月下の獣⑤
「み、皆さん……どうなされたのですか、その格好は?」
目の前に並ぶ若様たちの物々しい姿に、私は思わず言葉を失った。
若様は、どう見ても夜回りではなく合戦に赴く武者の装いだ。鎧をきちんと身につけ、兜こそないものの、腰には刀まで差している。 あきこやあずみに至っては、道場にあった防具を一式身に纏い、しかも――
「……それ、薙刀じゃありません?」
どこから引っ張り出してきたのか、二人の手には立派な薙刀が握られていた。
「いや、当然の装備で御座ろう!」
若様は胸を張って言い切る。
「そうよ。熊かもしれないし、妖怪かもしれないんだから。 これくらいしないと危ないでしょ?」
……いやいや。
どうせ、戦うのは私なのですけれど。 それに私なんて、この前若様から借りた、あの切れ味の怪しいなまくら刀一本しか持っていないのに。
不公平極まりない。
「……まあ、いいですわ。」
今さら言っても仕方がない。 私は小さく溜息をつき、提灯を手に取った。
「では、早速参りましょう。」
提灯の揺れる灯りを先頭に、私たちは夜の道へと踏み出した。
鎧や防具が擦れ合うたび、がちゃがちゃと無駄に騒がしい音が響く。 夜回りというより、賊に自分たちの居場所を知らせているようなものだ。
――そして、結果を先に言ってしまえば。
この夜回りは、完全な空振りに終わった。
一晩歩き回っても、熊どころか野犬一匹現れない。 気配すらない。
その代わり――
「……かぐや殿、少し休みませんか。」
若様が肩で息をしながら言い出した。
「私も賛成……重いわ……」
あきこが防具を叩きながら弱音を吐く。
「……私も、もう無理……」
あずみは完全にへたり込んでいた。
結局、三人は重たい装備に耐えきれず、途中で音を上げた。 こうして夜回りは中断され、私たちは道場へと引き返す羽目になったのだった。
――まったく、だらしない。
だが、それ以上に奇妙だったのは、その後の謎の襲撃者の動きである。
鬼一が見回りに出ている夜には、ぴたりと現れない。 私たちが再度夜回りをした時も、同じだ。
ところが―― 検非違使が見回りに出た夜に限って、まるでその動きを見透かしたかのように、裏をかく場所で事件が起きる。
明らかに、おかしい。
熊や犬は匂いに敏感だと聞く。 最初は、それが理由かとも思った。
だが、それにしても出来すぎている。 私たちや鬼一の時だけ避け、検非違使の時にだけ現れる理由が、どうしても説明がつかない。
――まるで、こちらの動きを知っているかのような。
密告者でもいるのではないか。 そんな考えが、頭をよぎる。
そして私は、自然と一人の人物の顔を思い浮かべていた。
……そう。
目を覆った、あの少女。
『真白』だ。
私が彼女――真白に疑いを抱いた理由は、一つではない。
いくつも、小さな違和感が積み重なった結果だった。
まず思い浮かぶのは、バケの様子だ。
あの時――落ち着きを失い、低く唸り声を上げ、今にも飛びかかろうとしたあの瞬間。 私が必死に押さえ込まなければ、何が起きていたか分からない。
あきこやあずみ、父様や母様。
バケを嫌っている若様に対してさえ、あの子はどこか愛想よく振る舞う。 それなのに、なぜか真白に対してだけは、露骨な警戒を見せた。
私には感知できない「何か」を、バケが感じ取っていたとしても不思議ではない。 そう思わせるほど、あの反応は異常だった。
次に、彼女の目と、雨を察知する不可解な能力。
目については、おそらく光過敏性だろう。 雨を嫌う様子からは、水恐怖症の可能性も考えられた。
狂犬病――。
一瞬、その言葉が脳裏をよぎったが、私なりに調べた限りでは、その線は薄いと判断せざるを得なかった。
だが、だからといって安心はできない。 狂犬病ではない、別の「何か」。 それが原因である可能性は、むしろ高いのではないかと、私はずっと考え続けていた。
そして、さらにもう一つ。
あの事件が起こり始めた時期だ。
玄斎と真白――その二人が、竹取の郷に来てから、立て続けに起きている。 偶然、と言ってしまえばそれまでだ。
だが、玄斎からそれとなく話を聞いていたとしたら? 道場での会話を、真白が聞いていたとしたら?
私たちの行動を見透かしたかのような、あの襲撃者の動きにも説明がつく。
そして、最近になって気づいた決定的な共通点。
――襲撃者は、月が出ている夜に限って現れている。
月夜に現れる怪物。 熊のような深い切り傷。 犬のような足跡。
私の知識の中で、それらをすべて結びつける存在は、一つしかなかった。
狼男。
ライカンスロープと呼ばれる、獣人の怪物。
ただし、それは本来、西洋の怪異だ。 そんなものが、この日本に存在するのか――。
私は、まだ確証を持てずにいた。
今、真白はあずみやあきこと同じ部屋で、お手玉をしながら無邪気に遊んでいる。 笑顔も、仕草も、ごく普通の少女にしか見えない。
彼女はいったい、何者なのか。
けれど――いずれ分かる。 次の月が出る日は、もう近いのだから。
その時こそ、すべてが明らかになるはずだ。
そして、月が満ちるある日。
私は一つの罠を仕掛けることにした。
「若様、あきこ、あずみ。明日、夜回りを再開しますわよ。」
わざと――真白のいる前で告げる。
三人は揃って、露骨に顔をしかめた。
「かぐや殿、また行くので御座るか……」
「どうせ何も出ないわよ。最近、夜は冷えるし、やめようよ。」
「私も賛成……」
私は思わず額に手を当て、皮肉を隠さず嘆息した。
「若様。以前、『わたくしが必ず捕らえてみせます』と仰っていた心意気は、いずこへ消えてしまわれたのでございますか?
あずみも、普段は男勝りのくせに、寒さ程度で尻込みとは情けない。
あきこに至っては、『怪談話みたいで楽しそう』などと申していたではありませんか。」
私は芝居をうった、大袈裟にわざとらしく、呆れたように肩を落とす。
「もう結構ですわ。わたくし一人で、寂しく行って参りますから。」
芝居がかってはいるが、あくまで自然に。
そして――狙い通り、真白が反応を示した。
「まあ……皆様、夜回りに行かれるのですか?」
「あ、いや……」
「う、うん……どうする?」
なおも渋る三人を見て、私はさらに一押しする。
「酷いで御座いましょう、真白さん。 こんなにも可愛らしいわたくしを、皆で見捨てるおつもりなのですよ? ああ、なんと嘆かわしい……」
くすくすと、真白は楽しげに笑った。
その横で、三人は観念したように顔を見合わせる。
「……そこまで言われてはな。」
「見捨てるなんて、一言も言ってないし……」
「分かったわ。行く、行くわよ。」
あきこの言葉に、若様とあずみも肩をすくめながら頷いた。
――これでいい。
種は蒔いた。
今宵が、勝負だ。
もし、私の勘違いであったなら、それで構わない。 ただ真白の疑いが晴れるだけのこと。
だが、もし――
彼女が“本物”であったなら。
その時は、私の役目を果たすまでだ。




