から目が離せないよ。
僕は宰相エリック・アメジストの息子として生まれた。
流れる血の所為か、父親に影響されたのか。かなり早熟だと思う。なんでもある程度簡単に出来てしまうからか、世の中を斜に見る子供だ。可愛くないと思うが、これが僕だ。父親には自分の子供の頃とよく似ていると言われる。
父は尊敬するし凄いと思うが、正直どうでも良い。僕は僕だ。
物事はとてもつまらなくて、つまらないと言う感情が普通だった。
冷めていると言われても、ただ喚いたり嘆いたりする事が必要とも思えないし、とても面倒だと思うだけだ。労力を裂くなら、もっと有意義な事に使う方が良い。
だからあまり表情が変わらない。
なのに人に好かれてしまう。
どうも僕の顔は親譲りで、そうとう美しいからのようだ。
僕としては、どうでも良い。
でも笑顔1つで色んな事が上手く行くなら楽だ。
後、上目使いで“お願い”も、良く利く。
屋敷に居る護衛のリザードマンの1人など、人柄は僕とは比較に無らないくらい良いのに、顔面が怖いだけで損をしている。
こういう時は、世の中は不思議だと思う。
数日前、父が珍しく上機嫌で屋敷に帰ってきた。
いつも微笑んでいるように見せているが、アレは作った顔だ。
城にいる文官には本性はバレているのだから、いい加減止めても良いと思うのに、長年のくせが抜けないのか、相変わらず微笑んでいる。
その父が本当に笑う時は、決まっている。
母に関する事か、国王陛下かクリスタル公爵閣下に関してだけだ。
その上機嫌の父から日時指定で、城の図書室に行く許可を貰った。
「坊ちゃん、良かったですね~」
僕付きの侍従、サイクスが暢気な事を言っている。
こいつは人当たりは良いし仕事も出来るが、どこか抜けているんだ。
どんなに強請っても、まだ早いのひと言で終わらせていたのに、怪しすぎるだろう。
でも今まで、行きたくても行けなかった場所だ。行くに決まってる。
案の定、その日。
城の廊下を歩いていると、人が近づいて来た。
残念ながら父のように、精霊と契約せずに彼らの声を聞く事は出来ない僕だが、その分気配や感情の波を感じるのは得意だ。
相手は、ずいぶん喜んでいる。
でも今まで擦り寄ってきた者達とは、少し違うみたいだ。
あの気持ち悪い奴らも、喜んで近づいて来た。僕に対する欲を抱えて。
今、後ろから来ている人物はそんな欲が無い。
とても単純だ。珍しいものを見た驚きで喜んでいる。
少し揺さぶってみるか。
相手に合わせて早くしたり、遅くしたり歩き方を変えてみる。
途中から気付いたけど、相手は子供だ。
これくらい、大人だったら簡単に追いつける。
その向こうからは、戸惑い、諦め、困惑が流れてくる。
付いてきたサイクスが、何か言いたげにこっちを見てる。
僕は振り向いてないけど、サイクスはチラチラ相手を見ているから、誰だか分かってるんだろうな。
父が会わせたい子供で、城に居る、または来れる子供。候補は2人。
サイクスがそこまで焦ってないから、ならもう1人の方だろう。
そうして会ったのが彼女、ローゼマリー・クリスタル。
案の定、父の友であるジャスパー・クリスタル公爵の娘だった。
レオン第一王子殿下の婚約者候補。
でも世間的には、彼女で婚約者は決まりだろうと言われている子。
なんと言っても、家柄が一番釣り合いが取れているだけでなく、王子本人との仲の良さがそれを後押ししている。
顔は少しキツめだけど整っている子だ。
公爵令嬢だから僕の対応に怒り出すかと思ったら、顔に似合わず拍子抜けの人の良さを発揮してる。
からかったに決まってるじゃないか。
こちらの事を心配したり、符丁の話なんて出鱈目を言えば凄い!と、分かりやすく目をパチクリさせ、周りをそわそわと見たりしている。
どうして、こんなに分かりやすい嘘を信じるのかな。
いくら何でも王城だよ?
警備は魔法的にも、人為的にも厳しいに決まっている。どちらの意味でも出来る場所じゃない。実際“釣り”をしていたのは、父だし。
あと子供の保護に対する法規制を厳しくしっかりさせたのも、父だ。
箱入り娘だから信じてしまうのか?
素直な所は評価出来るけど、ただそれだけの従順な貴族令嬢なだけなら期待外れだ。英明な王子と言われているレオン王子が惚れこんで、“そろばん”を父に伝えたとか、本当だろうか?
あの“そろばん”は凄い。単純な構造なのに、訓練次第で多くの桁数の計算がすばやく出来る。父に教えてもらって、僕も夢中になった。“ドリル”とか言う計算問題集も合わせて考えたとか。
そんな凄いものを考え出した子にみえない。
僕の疑問を他所に、彼女はあっさりと挨拶をして図書室に入っていった。
「いや~凄いご令嬢でしたね!」
サイクスが感心したように言うけど、彼女の何が凄いのか、僕にはさっぱり分からない。
「どこが凄いの?何処にでも居そうなご令嬢じゃないか。まぁ顔はそれなりに可愛かったけど、特に凄いと感心する所があったかい?」
「いえいえ、坊ちゃんと普通に話してたじゃないですか!何時ものお嬢様方だったら、会話も成立してない状態ですよ?!」
そう言えば、そうだ…。
遠い親戚筋や家臣の娘、身内のパーティー等での挨拶でさえ、皆赤い顔で魂が抜けたようになって、僕の顔を見るだけになる。
何を聞いても頷いたり、「はい…」と言うだけ。
なのに彼女は違った。
逆に僕の事を心配したり、感心したり…普通だった。
分かれる時も、挨拶を済ませたからと簡単に離れて行った。
いつもは付きまとわれて、離れる事も惜しいという態度を取られてたのに。
あまりに普通に喋れる事に気付かないほど、自然だった。
「彼女は何処?」
「司書に聞いてみます。お待ちを」
サイクスが聞いてきた所に行くと、彼女が本棚を熱心に眺めながら、本を取り出しては内容を流し見ては戻す事を繰り返していた。
見ている本も物語や詩集などではなく、専門的な実用書。
それも医学に…違うな。医術の道具関係かな?
こちらに気付いても目礼だけして、相変わらず本を探している。
「…何か御用でしょうか、アメジスト公爵令息様?」
凄いね、サイクスの言うとおりだ。
ここまで存在を軽視されたのは初めてだよ…。
どこまでも、自然に普通で。めんどくさいと思われている。
この僕、グレアム・アメジストが。
ただ逆に新鮮すぎて、つい口が悪くなるよねぇ……。
サイクスが止めてくれと首を振っているが、なんだろう?
このフツフツと湧いてくるものは。
思いのまま彼女に説教をしていたら、様子に陰りが見えてきた。
このくらいにしておこうか。
反省したようだし。
話を聞いてみると、魔法に頼らず道具で医術をもっと発展させたいと言い出した。
確かに怪我等は治癒魔法が主体で、医術はかなり補助的だ。だが軽い切り傷を治せる者は数多くいても、本格的に治療師としての力を持つものは少ない。その少ない者達は王都や、大きな都市部で高い給金で貴族に囲われている。現実、治療院で働いているのは、ある程度の力を持つ者達が数人で分担しながら診ている。
実現できれば、かなり魔法の負担が減らされる素晴らしい話だ。
こんな考えを持てる彼女なら…。
「父上に聞いたのですが“そろばん”を考えられたのは、貴女なんですよね」
「えぇ、まぁ子供の頃に積み木で遊んでいた時に、ちょっと」
困ったように言う彼女。積み木は怪しい感じだけど、嘘は感じられない。
父が成長を楽しみにする王子と公爵令嬢。
噂で無く、本当だった…。
なら彼女だけでなく、王子にも会いたい。
こんな楽しい事を考えられる人物が2人もいる。そこに参加したい。
そうだ、楽しいんだ。
学ぶ事は簡単だった。だけど新しい何かを知るだけでなく、実際に生み出す所を見たい。それに加わりたい。
サイクスが楽しい事を見つけた時は「ワクワクするんです」と、言っていたが、本当だ。胸がワクワクするのが僕でも分かる。
かなり不躾だけど、人の良い彼女なら…と、強引に王子殿下と会うという時間にお邪魔させてもらった。
輝く髪から黄金の王子とも言われている、レオン王子。
銀の髪を持つ彼女と揃えば、金の太陽と銀の月のようだ。
そんな2人は、揃って規格外だった。
お茶会で“防音”をかけるって、何なのかな?
それもこれ以上無いくらいに精密な魔法。
レオン殿下だけなのかと思ったら彼女も、同じようにかけられると言う。
覚えが早いと言われている僕だって、まだ基礎が終わって初級の魔法を始めた状態なのに、この2人はあっさり中級魔法まで修めている。
それに魔力量を抑えながら、長時間変わらぬ効果を付与している。
こんなに速やかに展開して維持し続けるのは、魔術師並みだ。凄すぎる。
それに彼女に構うと、王子殿下までもが面白い反応をする。
最初は隙の無い王子かと思っていたのに、彼女に係わるとボロボロと荒が出てくる。
単純に彼女に係わるのも面白い。
なんて楽しいんだろう。
もっとこの2人の考え、心の動きを見ていたい。見逃したくないな。
その為にも今後のお茶会には、僕も出席しないと。
結局、初登城は図書室とは、まったく関係なく終わってしまった。帰りの馬車の中で、やっと読みたかった本の事を思い出したくらいだ。
だけど、それ以上のものを見つけた充足感に浸っていた。
「…坊ちゃん」
「どうしたんだ?」
「俺が言うのも、どうかと思うんですが…あまりクリスタル家のご令嬢に係わらない方が良いと思います」
「レオン殿下の婚約者候補だからかい。大丈夫だよ。彼女だけじゃなく王子殿下にも係わっていたよ。あの2人と居ると楽しいんだ」
帰ったら、父に感謝と報告をしなければ。
思惑通り会ったんだから、今後の協力はもちろんしてもらわないとね。
「はぁ……気になる子を苛めるなんて、年相応だけど。初めてだからな…行き過ぎて嫌われなければ良いんだけど」
従者の小さな嘆きは、上機嫌の主には届かない。




