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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章③

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月下の獣②

 私は、目隠しをした真白に、言い知れぬ違和感を覚えながらも、素知らぬ顔で玄斎と真白に視線を向けた。

 

 あからさまに探るのではなく、あくまで世間話の延長のように、さりげなく問いを投げる。


 「玄斎様。真白様は……その、目隠しをされておりますが、何かご病気なので御座いますか?」


 子供だからこそ許される、単刀直入な問い。

 私はその反応を注意深く観察した。

 

「ああ、真白の目か……」

 

 玄斎は一度、遠くを見るように視線を泳がせ、静かに言葉を継いだ。

 

「病気は病気であるのだが、見えぬわけではない。どうも、光が弱いらしくてな。」

 

「光、で御座いますか?」

 

「そうじゃ。日中の強い光を浴びると、痙攣を起こしたりする。奇病と言ってもよいじゃろう。医者にも呪術師にも見せたが、いずれも芳しくはなくてな。」

 

 玄斎は苦笑するように肩をすくめる。

 

「拙者は娘を連れて旅をしながら、用心棒や各地で剣の稽古を請け負い、日銭を稼いでおった。しかし、娘の病は日に日に酷くなり……どこか腰を据えて、静かに療養させたいと思うようになったのじゃ。」

 

 そうして、玄斎は鬼一の方をちらりと見た。

 

「そこで、鬼一噂を耳にしてな頼って、この地まで参った、というわけじゃ。」

 

 ――なるほど。

 

「ちなみに、その病の原因や、何かきっかけなどは?」

 

 私は、さらに一歩踏み込む。

 

「原因、か……」

 

 玄斎は顎に手を当て、少し考え込むような素振りを見せた。

 

「心当たりがあるとすれば……真白の母、千夜(ちよ)も、同じ病を患っておったことくらいかの。千夜は五年前に亡くなっておるが……その直後から、娘もこのようになってしもうた。」

 

 ――母も、同じ病。

 遺伝性のもの……かしら。

 

 頭の中で可能性を巡らせる。

 症状だけを聞けば、光過敏性の類にも思えるが、それだけで説明がつく話でもない。

 

 回復の魔法を使うにしても、原因が分からなければ手の施しようがない。

 ――もっとも、今のところ、恩も所縁もない相手に、わざわざ魔法を使う理由もないのだけれど。

 

 そんな思考を巡らせている間も、膝の上のバケは落ち着きなく身じろぎしていた。

 低く唸るような喉鳴り。

 視線は、終始、真白の方へと向けられている。

 

 ――嫌がっている。

 

 いや、警戒している……?

 私は、気付かれぬよう、そっと手を動かした。

 

「バケ。お話し中ですから、少し庭で遊んできなさい。」

 

 バケは一瞬だけ不満そうに二本の尾を揺らしたが、私の声に従い、するりと膝から降りると、そのまま外へと姿を消した。

 

 ……取りあえずは、これでいい。

 

 これ以上、病の話を掘り下げるのはやめておこう。

 胸の奥に、言いようのない嫌な予感が残る。

 

「それで、玄斎様。こちらには、いつまで滞在なさるご予定で?」

 

 私は、意図的に話題を変えた。

 

「そうじゃのう……まだ決めてはおらぬが、鬼一が許してくれるなら、しばらく世話になりたいとは思っておる。」

 

「おいらは構わねぇぜ。」

 

 即答したのは鬼一だった。

 

「ただよ、この屋敷、そんなに広くねぇんだ。客間はあるけど、二人で使うには狭ぇよな。どこか近くに、良さそうな場所はなかったか?」

 

「いえ、鬼一よ。」

 

 玄斎は首を振る。

 

「我らは急に押しかけた身。客間でも、あるいはこの道場でも――」

 

「そういう訳にはいかねぇ。」

 

 鬼一は、きっぱりと言い切った。

 

「仮にも俺の師匠だ。それに病人を道場に転がしておくわけにもいかねぇだろ。」

 

 そう言って、若様と私に視線を向ける。

 

「なあ、近くに空いてる家、なかったか?」

 

「……確か、少し先に一軒、空き家が御座いました。」

 

 若様が思い出したように答える。

 

「多少古くはありますが、滞在する分には問題ないかと。」

 

「そうかい。じゃあ、時丸。ちょっと見てきてくれ。空いてたら、為憲殿には俺から話を通す。」

 

「かしこまりました。」

 

 若様は軽く頭を下げる。

 

「かたじけない。」

 

 玄斎は深く礼をした。

 その様子を見て、鬼一はふと思い付いたように笑みを浮かべた。

 

「そうだ、師匠。」

 

「何じゃ?」

 

「その代わりってわけでもねぇが……滞在中、時丸とかぐやの稽古、見てやってくれねぇか?」

 

「稽古、とな?」

 

「ああ。最近、出稽古が立て込んでてな。あんまり相手してやれてねぇんだ。たまには、違う剣に触れさせるのも悪くねぇだろ?」

 

 意外な提案に、玄斎は少し考え込む。

 

 ――正直、私としては願ってもない話だった。

 若様相手では、どうにも物足りない。

 鬼一の師匠と名乗るこの男の実力も、少し気になっていたのだ。

 

「……そうじゃのう」

 

 やがて玄斎は、ゆっくりと頷いた。

 

「居候させてもらう以上、断る道理はあるまい。ただし、ワシは教え上手ではないが、それでも良ければ、じゃ。」

 

「決まりだな。」

 

 鬼一は満足そうに膝をパンと叩き、私たちに向き直った。

 

「しばらくの間、玄斎殿に稽古をつけてもらえ。しっかり学ぶんだぞ。」

 

「はい……」

 

「玄斎様、よろしくお願いいたします。」

 

 私と若様は、揃って頭を下げた。

 

 ――その時だった。

 

 庭の方から、微かに聞こえた、低い唸り声。

 それが、これから起こる出来事の、静かな前触れである事を――

 この時の私は、まだ、はっきりとは理解していなかった。



 そして次の日――

 

 早速、私たちは玄斎から稽古を受けることになった。

 

 玄斎の剣は、一言で表すならば「堅実」そのものだった。

 

 無理は一切しない。

 派手な技も、見栄えのする動きもない。

 ただ相手の弱点を冷静に見極め、そこだけを確実に突き、逃がさず、削る。

 

 私からすれば、正直に言って少し面白味に欠ける剣術だ。

 

 ――だが、厄介でもある。

 

 今は「実力を見たい」という名目で、私と玄斎が軽く竹刀を交えている最中だった。

 

 実力そのものは、鬼一ほどではない。

 だが、攻めづらさという点では引けを取らない。

 玄斎は早々に私の弱点を見抜いていた。

 

 ――リーチ。

 

 それを理解した上で、徹底して距離を保つ。

 

 一歩前に出れば、一歩引く。

 一歩退けば、一歩踏み込む。

 

 常に“自分の間合い”を維持し、私の攻撃が届く寸前で外し、そこから小さく、だが確実な一撃を入れてくる。

 

 わざと隙を作っても、玄斎は決して乗らない。

 フェイントを仕掛けても、無視する。

 攻めるのは常に、

 自分の間、自分の呼吸、自分のタイミングだけ。

 

 老獪――

 

 まさにその言葉がふさわしい攻めだった。

 もっとも、私は全力ではない。

 若様や、あきこ、あずみがすぐ側で見ている。

 こんな場所で、私の真の実力を晒すつもりは毛頭なかった。

 

 ここは――

 

「それまで!」

 

 若様の号令がかかり、私と玄斎は同時に竹刀を引いた。

 

 そう、引き分け。

 それが、今は一番無難よね。

 

「双方、凄まじい攻防でございました。」

 

 若様は感嘆した様子で言葉を続ける。

 

「狗神様の巧みな攻めをかわす、かぐや殿の動きも見事でしたが……

 かぐや殿を間合いに入れさせぬ、あの距離の取り方。

 あれは大変、勉強になりもうしました。」

 

「いやはや……」

 

 玄斎は感心したように息を吐き、私を見て微笑んだ。

 

「鬼一から話は聞いておりましたが、ここまでとは思いませんでしたぞ。

 かぐや様は、なかなかの実力者。

 剣を交えていると、鬼一と向き合っているかのような感覚すら覚えました。」

 

「ありがとうございます、玄斎様。」

 

 私は軽く頭を下げる。

 

「流石は鬼一様のお師匠様でございます。

 まったく、攻めさせていただけませんでしたわ。」

 

 一応、良い子の仮面は被っておく。

 

 鬼一の言っていた通りだ。

 この男から学べることは多い。

 特に、力が拮抗した相手との戦い方。

 今後、同じような剣を使う者と相対した時の、良い対策にもなる。

 

 何より――

 若様とは比べ物にならぬ、“達人”と呼ぶに相応しい者との稽古。

 自然と、口元が緩むのを止められなかった。


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