侯爵令嬢は寄り添えない
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フリックが戻ってきましたが意識不明のようですね。
「フリック……」
冷えきった剣歯虎が病院へと運ばれたとの知らせを受け、ミューンは取るものも取らず、夕暮れの街へ馬車を走らせた。
どうやら、キャレル・ヌメドー子爵令息は間に合ってくれたようだ。
本当に、良かった。
……彼への謝礼は、かなり悩ましい所だが。
シャーゴンのやや中心部に位置するボロボロ沼記念病院へ着いた時は、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
古びて暗くはあるが、規模の大きい建物。付近を通り過ぎた事はあったが、入るのは初めてだ。
案内を受けて立ち入った部屋では医者や看護師が慌ただしく治療に携わっていた。
「フリッ……ク」
顔や手には細かい傷を負った姿が、彼らの向こうに見える。
顔色は青褪めているのに、頬だけが赤い。
ミューンが気付いた時には、奥歯がギリッと音を立てていた。
「お嬢様、フリック様が治療に入られるそうですので……」
「分かったわ……」
どんなに寒かったのだろう。辛かったのだろう。
家に連れ帰って、ずっと夜通し傍に付いていたい。
目が覚めてフリックが気が付いたときに、手を握っていたい。
だが、侯爵家に連れ帰ったとしても本格的な治療は無理だ。体が弱くて有名な侯爵家にお抱え医師は居るが、専門的な設備は流石に無い。今すぐ作ろうと決意はしたものの、今は無いので預けるしかない。
それに、ミューンにはやることがあった。
こんな目に遭わせた奴を八つ裂きにしてやりたいし、ヌメドー子爵令息へ報酬を払わねばならない。
「何でかしら……。物語のヒロインなら……愛しいひとにずっと付いていられるのに」
「……ミューンがヒロインって柄と気性かね?」
後ろから聞きたくない声が聞こえ、ミューンの機嫌は悲嘆から怒りにシフトした。
「……何しに来たのよ」
「何って、見舞いだよ。……顔怖すぎではないかね?ついでに被害者の聞き取りに来たのだが、無理そうだね」
ホラ、とニコヤカなコンラッドに付き出された小洒落た花束が鬱陶しかったし払い退けたかった。
だが、花に罪は無いので、後ろの護衛に受け取らせる。
「鼻が利く弱ったフリックへの見舞いが花ですって。何処までも気が利かない男ね……」
「ほう?病院への見舞いには花ではないのかね?まあ、嫌なら家族である君が持って帰りたまえミューン」
「言われずともそうするわよ。……それで、ヌメドー子爵令息様は何処?急いでお礼を申し上げたいの」
「そのどうせお前が囲ってるんだろう?みたいな目は止めてくれないかね?」
「煩いわね、どうせ彼を部下にならないかって口八丁で丸め込もうとしてるんでしょうが」
「……嫌だねえ、腐れ縁は……。実は私を監視しているのかい?」
オーバーに肩を竦めるコンラッドに、ミューンは冷たい視線を向けて鼻で嗤った。
「コンラッドに?そんな無駄な人件費を割くくらいならフリックの護衛へ回すわよ……。常時20人位にすべきだったわ」
「何処の王族か国家元首扱いだねそれは。そもそも剣歯虎君が目茶苦茶嫌がると思うがね」
じゃあどうすれば良かったのか、と怒鳴りそうになって……此処は病院だと気付く。ミューンは唇を噛んだ。
「ミューンが唇も塗らず、そんな顔をしているとは、子供の時以来だね」
「で、何処に居るの」
「……やれやれ。実家のとある部屋にご滞在だよ。一応両親とネラには立ち入らない様に言ってあるが……まあ、見付からないだろうね」
「……そう」
この頃のネラは王太子の傍に居ると聞く。リオネス家も、一枚岩では無いようだ。
昔はあんなに仲が良かった……今でも想い合っているとばかり思っていたが。と言うか今でもコンラッドとジュランはシスコン全開だが。
ネラから兄への感情はどうなのだろう。
ネラの結婚は、軍部と繋がりを持ちたかった当時のリオネス当主……今は亡き祖父の悲願。当時は誰も口出し出来なかった筈だ。勿論ネラの意思では無く……政略。
彼女は、兄達が恋愛に現を抜かす中で……今、何を思っているのだろう。
嫁いだハーマイン家で、何が有ったのか。調べる必要が有るかもしれない。
……やる事が多い。益々フリックに付いていられない。ミューンは嫌な顔を隠さなかった。
「ネラは……アンタとジュランとおじさまとおばさまを恨んでいるのね?」
「……」
ミューンの推測にコンラッドの笑顔は歪み……また持ち直した。
「結婚を機に、遊びに連れ出してくれなかったミューンにも何かあるやもしれないね」
「はぁ!?私!?」
しかし、思わぬ飛び火にミューンは目を剥いた。
「何でよ!?婚家で忙しいから誘うなって手紙が来たのに!?大体アンタの家の事はアンタんちで何とかなさいよ!!」
「ハッハッハ!!家族で何でも解決済みなら愛憎は入り乱れないし、ましてやお家騒動なんてこの世に起こらないのさ!!」
威張ることでは全く無い。
「と言うかネラの件は本当に家中か張り付き中のデクスター殿下に何とかさせなさいよ!!
よく考えたら私はあのムカつく変な魚やら飛ぶ天馬やらで……デクスター殿下……?」
「うん?王太子殿下が何だね?」
まさか、この件に……王太子のデクスターまで絡んでいると言うことは、無いだろうか。
弟であるユーインの勢いを削ぐ為に。
あのやる気の無い王太子が……。
「殿下とネラがバッサバサと手を組んでいると思うのかね?」
「あの魚獣人がこの国で庇護を受けてない、とは思えないのよ」
「度重なる領空侵犯もか……。その線で考えると、成程ねえ……だが」
証拠が無い。
ゴードンの適当な企みとは違い、全く見えない。スカスカに隙が有るようで……無い。
「……まあ取り敢えず殿下の方は任せるわ。私は忙しいから」
「剣歯虎君には、早く起きて欲しいものだね」
「…………殊勝な事を言って丸め込むつもりなら、ワルトロモ嬢にアンタの過去の女性遍歴を」
「ハッハッハ悪いねミューン!!そんなもの、とっくに新聞が既にスッパ抜き済みさ!!いった!!」
ミューンはコンラッドの足を踏んでリオネス家に馬車を向けるよう指示するのだった。
リオネス家も色々有るようです。




