第1話 行軍が始まる
三年二組の放課後は、いつもより騒がしかった。
理由は単純。修学旅行のグループ決めだ。
あちこちで机が、がたがた動き、名前を呼ぶ声が飛び交う。
まるで戦場だ、と風見陽人は思った。
修学旅行は、中学生にとっての一大イベント。
どこのグループに入るかで、楽しくなるかどうかが決まる。
しかし、友達づきあいの苦手な陽人は、この戦いに参加する勇気はない。
(余り物同士で適当に班を組もう)
陽人は教室を見渡し、同じ境遇の仲間を探した。
そのとき――。
「いたいた、ここだ!」
幼なじみの小林律が、
彼女の松陰由奈を連れて堂々と現れた。
「陽人! 俺たちのグループに入れ」
何かと面倒見の良いのは、昔から変わらないが――。
(気を遣ってくれている?)
「いや、ちょっと待ってよ。カップルに一人は気まずいって」
「弱兵は守られるべきだ」
「弱兵って、言い方」
由奈が、「はあ」とため息をつく。
「また始まった。あんたのその戦国ゲーム由来の思考、八割妄想だからね」
「妄想ではない。兵法は人の世の真理だ」
「ごめんね、風見くん。こいつ、バカだから入ってくれる人がいないのよ」
(松陰さんがそう言うのなら、断る理由もない)
陽人は黙って頷いた。
***
「……その班。私も、入れて」
畑野朋美が立っていた。
長い髪、整った顔立ち。
クラスの誰とも群れない女子。
孤高、という言葉がよく似合う。
「え、ええっ!?」
声が裏返ったのは、陽人だった。
「畑野さん、こんな班でいいの?」
「こんな班ってどういう意味だ」
「あ、ごめん」
律に即座に突っ込まれ、陽人は小さくなる。
朋美がくすっと笑った――気がした。
(畑野さん、一体どういうつもりなんだ?)
***
陽人の混乱をよそに、また声が上がる。
「あ、俺も入っていいかな?」
サッカー部エース、永山優貴。
彼が笑うだけで、教室が一段明るくなる。
その光は、陽人には眩しすぎた。
(こいつ、絶対、畑野さん狙いだろ)
「まだ、枠、空いてるよね?」
「いいけど、後ろの女子たちはどうするんだ?」
律が指差す先には、永山を遠巻きに見ていた女子たちがいた。
永山はくるりと振り返り、両手を合わせてぺこりと頭を下げる。
それだけで、女子たちは残念そうに散っていった。
(これが“陽”のカリスマというやつか……)
律は一瞬考え、にやりと笑う。
「いいだろう。これで五名……五行の陣だな!」
律は満足げに頷き、メンバーを決定した。
――律を班長にして、松陰さん、畑野さん、永山くんと僕。
どう考えても噛み合いそうにない五人だった。
***
放課後。帰り道。
律は興奮した様子で、陽人の肩に腕を回す。
「陽人、お前にもついに春が来たな。
『凡そ軍を処くには敵を相る』
――畑野がわざわざ来たのは、偵察のためだな」
「違う。ぼっちが嫌だっただけ。合理的判断」
由奈の即断に、律は鼻で笑う。
「甘い。畑野ほどの将が妥協で動くはずがない。
これは兆候だ。行軍が始まった合図だ」
「僕、畑野さんとは、ほとんど話したこともないんだけど」
「大丈夫。俺に任せろ」
「任せろって……」
陽人には、不安しかなかった。
***
修学旅行の朝。
京都へ向かう新幹線のホーム。
大きな荷物を持った一行が集まる。
永山は相変わらず朋美に話しかけている。
ただの修学旅行だ。
そう言い聞かせて、陽人はふと視線を上げた。
朋美が、こっちを見ていた。
――気がした。
目が合った、と思った瞬間。
朋美は先に目を逸らした。
それが偶然なのかどうか、陽人には分からなかった。
陽人は小さく息を吐いた。
「この旅行、無事に終わりますように」
列車の到着を告げるアナウンスが流れた。




