第5話 激戦地での強行突破
修学旅行、最終日。
大阪・道頓堀。
巨大なカニが蠢き、グリコの看板が眩しく光る。
呼び込みの声と観光客の波が、まるで戦場の喧噪のように押し寄せていた。
律が腕を組み、雑踏を見渡しながら言った。
「『軍争の難きは、迂を以て直となす』
――遠回りに見えても、それが近道になることもある」
陽人は人の波に押されながら、必死に律の声を聞く。
律は続けた。
「畑野には、直接アプローチはかえって危険かもしれない。
……おっと、あそこを見ろ。
永山が、無謀な正面突撃を開始したぞ」
(突撃って……いや、確かにそんな感じだけど)
***
永山は持ち前の陽のオーラを全開にして、朋美との距離を詰めていた。
「畑野さん、人混みすごすぎるね。
この裏に静かで穴場の店があるらしいんだ。二人で抜け出して行かない?」
朋美は永山の方を見ようともしない。
流れる看板の文字を追うように、冷たく言い放つ。
「……興味ない。ここでいい」
朋美は、永山を振り切るように先に進む。
「……すごい塩対応。さすがの永山くんも形無しだよ」
「甘いな、あれくらいじゃ退かん」
陽人の言葉に律が返す。
「『動かざること山のごとし』。鉄壁の防御陣だな。
だが、永山はあきらめん。『火のごとく侵掠する』つもりだ」
朋美を遮るように、永山が前に出る。
「まあそう言わずにさあ、ちょっとだけでいいから」
(うわ……これは、さすがにしつこい)
行く手を塞がれ、鬱陶しそうな朋美。
永山を視界から外すように後ろを振り返る。
氷のような表情を崩さないまま――
そして、ほんの一瞬だけ。
本当にコンマ数秒だけ。
陽人を、射抜くように見た。
律が興奮気味に囁く。
「今のを見たか!?
あの視線は『はやくこいつを何とかしろ』という出撃命令だ!」
「出撃命令って……いつもの冷たい態度にしか……」
「陽人、畑野を守るんだ!」
(守るって……いや、でも確かに嫌がってそうなのは事実だし……)
***
陽人は、やれやれという顔で、二人に近づこうとした。
だが――
永山が再び、朋美に馴れ馴れしく話しかけ、その肩に手を伸ばそうとした。
その瞬間、陽人の胸に鋭い痛みが走った。
(なんであんなに近くにいるんだ? あんなに嫌がっているのに)
理屈が追いつく前に、体が動いた。
陽人は、永山の伸ばした手を遮るように割り込む。
そして――
朋美の手首を、しっかりと。
だが壊れ物を扱うように、そっと掴んだ。
「ダメだよ。僕と……一緒にたこ焼きを食べる約束なんだ」
自分でも驚くほど自然に、嘘が口をついて出た。
***
永山は目を見開き、次の瞬間ニヤリと笑った。
「まさか、やきもち!?」
「ち、ちがう、そんなんじゃ……」
陽人は顔を真っ赤にして否定する。
陽人に手を掴まれた朋美は、全く拒絶しなかった。
むしろ陽人の背中に隠れるように、静かに寄り添った。
永山は肩をすくめる。
「……あーあ。そんな約束あるなら早く言えよ。
了解。俺は他のヤツを誘うわ、邪魔して悪かったな」
そう言うと、前を歩くグループを追いかけていった。
***
永山が去り、陽人は我に返った。
「ご、ごめん! あんなこと言って……怒ってるよね?」
朋美は、首を振った。
赤くなった手首をもう片方の手で押さえている。
「痛い?」
いつもの冷淡なトーンで、しかし、わずかに震えた声で返した。
「……ううん、それよりどこへ行く?」
「え……?」
「だから、たこ焼き……一緒に食べに行くんでしょ」
朋美はそれだけ言うと、
陽人の制服の袖を少しだけ指先で摘まんで引っ張った。
二人は道頓堀の喧騒の中を歩き出す。




