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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章③

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月下の獣⑤

「み、皆さん……どうなされたのですか、その格好は?」

 

 目の前に並ぶ若様たちの物々しい姿に、私は思わず言葉を失った。

 

 若様は、どう見ても夜回りではなく合戦に赴く武者の装いだ。鎧をきちんと身につけ、兜こそないものの、腰には刀まで差している。  あきこやあずみに至っては、道場にあった防具を一式身に纏い、しかも――

 

「……それ、薙刀じゃありません?」

 

 どこから引っ張り出してきたのか、二人の手には立派な薙刀が握られていた。

 

「いや、当然の装備で御座ろう!」

 

 若様は胸を張って言い切る。

 

「そうよ。熊かもしれないし、妖怪かもしれないんだから。  これくらいしないと危ないでしょ?」

 

 ……いやいや。

 どうせ、戦うのは私なのですけれど。  それに私なんて、この前若様から借りた、あの切れ味の怪しいなまくら刀一本しか持っていないのに。

 

 不公平極まりない。

 

「……まあ、いいですわ。」

 

 今さら言っても仕方がない。  私は小さく溜息をつき、提灯を手に取った。

 

「では、早速参りましょう。」

 

 提灯の揺れる灯りを先頭に、私たちは夜の道へと踏み出した。

 鎧や防具が擦れ合うたび、がちゃがちゃと無駄に騒がしい音が響く。  夜回りというより、賊に自分たちの居場所を知らせているようなものだ。

 

 ――そして、結果を先に言ってしまえば。

 

 この夜回りは、完全な空振りに終わった。

 一晩歩き回っても、熊どころか野犬一匹現れない。  気配すらない。

 

 その代わり――

 

「……かぐや殿、少し休みませんか。」

 

 若様が肩で息をしながら言い出した。

 

「私も賛成……重いわ……」

 

 あきこが防具を叩きながら弱音を吐く。


「……私も、もう無理……」

 

 あずみは完全にへたり込んでいた。

 

 結局、三人は重たい装備に耐えきれず、途中で音を上げた。  こうして夜回りは中断され、私たちは道場へと引き返す羽目になったのだった。

 

 ――まったく、だらしない。

 

 だが、それ以上に奇妙だったのは、その後の謎の襲撃者の動きである。

 

 鬼一が見回りに出ている夜には、ぴたりと現れない。  私たちが再度夜回りをした時も、同じだ。

 

 ところが――  検非違使が見回りに出た夜に限って、まるでその動きを見透かしたかのように、裏をかく場所で事件が起きる。

 

 明らかに、おかしい。

 

 熊や犬は匂いに敏感だと聞く。  最初は、それが理由かとも思った。

 

 だが、それにしても出来すぎている。  私たちや鬼一の時だけ避け、検非違使の時にだけ現れる理由が、どうしても説明がつかない。

 

 ――まるで、こちらの動きを知っているかのような。

 密告者でもいるのではないか。  そんな考えが、頭をよぎる。

 

 そして私は、自然と一人の人物の顔を思い浮かべていた。

 

 ……そう。

 

 目を覆った、あの少女。

 『真白』だ。


 私が彼女――真白に疑いを抱いた理由は、一つではない。

 いくつも、小さな違和感が積み重なった結果だった。

 

 まず思い浮かぶのは、バケの様子だ。

 

 あの時――落ち着きを失い、低く唸り声を上げ、今にも飛びかかろうとしたあの瞬間。  私が必死に押さえ込まなければ、何が起きていたか分からない。

 

 あきこやあずみ、父様や母様。

 バケを嫌っている若様に対してさえ、あの子はどこか愛想よく振る舞う。  それなのに、なぜか真白に対してだけは、露骨な警戒を見せた。

 

 私には感知できない「何か」を、バケが感じ取っていたとしても不思議ではない。  そう思わせるほど、あの反応は異常だった。

 

 次に、彼女の目と、雨を察知する不可解な能力。

 目については、おそらく光過敏性だろう。  雨を嫌う様子からは、水恐怖症の可能性も考えられた。

 

 狂犬病――。


 一瞬、その言葉が脳裏をよぎったが、私なりに調べた限りでは、その線は薄いと判断せざるを得なかった。

 だが、だからといって安心はできない。  狂犬病ではない、別の「何か」。  それが原因である可能性は、むしろ高いのではないかと、私はずっと考え続けていた。

 

 そして、さらにもう一つ。

 

 あの事件が起こり始めた時期だ。

 玄斎と真白――その二人が、竹取の郷に来てから、立て続けに起きている。  偶然、と言ってしまえばそれまでだ。

 

 だが、玄斎からそれとなく話を聞いていたとしたら?  道場での会話を、真白が聞いていたとしたら?

 私たちの行動を見透かしたかのような、あの襲撃者の動きにも説明がつく。

 

 そして、最近になって気づいた決定的な共通点。

 

 ――襲撃者は、月が出ている夜に限って現れている。

 

 月夜に現れる怪物。  熊のような深い切り傷。  犬のような足跡。

 私の知識の中で、それらをすべて結びつける存在は、一つしかなかった。

 

 狼男。

 ライカンスロープと呼ばれる、獣人の怪物。

 

 ただし、それは本来、西洋の怪異だ。  そんなものが、この日本に存在するのか――。

 

 私は、まだ確証を持てずにいた。

 

 今、真白はあずみやあきこと同じ部屋で、お手玉をしながら無邪気に遊んでいる。  笑顔も、仕草も、ごく普通の少女にしか見えない。

 

 彼女はいったい、何者なのか。

 けれど――いずれ分かる。  次の月が出る日は、もう近いのだから。

 その時こそ、すべてが明らかになるはずだ。




 そして、月が満ちるある日。

 私は一つの罠を仕掛けることにした。

 

「若様、あきこ、あずみ。明日、夜回りを再開しますわよ。」

 

 わざと――真白のいる前で告げる。

 三人は揃って、露骨に顔をしかめた。

 

「かぐや殿、また行くので御座るか……」

 

「どうせ何も出ないわよ。最近、夜は冷えるし、やめようよ。」

 

「私も賛成……」

 

 私は思わず額に手を当て、皮肉を隠さず嘆息した。

 

「若様。以前、『わたくしが必ず捕らえてみせます』と仰っていた心意気は、いずこへ消えてしまわれたのでございますか?

 あずみも、普段は男勝りのくせに、寒さ程度で尻込みとは情けない。

 あきこに至っては、『怪談話みたいで楽しそう』などと申していたではありませんか。」

 

 私は芝居をうった、大袈裟にわざとらしく、呆れたように肩を落とす。

 

「もう結構ですわ。わたくし一人で、寂しく行って参りますから。」

 

 芝居がかってはいるが、あくまで自然に。

 そして――狙い通り、真白が反応を示した。

 

「まあ……皆様、夜回りに行かれるのですか?」

 

「あ、いや……」

 

「う、うん……どうする?」

 

 なおも渋る三人を見て、私はさらに一押しする。

 

「酷いで御座いましょう、真白さん。  こんなにも可愛らしいわたくしを、皆で見捨てるおつもりなのですよ?  ああ、なんと嘆かわしい……」

 

 くすくすと、真白は楽しげに笑った。

 

 その横で、三人は観念したように顔を見合わせる。

 

「……そこまで言われてはな。」

 

「見捨てるなんて、一言も言ってないし……」

 

「分かったわ。行く、行くわよ。」

 

 あきこの言葉に、若様とあずみも肩をすくめながら頷いた。

 

 ――これでいい。

 

 種は蒔いた。

 今宵が、勝負だ。

 

 もし、私の勘違いであったなら、それで構わない。  ただ真白の疑いが晴れるだけのこと。

 

 だが、もし――

 

 彼女が“本物”であったなら。

 その時は、私の役目を果たすまでだ。

 

 

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