旧王国水道に流れる血
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ポチャ、ピチャ……ペチャリ。
地上の光は届かず、ひび割れた壁や天井から水滴が落ちる音が絶え間なく響き続けるシャーゴン地下旧王国水道。
旧王国水道は老朽化しており、欠けた岩がごろごろと転がって行く手を阻んでいた。僅かに残ったメンテナンス用の通路も苔やひび割れに覆われ、とても歩ける状態ではない。
かと言って水道の中には肉食の水棲生物が住み着き、泳ぎに慣れない常人の行き手を阻む。
だが、するすると水路を滑るように泳いで進む黒い青年にとっては何の変哲もない、単なる通路だった。彼を殺せる者は……少なくとも此所には存在しない。
最強の魔獣子爵と言われるヌメドー子爵家の令息、キャレル・ヌメドーは宰相と侯爵令嬢の圧力と餌に釣られ、若草色の毛皮を持つ剣歯虎の少年を探していた。
彼を王国水道へ拐った相手は魚獣人らしい。
確かにこの場所に魚獣人が此所に潜んでいたならば、捜索は不可能だろう。隠れる所など星の数程有る。
だが、意識がないであろう陸生獣人を連れて隠れられる所は絞られる。
「……フヘ……北東のメンテナンス施設、当たりかな」
古いメンテナンス施設の天井は何時しか崩落していて、其処だけ草木が生い茂っている。
ポッカリと空いた穴から日差しが差し込む場所には、普段は亀やワニが集まって甲羅干しをしている筈だ。
鳥も偶に舞い降りているのを見かける。
今は静かで……ピンク色の髪の青年が、若草色の髪の少年の頭を膝に乗せ、優しく撫でているのが見えた。
絵画のような、一見優しい光景。だが、聞こえてくる荒い息は、剣歯虎のものだろうか。
こんな湿気た環境下に陸生である体を濡れたまま放置していたら、具合も悪くなるだろう。
「誘拐犯の生死?危険な任務に赴く君に、そんな無茶難題は問わないよ」
快活な宰相コンラッド・リオネスの言葉が、キャレルの脳裏に甦る。
「フハ……?その、剣歯虎の子が生きてれば良いんですか」
「恐らく、私の読みが当たりならサクラダイ獣人のロレットはマーフィス・エセテ公爵と繋がっている」
朗々と関係ない事を話し出した宰相に、キャレルはギョッとした。これ以上巻き込まれてはたまらない。
「あの、細かい説明とか聞いても……この件の捜索と救出しか出来ないですから」
「まあ知識は裏切らないから聞きたまえ!かの暴虐なる公爵は、弟の部下翼竜シュラヴィ・キャリエル君も捕らえているからね!おっと、彼女の家名と君のお名前は似ているね!関係者かな?」
至極どうでもいいし違う筈だが、キャレルは首を振って引き攣った笑みしか浮かべられなかった。
「まあ、君の麗しき伴侶と過ごす平和な未来の為にも、火元は消し去らないと。出来ればロレット君のお話を聞きたいものだね」
ニコリ、とキャレルに向けられたコンラッドの美しい笑顔は有無を言わせぬ迫力で、背に嫌な汗が伝う。
つまり、生かして制圧しろという事ではないか。
褒美のランクが下がるかもしれないと言外に言われているようで……いや、見つかればいい。選べる立場ではないから、良いのだが……。
ヌメドー家の伴侶探しは、本当に難儀なのだ。
憂鬱になりながらも、キャレルは音も無く……ピンク色の青年の後ろに忍び寄った。
「!?……!!」
気付かれた。が、無理矢理口に指を突っ込む。
驚いたロレットに、がり!!と鋭い痛みが脳髄に染み渡った。
反射的に噛まれた。
そう、噛んでくれたのだ。
態々口に手を突っ込んだのは、大声を防ぐ為ではない。
「……なっ……」
「……」
「はぁ、ふぁ……んへ……」
痺れるのだろう。
キャレルの血には、様々な効能の毒がある。
彼の目方と飲み込んだ位の量で計算するなら、一週間程度の昏倒位で済む筈だ。
正しい処置をすれば、だが。
キャレルが観察する間も無く、ピンク色の髪の青年は痙攣したまま意識を失った。
静かになってから、そっとロレットを押し退ける。
そして、彼の膝に横たわる小さな剣歯虎の様子を見ると……顔は赤いし息は荒いが、生きているようだ。
「あ、……剣歯虎くんに血が付いたら不味い……」
意識の無い彼を背負って、血の流れるままに泳いだら……毒が確実に口に入るだろう。
……この体調でキャレルの毒を飲み込めば、死を免れない。
キャレルは古びた施設の中から適当な板キレを探し出し、血が付着しないようフリックを乗せた。少し不安定だが何とか水路に浮いてホッとする。
ロレットも連れて行きたい所だが、乗せるスペースも重量に耐えられる板ではなかったのが残念だ。
後で往復するしかないな、と少し憂鬱になりながらも、キャレルはフリックの乗った板を押しながら泳ぎ出した。
鳥が飛んでいる羽音には気付いていたが、迎撃よりもフリックの安全の方が優先であったので。
普通のウナギの血に含まれる毒はタンパク毒らしいですが、キャレルの血は摂取量で効能が変わるようですね。経皮も危ないようです。




