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彼は王子様になれない  作者: カキノキ
33/42

友に感謝を

Pt、ブックマークありがとうございます!

今回は、宰相様の話です。




薄氷のような青の瞳が不機嫌そうに睨んでくる。


大柄な体躯に薄い髪色や瞳の色もあって、彼は一見とても薄情に見える。

喋る時は喋るのだが、言葉が足りない事が多いのも拍車をかけるのだろう。

あと気を許した人間には特に言葉を惜しむクセも。

頭が良いくせに言葉を惜しむのを止めろと言ってるのに。

口煩く言い続けてきたお陰か、少しは喋るようになった友。


「……娘がいないくせに、知ったような口をきくな」


その長年の友の八つ当たりじみた言葉。

よく見れば、深く刻まれた眉間のしわの厳しさに誤魔化されるように、その目はうっすらと潤んでいる。


一人娘を手放すのだ。素直に寂しいと言えば良いものを。

そんなひと言さえ口に出せず、出てきたのが憎まれ口なのだから、不器用にも程がある。


(…本当に困った男ですねぇ)


これでも友は、ジャスパー・クリスタルは、エリック・アメジストに対して甘えているのだから。






エリックはビジューエル王国の名門、アメジスト家の嫡男として生まれた。

多種多様な種族が居るこの国でも、エルフの血が入っている人族は珍しい。

魔力量の違いから異種族婚姻でなせる子供がとても少なく、また彼らが好んで住む地は王都よりも更に北、そこに広がる大森林に住むためだ。

魔力が多く、魔法を使う事に優れたエルフは、深い森の中でも不自由なく過ごせるが、冒険者ならともかく、住環境を整えられた都市などと比べると、人族では格段に住みにくい土地だ。

その為、エルフは森の種族であり、閉鎖的と言われる。

これは彼らの性格もあるが、風の精霊との関係が深く係わってくる。

風の精霊は大抵が好奇心旺盛、お喋りだ。そんな精霊は、自由に空を駆け、音を拾ってくる。エルフは彼らと係わる事で、その場に居ながら様々な情報を知ることが出来た。ただその情報も役に立つもの、世間話など様々だ。それでも尽きぬ話題は賑やかで、その反動を受け、エルフは静かな森を好むようになったと言われている。

実際に風の精霊と契約をしているエリックからしても、納得できる理由だ。

目的を告げなければ、王都の街角で犬の子が何匹生まれたとか、ある小鳥が羽を痛めた、鍛冶屋のだれそれがパン屋の娘が好きだの、ひたすら喋るのだから。

だが一番は性格だろう。

長命種である所為か、悠長で思索的な性格だったものが、動かずとも知る事が出来る生活を長年続ける事で、更に外に積極的に出て行く気を無くさせたと思っている。

友の子供の1人などは、その話をした際「全員が自宅警備員…?」と、不思議な事を言っていたが意味を聞き、なるほどと納得した。

閉鎖的と言えば聞こえが良いが、エルフは種族的な引きこもりなだけだ。

その分、外からやって来た者を受け入れてしまえば、家族として厚く遇する。

もとは大森林に居たアメジスト家も、王都に出て長い年月が経っている。それでも変わらず親戚として、エリック達は揺るがない存在でいる。

もっともアメジスト家が、森の外の面倒事への窓口になっているので、慕われているのもあるのだろうが。



そんな希少なエルフの特性を引くエリックは、幼い頃から美しさや頭の良さで賞賛され、取り巻きは居ても友というものは居なかった。

しかし、それについて特に思う事はなかった。

エリックには物心がついた時から、契約せずとも精霊達の声が聞こえていた為だ。

また自分の前で畏まってる者が、心の中ではまったく違う事を考えていると早くから判ってしまった事もあるだろう。

それは親に言い含まれてエリックに近づいた子供だけでなく、大人の方が酷かった。

華やかで柔らかな外見を持っていたエリックは、ある種の者達にとって情欲を呼び起こす存在だった。不躾で不愉快な視線。そして精霊達が悪気なく知らせてくる、自分に対するおぞましい要求。

だがエリックは、そこで傷つき涙を見せるような愁傷な子供では無かった。

精霊達の話を元に悪質な者達を調べ、親の協力の元に大人達の欲を暴き衛兵の手に渡したのである。結果、彼ら彼女達は蟄居や左遷、修道院へ行く事になった。

甘く儚げな外見からは想像もつかない、将来“氷の宰相”と呼ばれるエリックの始まりである。





そんなエリックの転機は、10歳の時だった。

ビジューエル王国の王子フィリップの側近候補として城に呼ばれたエリックは、生涯の友達と出会う事になった。



その日、城の庭は普段無い子供達のざわめきで溢れていた。

フィリップ王子の側近候補を決める為のお茶会が開かれているからだ。

王子と年が近いものを始め、護衛候補の少し年上の子供達も集められた為、かなりの賑わいを見せている。

立食形式であるが子供達を疲れさせないよう、広い庭にはいくつものテーブルや椅子が置かれ、侍従や侍女達が食べ物や飲み物を運んでいく。


(つまらないです…)


候補として来ているが、身分、年齢や学問の修めている具合から言って、エリックはフィリップ王子の側近である事が、既に内々に決まっている。

正直、面白くも無い会話に相槌を打ってるくらいなら、家にいて本を読みたい。

着飾った令嬢は群がってきて、キンキン高い声を上げて、とても煩い。なのにマナーとして褒めなければいけないし、令息達は女々しいヤツと影で口を開くものも居れば、親に言われたのかエリックがひと言言えば大げさに褒めたりしている。

時間の無駄だとしか思えない。

親からは友を作れと放り込まれたが、このような建設的でもなく、だらだらと互いの服装や世辞を言い合うだけなら、風の精霊達のお喋りと一緒ではないか。

彼らの方が、使える話題が拾える分マシである。

やんわりとした愛らしい笑みを浮かべたエリックは早々に飽きて、どうせ決まっているのなら王子が来る前に帰ろうかと思っていた時だった。


エルフ譲りの耳の良さに賑やかな空気と違った騒ぎが聞こえてくる。

なにやら揉めている様だ。


(これは抜け出すチャンスかもしれません)


周りの子供達に断り、その騒ぎの元に行ってみると、どうやら護衛候補の子供達のようだ。子供とは言えエリックよりも年上な事もあって、皆なかなか背が高く体格が良い。

そんな子供達が集まって何をしているかと言うと、1人の少年を囲み声を荒げていた。どう見ても喧嘩寸前だ。


(分かっているのですかね、ここに何をしに来ているか)


仮にも護衛として王子の傍に付こうとしている者が、率先して騒ぎを起こすなどあってはならないだろうに。

周りに居る侍従達は単なる使用人ではない。こちらを観察し報告する為にいる者達だ。

何を揉めているか分からないが、彼らの減点は免れないだろう。


(ふふっ、私も減点して頂きましょう)



「どうしました?」


「なんだっ、邪魔をするなよ!あ、あなたは…」


「その色、アメジスト公爵家の!」


「はい、お察しの通り。アメジスト公爵家が一子、エリックです。はじめまして」


着飾った令嬢達よりも、なお美しい少年に微笑まれて、囲んで騒いでいた少年達の顔が赤くなったり青くなったり忙しい。

だが1人責められていた少年は、むっつりとした顔のまま立っている。


王子が居ない今の状態で一番身分が高いのは、公爵家のエリックである。側近候補は確実で、これから先必ず上役になるだろう、そのエリックに騒ぎを見られたのだ。焦るに決まっている。

ただ…白銀の髪、空色の瞳。

驚きもせず立っている、この少年の特長は…。


「失礼ですが、クリスタル公爵家のジャスパー殿ではありませんか?」


背は高いが、確か今日来ている最高位のもう一家、クリスタル公爵家の少年は、エリックと同じ年だったはずだ。

エリックの言葉に今まで少年を囲んでいた者達の顔が一層悪くなり、そそくさと逃げていく。


(一瞬で終わってしまいました。便乗して出て行こうと思っていたのに、根性がない方達ですね)


散っていった子供達を見送ったエリックは、目の前で変わらず無表情の少年を見上げた。


「改めてご挨拶いたします。エリック・アメジストです。クリスタル公爵家のご令息で、よろしいのですよね?」


「……そうです」


「…」


「…?」


「いえ、名乗って頂けませんと、さすがに勝手にお名前を呼ぶのは不味いですから」


「ジャスパーと…」


「…ではジャスパー殿。一体何があったのです?」


すぐに口を閉じてしまうジャスパーを突きながら把握したのは、背が高い彼を同じ護衛候補だと勘違いした少年達が、難癖を付けた。そんな細いヒョロヒョロの体でどうするのだと。最初は軽くからかうつもりだったのだろう。だがそれに対し、無表情かつ口下手なジャスパーの一見泰然とした態度が、自分達を見下している。生意気だとなり、どんどん騒ぎが大きくなったらしい。


「騒ぎを起こすつもりは…」


「無かったんですね」


「…」


「ですから、黙ったまま頷くだけでは興奮した人には伝わりませんよ」


「すまない」


(どうして知り合ったばかりの彼に、私はこんな事を注意しなければならないのでしょうね…)


困った事にジャスパー・クリスタルという少年は、無表情なのとは逆に感情豊かな心を持っている様で、今回の事に関しても上手くあしらえなかった自分が悪いとしょげている。なのに外見はまったく動揺の欠片もない。辛うじて鋭い目が、揺れている事ぐらいだろうか。

エリックとは正反対だ。

優美な外見と美しい笑顔に皆騙されるが、エリックの性格はかなり悪い。

自分に迷惑をかけた者に対し容赦するつもりはない。使える者は許すが、それでもエリックにとって都合が良いからだ。優しさではない。

だが逆に彼は、公爵家の身分に恐れ謝罪もせず逃げた彼らに対して、怒るどころか悪い事をしたと落ち込んでいるのだ。

公爵家の嫡男として同じなのに、この優しい気質は何なのか。


(お人よし過ぎますね、彼は)


話しかける前から、ジャスパーは暖かな心を持った少年だと分かっていた。エルフは他人の性質を何となく感じ取れる。それを弱くとも継いでいるエリックは、自分よりも背は高くとも、なんとも不器用で性根のまっすぐなジャスパーに対して放って置けない気分になった。

ジャスパーに絡んでいた少年達の顔を全員覚えているし、彼が望むなら何かしらの対処をするだろう。けれど、きっと彼は望まない。なので今後活かせる手として、覚えておこうと思う。


(しかしこれは、手の掛かる弟のような感じでしょうか?丁度、友を作れと言われましたからね。彼で良いでしょう)


こうして妥協として付き合い始めたジャスパーに、後からお茶会に参加したフィリップ王子も加わって、いつの間にか何時もつるむ3人組が出来上がる事になる。


ジャスパーは無口な所を除けば頭も良く、年齢に似合わず捻くれたエリックの物言いに怯む事無く、考えを述べる。今まで年上の者達としか話が合わなかったのに、フィリップとジャスパーと言う2人がエリックの日常に加わる事で、世界は広がっていく思いがした。

フィリップとエリックは似た考え方をするが、どちらも譲るという考えが無いので良くぶつかる。それを収めるのが無表情なジャスパーな為、周りの者達も次第にジャスパーが優しい少年だと知れ広まり、王子と宰相子息という高位の2人を抑えられる貴重な人材と、城の使用人達に頼られる事になった。



そんな3人は年を取り、結婚し子供を持つ親になった。



互いに国の中枢に居る事で忙しく、身分も在って昔のようには気軽に会えなくなった。

それでもそれぞれが家庭を持った事で出る新しい悩みや相談に、少ない時間をやりくりし3人は集まり、飲んでは愚痴や悩みを打ち明けあった。

それぞれの子供が生まれた時は、自分の子供が生まれたような気持ちがしたものだ。

これはエリックだけでなく王となったフィリップも、昔の細い体が嘘のように成長したジャスパーもそうだった。


一時期、3人の中で初めて出来た女子であるローゼマリーの事で、クリスタル家が荒れたが、今はそんな事が嘘のようだ。

ジャスパーが仕事に没頭する合間に悩んだ顔を見せていた。その原因を探るのに風の精霊を使って公爵家を探らせたが結界が張られ無理に入れない為、使用人の噂を拾わせていた。

そこで拾ったのが、ローゼマリーの我が侭が酷いとの話だった。

理不尽が嫌いなジャスパーの子供だと言うのに、どうやらかなり性格に難がある娘だと分かってきた。

それがいつの間にか、問題が無くなった。それどころか、王子の婚約者候補と言う地位に着いてしまった。


ローゼマリーが城に来る事になり、エリックとも直接会うようになったが、ある日を境に変わったローゼマリーは、風の精霊に聞いていた子供とは、もはや別人だった。

幼いながらも公爵令嬢として立派な挨拶と仕草。勉強熱心な子供。

城に来る事で使い分けているのかと思ったが、ジャスパーの柔らかく見守る態度や精霊の話からも間違いなく、愛らしく真面目な子供だった。

ジャスパーを彷彿させる、まっすぐな性質がエリックにも分かる。


何度も会ううちに、本当の娘のように思う彼女と、フィリップの子供レオンが婚約するという。これは喜ぶしかないではないか。


だと言うのに、父親がすねているとは。



「…私、ほんの子供ですわ。まだまだ結婚など遠い出来事です。お父様のお傍に居る時間は、たっぷりございます。それに例え嫁ごうとも、私がお父様の子供である事は変わりません。それは私の喜びで、幸せです」


「ぐぅっ…!マリー…」


小さな淑女は、はにかみながら父親を慰めている。

何とも健気で愛らしく、心温まる光景だ。


(女の子は可愛いですねぇ。我が家も女の子が欲しいものです)


ローゼマリーの優しさに、余計に胸が詰まったのだろうジャスパーの肩を叩きながら、きっと自分も娘を持ったら同じような事になりそうだと思う。



レオンとローゼマリーの2人は、唯一の繋がりを持つだろう。

いつも3人でいたのだ。

少し早いが、自分の息子も別の形で繋がりを持たせたい。



エリックにとって、友情と言う大切なものを教えてくれた人達。

自分と似た息子に、この暖かな思いが宿る事を願って、宰相エリック・アメジストはスケジュールを組み立てるのだった。




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