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ブラッディー・ムーン ~最凶の悪役令嬢、かぐや姫に転生する~  作者: しんいち
弐ノ章③

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月下の獣①

 鷲頭の化け猫騒動が片付いて、しばらく経ったある日のこと。

 私はバケを連れて、町で評判の団子屋に来ていた。

 

 目当てはもちろん、みたらし団子である。

 縁台に腰を下ろし、膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすバケを撫でながら、私は団子を一口。

 

 ――うん、甘辛くて美味しい。

 

 串を持つ手とは逆の手で、バケの顎の下を軽く掻いてやると、満足そうに目を細め、さらに喉を鳴らす。

 

 大きな化け猫だった頃の面影など、もうほとんど残っていない。

 

 ……まあ、家に初めて連れ帰った時は、流石の私も少し焦ったけれど。

 

 バケを見た父様が、何も言わずに泡を吹いて倒れたのだ。

 

 心臓が止まっていたのだから、笑えない。

 

 慌てて血の魔法で蘇生し、何とか事なきを得たものの、その後は母様から珍しく本気の叱責を受けた。

 

「か、かぐや……それだけはやめなさい。」

 

 首を激しく横に振る母様の姿は、今思い出しても中々に迫力があった。

 

 あきこやあずみに至っては、バケを見るなり「キャーーーッ!」と叫んで逃げ出す始末。

 まったく、失礼にも程がある。

 

 こんなに可愛いのに。

 

 とはいえ、問題はそれだけではなかった。

 バケの食事の問題である。

 

 身体が大きければ、当然食べる量も多い。

 最悪、最近山に出没すると噂の山賊を夜な夜な狩って与える事も考えたが、流石に毎晩となると骨が折れる。

 

 そこで鬼一に相談したところ、師匠は顎を掻きながら、あっさり言った。

 

「化け猫って、ちっさくなれるんじゃねえのか?

 おい猫、やってみろよ。」

 

 するとバケは、くるりと一回転。

 ぽん、という間の抜けた音と共に、巨体を縮めた。

 

 二股の尻尾はそのままだったが、三メートルはあった身体は、少し大きめの猫程度に収まった。

 これなら流石に文句は出まいと連れ帰ると、父様も母様も渋々ながら許可してくれた。

 

 それからの日々は、意外なほど穏やかだった。

 道場に連れて行けば、最初は怖がっていたあきこやあずみも、バケが愛想よく喉を鳴らしながら擦り寄ると、すぐに態度を軟化させた。

 

「キャー、可愛い!」


「撫でてもいい?」

 

 ……やはり、分かる人には分かるのだ。

 流石は長く生きている化け猫。

 世渡りの術には長けているらしい。

 

 ただ一人を除いて。

 

 若様だけは、どうしてもバケを避けていた。

 あの時、頭から咥えられかけた出来事が、よほど心に残っているのだろう。

 バケが近くにいるだけで、背筋を伸ばし、警戒した目を向けている。

 

 先日など、仲良くなろうとしたバケが、そっと近づいて若様の頬をぺろりと舐めた瞬間――

 

「ヒィィィィィッ!」

 

 悲鳴を上げて全力で逃げ出した。

 本当に、臆病にも程がある。

 

 そんな若様の様子を思い出しながら、私は膝の上のバケを撫で下ろす。

 バケは何も知らない顔で、くるりと丸まり、満足そうに喉を鳴らしていた。

 団子屋の軒先を、柔らかな風が通り抜ける。



 そんな時だった。

 

 道の向こうから、若様とあきこが並んで歩いて来るのが見えた。

 距離は近く、歩調も揃っている。若様は照れたように後頭部を掻き、そんな仕草を、あきこはどこか楽しげに見つめていた。

 

 ……あら?

 

 ヤダ。

 

 あの二人、いつの間にそんな仲になっていたのかしら。

 

 私が思わず怪訝な顔で視線を向けていると、それに気付いたのだろう。

 若様はばつが悪そうにぷい、と顔を逸らし、対照的にあきこは満面の笑みでこちらに手を振った。

 

「かぐやちゃーん!」

 

 そのまま小走りで近づいてくる。

 私も軽く手を上げて応えると、あきこは息を切らしながら私の前に立った。

 

「かぐやちゃん、探してたのよ。

 家に行ったら、バケと一緒に団子屋に行ったって聞いたから、若様と一緒に迎えに来たの。」

 

「迎え……? 確か今日は稽古はお休みのはずでしたわよね?」

 

 私が首を傾げると、若様も一歩前に出てきた。

 バケの姿を見るなり、ぴくりと肩を強張らせたのは――まあ、いつものことだ。

 

「かぐや殿、探しましたぞ。

 鬼一様が、すぐに来て欲しいと申しておりましてな。ゆえに迎えに上がったので御座る。」

 

「はあ……」

 

 鬼一が、私を?

 特に心当たりはない。

 この短時間で新たな妖怪騒ぎが起きたとも思えないし、ぎっくり腰はとっくに治っている。

 つまり――急用、というわけでもなさそうだ。

 

 まあ、暇ではあるし。

 

 私はバケを抱き上げ、そのまま二人と連れ立って道場へ向かうことにした。

 

 道中、ふと気になっていたことを口にする。

 

「ところで……いつからお二人は、お付き合いを始めたので御座いますか?」

 

「……付き合う?」

 

 若様はきょとんとした顔で、あきこと視線を交わした。

 

「付き合う、とは……どういう意味で御座いますか?」

 

「そうで御座いますわねぇ。

 ただならぬ御仲(おんなか)とお見受けいたしましたが?」

 

 その瞬間だった。

 二人は、見事なまでに同時に顔を赤らめ、視線を逸らした。

 

 ……まあ。

 分かりやすいこと。

 

「初々しくて、よろしいですわよね。ねぇ、バケ。」

 

「にゃ?」

 

 私がそう囁くと、二人は慌てたように声を上げた。

 

「ち、違うのよ、かぐやちゃん! そんなことないわ!」

 

「そ、そうで御座る! あきこ殿とは、ただ話が合うだけでしてな……その……」

 

 必死に言い訳を並べる二人。

 語れば語るほど、墓穴を掘っている気がするのは私だけかしら。

 

 私はくすりと笑いながら、その様子を眺めつつ歩を進める。

 

 こうして――

 

 若様の拙い弁明を延々と聞かされながら、私たちは道場へと向かったのだった。



 道場に着くと、鬼一は誰かと和やかに話をしていた。

 

 稽古場の中央には、見慣れぬ男と――その隣に、もう一人。

 

「おう、来たか。」

 

 鬼一がこちらに気付いて手を上げる。

 

「紹介しよう。俺の……師匠だ。」

 

 その言葉に、私は自然と背筋を伸ばした。

 男は年の頃、四十代半ばといったところか。

 鍛え抜かれた体躯に無駄はなく、座っている姿だけで只者ではないと分かる。

 

 だが何より印象的だったのは、その眼だった。

 獣を思わせる鋭さ。

 こちらを見ているようで、どこか“値踏み”しているような感覚。

 

「初めまして。狗神くがみ玄斎と申す。」


 低く、よく通る声。

 深く一礼され、私も軽く頭を下げた。

 

「かぐやで御座います。鬼一様には、いつもお世話になっておりますわ。」

 

「ほう……」

 

 玄斎の口元が、僅かに歪む。

 

「話は今しが聞いたのだが、随分と面白い弟子を取ったものだな、鬼一。」

 

「やめてくれ。為憲殿から頼まれただけだよ。」

 

 鬼一が苦笑する。

 

 そして――

 玄斎の背後に、控えめに座っていた“その子”に、私は視線を向けた。

 

 歳は……十二、三だろうか。

 小柄で、華奢な身体。

 長い黒髪が肩口で揺れている。

 

 だが――

 

 その目元は、白い布で覆われていた。

 目隠し?

 目でも悪いのかしら……


 「これにいるは、娘の真白だ。真白、挨拶を……。」

  

 玄斎が淡々と告げる。

 真白と呼ばれた少女は、こくりと小さく頭を下げた。

 

「玄斎の娘……真白です。よろしくお願いいたします。」

 

 声は細く、どこか震えている。

 しかし、その佇まいには不思議な“緊張”があった。

 ――その瞬間だった。

 

「……ッ」

 

 腕の中のバケが、ぴくりと身体を強張らせた。

 ゴロゴロと喉を鳴らしていた音が止まり、

 毛並みが、逆立つ。

 尻尾が、ゆっくりと揺れ――

 その鼻先が、真白の方を向いた。

 

「バケ?」

 

 小さく声をかける。

 だが、バケは返事をしない。

 代わりに、低く、喉の奥で唸るような音を漏らした。

 

 ――警戒。

 

 いや、それだけではない。

 怯えと、怒りが、混じっているそんな動き。

 

 玄斎は気付いていない。

 鬼一も、若様たちも気付いていない。

 だが、私は――

 バケの前脚が、無意識に踏み出されているのを見逃さなかった。

 

「……?」

 

 その時。

 目隠しの奥で、

 真白の“何か”が、こちらを向いた気がした。

 

 ――ぞくり。

 

 背筋を、冷たいものが走る。

 

(……今の、なに)

 

 私は、抱き直すようにバケを制した。

 けれど。

 胸の奥に残った違和感は、

 決して、消えてはくれなかった。


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