第2話 軍は静かに進む
ホームドアが開き、生徒たちは順に乗り込む。
三列席の窓側に朋美。真ん中に陽人、通路側に永山。
通路を挟んで律と由奈。
隣に座る朋美から、微かにシャンプーの香りがする。
窓から差し込む光が、彼女の横顔を照らしている。
その距離の近さに、思わず目を逸らす。
陽人の視界には、
左に無言で景色を見続ける朋美。
右に無駄に明るい永山の肩と腕。
(……左右、どっちを向いても落ち着かない)
陽人は、左右のひじ掛けに囲まれ身を縮める。
***
永山は、身を乗り出して朋美に話しかけ続けている。
(ちょっと、狭いんだけど……)
「修学旅行、何が一番楽しみ? 清水寺? 金閣?」
朋美は、窓の外を見つめたまま、ほとんど反応しない。
相槌すらない。
「俺はさあ、やっぱ大阪かな。自由行動でユニバに行こうよ」
相変わらず、朋美は窓の景色を眺めているだけだ。
(……寝ているわけじゃないよな)
やがて朋美の反応があまりに薄いことに気づいた永山は、肩をすくめる。
「ちょっと前に行ってくるわ」
そう言って席を立ち、前方の友人たちの方へ行ってしまった。
その様子を見て、通路を挟んだ右側の律が、陽人を手招きする。
陽人は一瞬ためらったが、
永山が離れて空いた通路側の席に移動し、律の方へ身を傾けた。
「……陽人、今の見たか」
「何を?」
「相敵三十三事」
即座に、由奈が眉をひそめる。
「やめなさい、車内で兵法語るの。
普通に恥ずかしいから」
だが律は止まらない。
さりげなく左側――朋美の方を示した。
「よく見ろ。ずっとこちらを見ない。
女子が不自然に視線を逸らす場所には、
直視できない“何か”が伏せられている」
「あんたが女子を語るのって百万年早い」
「畑野は、こちらを見ない。
だが、関心が無いわけではない」
由奈が呆れたように言う。
「あの子、乗り物苦手だし、
景色を見て酔わないようにしてるだけじゃないの?」
「甘いな、関心が無いなら、もっと雑に対応するはずだ」
律は真顔だった。
***
陽人は、二人の会話に入らず、ただ朋美を見る。
そのとき、由奈の言葉が頭に引っかかった。
(……酔ってる?)
よく見ると、朋美は、指先が白くなるほど、膝の上で手を握りしめている。
顔色も、わずかに青白い。
胸が、きゅっと縮んだ。
陽人は意を決して声をかける。
「……あの、畑野さん」
「ん?」
朋美は、初めてこちらを見た。
目が少し潤んでいる。
「席、替わろうか。
こっちだと、すぐ移動できるし」
少しだけ視線を揺らし、
ほんのり頬を染めて――小さく首を振った。
「……ありがとう。でも、大丈夫」
その声は、思ったよりも柔らかかった。
***
見回りの先生の低い声が飛ぶ。
「そこ、通路を塞がない。他のお客さんに迷惑だ」
振り返った永山が即座に謝る。
「すみません!」
慌てて戻ってきた。
陽人は、また二人に挟まれた。
それでも、不思議と居心地の悪さは消えていた。
ふと隣を見ると、朋美の握りしめられていた指の力が、少しだけ緩んでいる。
その表情は、先ほどよりもずっと和らいでいた。
陽人は、安堵のため息をつく。
列車はしばらく走り、窓の外に京都の街並みが近づいてきた。
(無事に終わりますように……か)
陽人は、読んでいた旅のしおりを握りしめた。




