第8話 ドジっ子転校生あらわる
次の日、朝のホームルームが始まる前のこと。
カイは昨日の屋上での出来事がショックでならなかった。
まだ淡い、生まれたての恋心だったが、カイは貴重なエリクサーまで捧げて恋を掴み取ろうとしたのだ。
「ああ、俺は自分の惚れっぽさを呪うよ……」
そこへベルゼが現れて、カイの背中をポンポンと叩いた。
「いいじゃないか、それが青春ってもんだろ。傷口が浅いうちに気付いて良かったじゃないか」
「良くねーわ」
カイは机に突っ伏した。
「おまえの気持ちはよくわかるぞ。だけどな、カ、カ……」
「カラノスメラだ!」
「カラノスメラ!」
ベルゼ課長が笑顔を見せた。
「もう、カイでいいだろ……ったく……無理に真名で呼ばなくてもいいんだよ。地味に傷付くんだぞ、ホントに」
カイがブツブツ言ってると、ベルゼは笑顔でごまかす。
「違うんだカイ……お前はアハ体験という言葉を知っているか」
「知らねえけど」
「ドイツの心理学者カール・ビューラーが提唱した概念でな、「わかった」瞬間の爽快感とともに緊張状態が解放され、「あっ、そうか!」という喜びと気付きの体験が得られるというものだ」
「それを俺の名前でやってんのか? やめてくれ、マジで。紙にでも書いてたまに読み返してろっての」
するとベルゼ課長は笑った。
「いや、紙には書いているんだが、読めなくてな」
「ルビを振っとけ!」
その時、噂のお相手、桃瀬がカイの元へにやって来た。
傷心の彼にとって、今、最も会いたくない女だ。だが、カイはこう自分に言いきかせた。
(大丈夫。好きバレはしていない)
「さあ、明日は最後の試合よ! カイ君……あなた一体、どうやって戦うつもり?」
カイが顔を上げると、小さなため息を吐いた。
「それが正直わかんねえんだ……」
本音を言うと、今のカイにとっては、明日の試合よりも心の修復の方が最優先事項だった。
だが、桃瀬はその回答に不満だったようである。
「あきれた。そんなんじゃ、あいつに勝てないわよ?」
「あいつ?」
カイは桃瀬の顔を見た。
「桃瀬、お前、対戦相手が誰だか知ってんのか?」
すると桃瀬は腕を組みながら、フフンと鼻を鳴らした。
「知ってるも何も、黒歴史業界では有名な人よ」
「へえ……そんな有名な奴なのか? って言うか、そんな業界あんのかよ?」
「黒歴史バトルになんか参加しておきながら、そんなことも知らないの?」
桃瀬は大きく息を吸った。
「その子の名は、やらかしセイコ……苗字は安倍だったかな? 数多くの失敗を繰り広げ、そのやらかしの数だけで一冊の本になるって言われてるのよ」
「どんなやらかしをしてるんだ?」
「そうね……寿司郎で醤油舐めたり、アイスの冷蔵庫に入ったり……色々だわ」
「テロじゃねえか」
「さしずめ、黒歴史メーカーってところね」
カイは冷や汗を流した。
「一体、どんな奴なんだ? 普通のメンタルじゃあ考えられないことをしているじゃないか」
すると桃瀬は肩をすくめた。
「知らないわ。とにかくやばい人だってことだけは確かよ。私も出来るだけ情報を集めてみるから」
「ああ、すまないが頼んだぞ」
その時、教室の引き戸がガラガラっと開いた。
「おいみんな席に座れ。転校生だ」
その言葉を聞いて、教室のみんながざわつく。
「おい、女の子だぞ。結構、可愛い」
「女の子?」
俺は顔を上げた。
先生は 安倍晴子と黒板に書いた。
「わわわわ……私の名前は安倍セイコといいます、晴の子と書いてセイコと読むんですよ、わわわ……ちょっとドジなのですが、みなさん……よろしくお願いします(;'∀')」
カイはズッコケた。
ガタガタっと大きな音を立てながら、椅子ごと床に頭を強く打ち付けていた。
「痛てて……」
「おい、黒瀬! なにやってんだお前!」
「す、すみません!」
「まあ、ちょうどいい。黒瀬の隣が空いてるから、そこに座ってもらおう」
「え?」
「わわわ……いいんですか……は……すみませんです……」
安倍晴子はペコペコしながらこちらへ向かって来る。
黒髪ショートのおとなしそうな女の子。
小走りに歩いてくる姿は小動物のようで可愛かった。
「あ、あの……えっと」
「ああ、君の席はここだよ」
「あ、すみません……お邪魔しますね……」
晴子はパタパタと歩いてくる。
(この子が次の対戦相手か……目もクリッとしていて可愛いじゃないか……)
そんなことを考えながら、カイは晴子が近づくのをジッと見ていた。
するとその時。
「アッ!」
晴子がつまづいたのだ。
カイは驚いて椅子から腰を上げた。
「あ、危ないっ!」
ムニュ。
「ん?」
二人は即座に離れた。
すると教室の男子が色めきだった。
「ヒュー、ヒュー、お熱いね、お二人さん!」
教室から、ヤジが飛んだ。
「わわわ……!……ご、ごめんなさい!……わたし、いっつもドジで、こんなばっかなんです……!」
晴子の顔を見ると、顔を真っ赤にしている。
「き、気にすんなって……まあ、座れよ……。ほら……机寄せるよ……教科書見るだろ?」
「わわわ……何から何まですみません……!」
二人の動揺する姿を見て、教室の男子は冷やかす。
それを見た桃瀬は立ち上がって一喝した。
「ちょっと男子! いい加減にしなさいよね!」
「うるせー桃瀬!お前、妬いてんのか!」
「ば、バァカ!なんで私が!」
「ハハハ、顔が赤くなってら!』
「はあ?どこが赤いってのよ!」
教室の中で、カイの名前が飛び交う。
その様子にカイの心は、荒縄で締め付けられるような思いだった。
すると先生がパンパンと手を鳴らした。
「おい、お前らうるさいぞ!」
先生の一言で、教室がずいぶんと静かになった。
カイは小さくため息をついた。
「ご、ごめんなさいっ……私がドジなばっかりに!」
晴子は視線を机に落としながら小さな声で謝る。
「いや、いいんだよ。きっと、君が可愛いから騒いでるだけさ」
「ええっ、そんな可愛いだなんてとんでもない!」
晴子は大げさなリアクションで動揺を見せると、モジモジと下を向いた。
「それにしても……晴子と書いてセイコと読ませるなんて……親御さんも考えたね」
すると晴子は頷く。
「わ、そうなんです……わ、私は……実は安倍晴明の子孫でして……」
「え、あの陰陽師で有名な安倍晴明?」
晴子は頷く。
「でも、分家の分家……傍系の傍系なんです。でも、とてつもない霊力を持って生まれて来たと言われて……私……ご先祖様のお名前を一字頂くことになってしまって……」
「それでセイコなのか!」
晴子は俯く。
カイはその様子を見て唸った。
カイの目には、どうしても晴子が悪い子には見えなかった。
(彼女がバトルに参戦するには……何か深い訳があるのか?)
カイは、晴子の横顔をジッと見つめるのだった。




