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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章③

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月下の獣⑦

 ――やはり、当たりだった。

 月明かりの下で蠢く獣の影を見据え、私は静かに刀を抜いた。

 

 鞘走りの音が、夜気を裂く。

 

「若様……若様!」

 

 背後を振り返る。

 

 若様は、獣人と化した真白を前に、息をすることすら忘れたかのように立ち尽くしていた。

 月光に照らされたその横顔は、恐怖と動揺に引き攣っている。

 

「若様!」

 

「あ……ああ!」

 

 私の一喝に、若様はようやく現実へと引き戻された。

 

「弓の準備を。

 私が斬り込みます、援護をお願いします。」

 

「かぐや殿……あれと、戦うので御座るか……?」

 

 震える声。

 

「当然です。

 迷っている時間はありません、お早く。」

 

 若様は歯を食いしばり、ぎこちない動作で弓を構え始めた。

 

「合図は要りません。

 私が動いたら――射ってください。」

 

 そう告げると同時に、私は地を蹴った。

 夜の闇を裂くように、一直線。

 物陰からの突進――意表を突く一撃。

 獣の耳が、ぴくりと動く。

 

若様はやはり弓を射かけなかった。

 あの目は戸惑った目だ。

 姿は変わっても、あれは真白だと言いたげな目をしていた。


 でも私は構わず突進していく。


 気付かれたか。

 

 だが――

 遅い。

 

 視線が交わる。

 赤黒く濁った瞳が、確かに私を捉えた。

 真白は、反射的に腕を交差させ、防御の構えを取る。

 

 構わない。

 私は迷いなく刀を振り抜いた。

 

 ――ズバァッ!

 

 確かな手応え。

 刃は獣毛と肉を裂き、防御した腕を深々と斬り抜けた。

 

 傷口から噴き出したのは血ではない。

 黒い煙が、じゅ、と音を立てて立ち上った。

 

「……っ」

 

 やはり、か。

 私は一瞬、舌打ちする。

 傷は、塞がる。

 異常な速度で肉が盛り上がり、裂けた皮膚が繋がっていく。

 

 ――回復力、想定以上ね。

 

 獣人は腕の隙間から、ぎろりと私を睨みつけた。

 剥き出しの牙から、低い唸り声が漏れる。

 その眼には、もはや人の理性はない。

 あるのは、獲物を前にした獣の殺意だけ。

 

 だが――

 

「望むところですわ。」

 私は刀を構え直し、足を半歩前に出す。

 

 再生するなら、再生する暇を与えなければいい。

 それに再生能力も無限ではないでしょ。

 やつの再生能力がつきるまで切り刻めば良いことよね。

 

 月明かりの下、

 人と獣――

 逃げ場のない死闘が、今、幕を開けた。




「――さあ、真白さん。とことんまで、楽しみましょう。」

 

 私は一歩踏み込み、がら空きになった胴を狙って刀を振り抜いた。

 

 だが――

 

 真白は地を蹴り、後方へと跳ぶ。

 逃げた、と思った瞬間、その反動を利用し、獣のような低い姿勢のまま、一直線にこちらへ迫ってきた。

 

「――っ!」

 

 振り上げられた腕。

 爪を立て、力任せの大振り。

 私はその軌道を一瞬で読み、身を横に滑らせる。

 爪が頬をかすめ、風圧だけが残った。

 

 間合いは――詰めた。

 

 接近戦。

 

 私は刀の柄頭で、真白の鼻面を打つ。

 鈍い音とともに獣の頭が跳ね上がった。

 そのまま刀の峰を掴むと平突きで、

 腹――

 胸――

 喉――

 三点を、間髪入れずに突き上げる。

 

 鬼八流

蜂針死段(ほうししだん)

 

 さらに、身体を一回転。

 遠心力を最大限に乗せ、横薙ぎの一閃を放つ。

 

 鬼八流

『円月――!』

 

 刃は、確かに真白の横腹を捉えた。

 

 ――だが。

 

 私は舌打ちしながら、無理やり刀を引き抜いた。

 

「……チッ。ダメね、この刀。」

 

 本来なら、胴体を両断していたはずだった。

 だが刃が悲鳴を上げ、途中で止まった。

 

「もう……あと少しだったのに。

 一本、私専用の刀を打ってもらおうかしら。」

 

 なまくら刀を一瞥し、軽くぼやく。

 真白は距離を取り、傷口から黒煙を立ち上らせていた。

 

 当然、倒れてはいない。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 胸の奥が、震える。

 歓喜だ。

 まだまだ。

 ――まだ、遊び足りない。

 

 私は笑みを浮かべ、再び斬りかかった。

 真白もようやく身体が温まってきたのか、動きが一段と鋭くなる。

 

 爪と刃がぶつかり合う。

 

「ガキン――!

 キン、キン……ガキィン!」

 

 火花が散り、夜空に星屑のように弾けた。

 真白の一撃は、地面を抉り、木をへし折るほどの膂力。

 

 当たれば致命傷だろう。

 

 だが――

 

 どれも大振り。

 

 私は紙一重で躱しながら、確実に削っていく。

 地味だが、理にかなった戦法。

 ――玄斎に教わった、あの剣。

 

 皮肉なものね。

(父上の剣で、あなたは殺されるのよ)

 

 私は小さく笑った。

 真白の蹴りを身を屈めてかわし、足元へ回し蹴り。

 

 距離を取る。

 ふと、若様を一瞥した。

 弓に矢をつがえたまま、呆然と立ち尽くしている。

 

 ……最初から、頼りにはしていない。

 真白も、回復力こそ異常だが、バケほどの脅威は感じない。

 

 このまま押し切れる――

 そう思った、その瞬間。

 

 ――ぞわり。

 

 嫌な気配。

 

「若様!

 後ろです!」

 

 闇の中から、刃が閃いた。

 若様は反射的に振り向き、弓で受け止めようとする。

 

 だが、

 

 ――ザンッ!

 

 弓は、いとも簡単に両断された。

 

「わっ!」

 

 若様は後方へ転がり、尻もちをつく。

 刃は紙一重で躱し、命拾いした。

 私は胸を撫で下ろし、闇を睨む。

 

「……誰?」

 

 闇から現れたのは、全身を黒装束に包んだ男。

 顔も布で覆われ、表情は分からない。

 

 だが――

 

 その刀の構え。

 見覚えが、あった。

 

「その構え……

 玄斎様、ですね。」

 

 私の言葉に、男はゆっくりと口元の布を下げた。

 

 月明かりに照らされ、現れたのは――

 確かに、狗神玄斎の顔だった。

 


 玄斎は倒れたままの若様に切っ先を突きつけ、そのまま私を鋭く睨み据えた。

 

「――かぐや殿。そこまでにしてもらおう。」

 

 低く、だが有無を言わせぬ声だった。

 それは脅しであり、同時に命令でもある。

 

「やはり、あなたも関わっておられたのですね。」

 

 私は一歩も退かず、静かに言葉を返した。

 

「……知っていたのか?」

 

「いいえ。あくまで予測ですわ。」

 

 刃を握る手に力を込めながら、私は続ける。

 

「真白さんが犯人であるならば、あなた様も関わっている、もしくは少なくとも真相をご存じなのではないか――そう考えただけで御座います。」

 

 玄斎は鼻で小さく笑った。

 

「なるほど。なかなかに賢しいお方だ。」

 

「ええ。……それに、実はもう一つ、分かったことが御座いますの。」

 

「なんで御座ろう?」

 

 若様に向けた切っ先を下げぬまま、玄斎の眉がわずかに動いた。

 

「人を殺していたのは――あなたですね。」

 

「……ほう」

 玄斎は否定も肯定もせず、ただ興味深そうに相槌を打った。

 

「真白さんが爪で斬りかかったのであれば、傷はもっと無惨なものになっていたはずですわ。

 肉は抉れ、地面には深い爪痕が残る。それほどの力を、彼女は持っていました。」

 

 私は一瞬、地面に残る戦いの痕を見やる。

 

「ですが、死体に残されていた傷は四か所のみ。

 しかも、理性を失った状態で、的確に四か所だけ――あまりにも不自然です。」

 

 そして、視線を玄斎へと戻す。

 

「極めつけは、あなたの今のお姿。

 黒装束に身を包み、顔を隠してまで、何をなさるおつもりであったのか……ご説明願えますか?」

 

 数拍の沈黙ののち、玄斎は低く笑った。

 

「フフ……本当に賢しいのう。鬼一が褒めるのも、よう分かるわ。」

 

 そう言って、彼は不気味に口角を釣り上げた。

 

「そうじゃ。ワシがやった。

 この『狗神 玄斎』が、すべての犯人よ。」

 

 歪んだ自嘲の笑みを浮かべ、玄斎ははっきりと告げた。

 

「――ガキン!」

 

 その瞬間、金属音が夜に弾けた。

 若様が一瞬の隙を突き、刀を抜いて玄斎の刃を払い落としたのだ。

 

 若様はよろめきながらも立ち上がり、震える声で問いかける。

 

「玄斎様……ほ、本当で御座いますか……?」

 

 肩を小刻みに震わせ、信じたくない現実を前に、若様は必死に言葉を絞り出していた。

 

「時丸殿」

 

 玄斎は淡々と答える。

 

「かぐや殿の言われた通りで御座います。……まさか、聞こえなかったので御座るか?」

 

「な、なぜ……」

 

「なぜ、だと?」

 

 玄斎の声に、冷たい嘲りが混じる。

 

「答える必要など無かろう。

 知りたくば――我を倒してみせよ。」

 

 そう言い放ち、玄斎は若様へと切っ先を向け直した。

 

 その二人のやり取りを、私はわずかに距離を取って見つめていた。

 

 ――その時。

 

 背後の闇が、不自然に揺れた。

 気配。

 冷たく、重い、明確な殺意。

 黒い影が、音もなく私の背後へと迫ってきていた。 


 

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